日曜日はツヨちゃんのドラマ『冬のサクラ』に泣いていました(;_;)気分は完全に今井美樹ですぅ~バシッ!!←スミマセン

ああ、ビデオに録るべきだったわっ!ツヨちゃんの「大丈夫」を心の支えにするために…ううっ!! なんて思いながら、ファイルをガサガサしていたら《老いの身は、紅葉のように》という切り抜きが出てきました。まだ40代後半のワタクシ…何やら思うところがあったのでしょうか?(笑)


《紅葉は、葉っぱの一生が終わり枯れ葉になって散ってゆく、その直前の刻々を、懸命に尽くさんとする、最後の化粧姿である。初夏のころ、青葉若葉の瑞々しさに心奪われた者も、この老いの身の末期に見せる一瞬の美しさには、とても及ばないと知るだろう。》


紅葉をただきれい♪とノーテンキに眺めていた私には考えもつかない高尚なお言葉です。


《老いてはかくありたいと思う。きたなく汚れて濡れ落ち葉のごとく嫌われるのではない。終わりに近づくほどに、情念の余分なエゴが振り落とされ、ただ温かく澄んだ美しさが、誰からも慕われている。そんな幸いは、厳しい霜の日々を、笑顔に包