2014年08月

2014年08月24日

遊雲便りNo.14:夏椿

ダンナが職場で会津のおみやげをもらってきました~その名は『椿餅』! 桜餅や草餅はきいたこともあるし、食べたこともあるけれど椿餅とは……箱をあけてみたら、きんつばみたいに四角い……食べた人の感想は「ゆべし」というか「ういろう」に近い食感ということでした。ダンナがいただいたのはコチラ、伊勢屋さんのです。


《伊勢屋 椿餅》


http://www.miru.co.jp/aizu-zensyu/aizuzensyu/2002-2/02natsu-04.html


新潟の北浦原郡水原町の名物に同じく『椿餅』というものがあるそうですが、その姿はぺらんとしていて、スゴく薄いのし餅みたい。小麦粉と砂糖と餅粉でつくられている、この地域の郷土菓子だそう。


椿餅の起源はかなり古いようです。『源氏物語』にも「干飯や餅の粉を甘葛や干柿の糖分で固め、椿の葉二枚で挟んだ菓子。多く蹴鞠の後、食する。」とあるとか←読んだことがないので(-o-;) このイメージに近いのはとらやの椿餅ではないかと思います。


http://kyoto-wagasi.com/kyo-toraya/toraya_tubaki.html



椿といいますと、寒椿みたいに冬のイメージがあるのですが「夏椿」もあるのですね。花の形が椿によく似ていて、夏に開花することから「夏椿」。学名の「pseudocamellia(プセウドカメリア)」は「にせのツバキ」という意味だそう……ちょっとかわいそうρ(・・、) 寺社の庭によく植えられているとか。だからこんな句もうまれるのでしょうか(;´д`)


『あなたとは 行かない来世 夏椿』(富沢敏子)



葉は楕円形で、長さ10cmくらい。椿のように厚みと光沢があるものではなくて、秋には落葉するそうです。また、幼木の樹皮は黒っぽい赤褐色なのに、成長するにつれてまだら状にはげてきて、齢を重ねた成木はなめらかな灰褐色の樹皮になるそうです。ツルツルしているのかしら……ちょっとさわってみたいかも(^◇^)


《夏椿》

http://www.hana300.com/natutu.html



来週にはもう9月ですね。雲も夏と秋が混在している感じがします。皆さま、お身体に気をつけて残暑を乗りきっていきましょう(((^_^;)





rohengram799 at 21:53コメント(4) 

2014年08月23日

遊雲便りNo.13:夏しぐれ~銀の雨

昨晩、きつねうどんを食べながら(笑)『夏しぐれ』を読み終わりました。どの作品もよかったです!


『夏しぐれ』という言葉ですが、夏に降ったり止んだり時雨のような降り方をする雨の事を言います。「しぐれ」だけでは冬の季語なんですが「桜しぐれ」とか「山茶花しぐれ」とか……「月しぐれ」は月明かりの中を雨脚を白くしながら通り過ぎるしぐれ。こんな美しい句もありました。


『月夜しぐれ銀婚の銀降るように』(佐藤鬼房)


松山千春さんの名曲『銀の雨』には♪せめて貴方のさびしさ少し わかってあげればよかったのに 貴方がくれた思い出だけが ひとつふたつ 銀の雨の中……という歌詞があり、お互いに想いあっていたなにうまくいかなかったんだなぁって西加奈子さんの『しずく』を思い出してしまいましたが、俳句は静かに同じ時間を歩まれた天皇皇后両陛下のお姿がみえるような……。


ところで時雨煮(しぐれに)ってありますが、生姜を加えた佃煮の一種なんですね。私はしっとりほぐれるような煮方をしたものを言うのかと思っていました。ああ、恥ずかしい!「志ぐれ煮」と表記されることもあります。もとは桑名の名産として有名になった「時雨蛤(しぐれはまぐり)」のことで、これは芭蕉の高弟である江戸中期の俳人「各務支考(かがみしこう)」が名付けたと言われています。語源としては「さまざまな風味が口の中を通り過ぎることを時雨が一時的に降る様子に見立てたことから」「ハマグリの旬が時雨の降る時期と重なることから」「短時間で仕上げる調理法が時雨に似ていることから」などがあるそうです。



『夏しぐれ後ろ姿のステキなあなた(σ≧▽≦)σ』(恵雲)


……種田山頭火の『うしろすがたのしぐれてゆくか』(全部「かな」で漢字はない)を思い出したら、エメロンシャンプーのコマーシャルとコラボ(?)してしまった……旅から旅への漂泊の人・山頭火は「しぐれ煮」も食べたりしたかしら? 彼の句では『うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする』も好きです。「しぐれ」つながりで、今日からは葉室麟さんの老境を迎えた与謝蕪村、最後の恋の行く末を描いた『恋しぐれ』を読む予定です。




こちらも雨が降り始めました。広島の土砂災害の被害者・行方不明者は増えるばかり……子どもさんの名前を呼ぶ悲痛な母親の声を流すテレビ局って……きちんと悲しみに向き合うこともなく葬儀をしなくてはならないご家族の気持ちを思うと、むやみやたらにインタビューするのはやめてほしいです。



どうぞ穏やかなよい週末をお過ごし下さいますように……いつもありがとうございます。






rohengram799 at 13:14コメント(16) 

2014年08月22日

遊雲便りNo.12:月明かりの二十六侍

今日もむし暑いです。天気予報では「雷雨があります」と連日言っていますが、オオカミ少年の戯れ言のように雨は降りません……西日本の雨が移せるなら、半分でも降ってほしいと思ってしまいます。被害にあわれた皆さま、お見舞い申し上げます。行方不明の方々が早く見つかりますように。



さてさて……今日は『夏しぐれ』という時代小説アンソロジーを読んでいます。最初は平岩弓枝さんの『二十六夜待の殺人』、ワタクシには「待」が「侍」に見えて荒野の素浪人26人が深夜に大立ち回りをするのかと考えてしまいました(;´д`)


この「二十六夜待」ですが旧暦の1月と7月の26日に行われる夜月待ちの行事のことだそうで、夜半すぎに出る月はその光が三つに分かれ、阿弥陀・観音・勢至(せいし)の三尊の姿が見え、その月は見るものに幸せをもたらすとか。江戸時代には広く二十六夜待が行われ、海を臨む高台で月の出を待ち徹夜したそうです。二十六夜だけでなく月待塔って全国にあるみたいですね。今みたいにネオンがギラギラ、街灯もピカピカの時代ではないので「月の光」は太陽以上に尊くありがたいものだったのかも。浮世絵にもこの行事をテーマにした作品があるみたいですし、山梨には「二十六夜山」がありました!!


http://www5d.biglobe.ne.jp/~sak/dousojin/402.htm


http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no89.html


http://www.kei-zu.com/qtvr_cubic/nijuurokuya/_flash/nijuurokuya.html



今年は8月22日未明(辞書では「午前3時~日の出前」を指す)がその二十六夜待の日だったようです。昨日は『一本うどん』というやはり時代小説を読んでいて「うどん食べたい!お団子食べたい!」で終わってしまいました……すぐにこのアンソロジーを読んでいたら、自分も風流人になれていたかもしれないのに………残念( ´△`)



秋にはお月見がありますが、深川江戸資料館によると、月見団子は直径6~10センチとかなり巨大(@ ̄□ ̄@;)!! 団子ではなくお饅頭ですよね……! 通常は12個、閏年は13個用意するらしいです………ここでも月に対しての気持ちの大きさが表れているような……素朴で素直! 月を愛でる日本人、やっぱりいいなぁ(´ω`)



「しぐれ」についてもちょっと調べものをしたのですが、この話はまた後日。まだまだ暑い日が続きます。皆さま、どうぞお身体に気をつけて、ムリなさらないようにして下さいね。






rohengram799 at 16:30コメント(6) 

2014年08月21日

遊雲便りNo.11:黄泉から

昨日は米澤穂信さんが編集した『世界堂書店』というアンソロジーを読み終わりました。米英仏はもちろん中国・ギリシャ・フィンランドなど……外国作品って、土地柄とか宗教感とか気質とか雰囲気がやっぱり違いますね。あまり読まないので、なかなか新鮮でした。最後は久生十蘭さんの『黄泉から』という短編でした。



敗戦翌年の7月でしょうか、お盆の時期です。主人公の一族は次々と亡くなってしまい、いとこのおけいという娘だけになってしまいましたが、彼女は婦人軍属になりニューギニアに渡り、そこで病死してしまいます。主人公は洋行帰りで、おけいが亡くなったことを知り、今日1日は彼女を追想しようと予定を全て断り、新盆の支度をしようとしますが、古いしきたりを過去の記憶から引っ張りだそうとしてもうまくいかなくて、自己流で…と女の子だから甘いものとかを用意します。飾る写真が一枚もない寂しさ。彼女の同僚が彼のもとを訪ね、ニューギニアの様子や最期を教えてくれました。


主人公はこの後、彼女は家庭塾生としてお世話になっていたルダンさんの家にも行くだろうと考えて、女中に懐中電灯ではなくあえて提灯を用意させます。ラストシーンにお鼻がツーンとしてしまいました。



光太郎は提灯をさげてぶらぶらルダンさんの家のほうへ歩いていったが、道普請の壊(く)えのあるところにくると、われともなく、
「おい、ここは穴ぼこだ、手をひいてやろう」
といって闇の中に手をのべた。



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rohengram799 at 11:09コメント(12)空のお城図書館お墓・葬儀・終活・メメントモリ 

2014年08月19日

遊雲便りNo.10:煙が目にしみる

『もつ花におつるなみだや墓まゐり』(飯田蛇笏) 



今日は父の祥月命日(しょうつきめいにち:故人が亡くなって一周忌以後の当月の命日のこと)です。お盆に休みをとらせてもらったので、心の中でお墓参りです。


お墓参りというとお花にお線香ですね。前に書いた私のちょっと悲しい出来事のひとつがお線香です。母の四十九日の時に用意しておいたお線香を持ってくるのを忘れてしまいました。実家とお墓は徒歩でいけるので取りに帰ることも出来ましたが、気がつくのが遅かった! 祖父の親戚の方からいただいた、田舎の子の言葉で言えば「いいお線香」だったのですが……全くお線香を持たずにきたわけではなくて、下の子が成田山の豆まきの時(だったと思う)にもらってきたお線香はありました。(仕事で欠席だったのでかわりに持参)ただ叔母さんには「あれだけじゃしょうがない(本数が少ない)」だったみたいで……。初彼岸の時にはしっかり「いいお線香」を持っていったのに(綺麗な筒に入っていた)「こっちにたくさん持ってきたから」と毎○香になってしまいました……。



お墓参りの時にひとりあたり10本近くもお線香は必要なの?と前々から思っていたので(下の子のお線香はひとりあたり2本くらいは行き渡りました)調べてみたところ……「お供えする線香の本数は、一般的には1~2本ですが、正式には各宗派で異なります」とのこと。浄土宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗は1本で、天台宗と真言宗は3本です。香炉に立てるときは、まとめないで1本ずつたてるそうです。真宗大谷派と浄土真宗本願寺派は、線香を立てません。線香を適当な長さに折って火をつけ、香炉に横に寝かせるそうです。


お盆さんの時には、成田講の関係の方から(父がやっていた)鳩居堂のお線香が届いていたので、使わせていただいたのですが、この時は兄から「わざわざ開けなくてもいいのに」(宅配便で届いたままの状態で御供えされていた)と言われ……確かに他にもお線香はあったけど、今回も下の子は仕事で来られなかったので、成田つながりのお線香(職場が成田)で供養が出来る!と思っていたのにショック……「なんで自分がしたいことはみんなダメなんだよ」とまたメソメソと泣いてしまいました。ダンナに「娘なんだから自分の思うようにしたらいいんだから。ちゃんとこのお線香を持っていきなさい」と言われ……お墓ではダンナが火をつけてくれました←マッチがすれないワタクシですが、ちゃんと風よけ付のライターを持参しました!!



『ひしめきてただひと時の墓参かな』


十数人がワサワサした状態だったので、蛇笏の句のようになってしまいましたが……また自分で好きな花やお線香を選んで、墓参したいと思います。



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rohengram799 at 23:13コメント(16)お墓・葬儀・終活・メメントモリ 
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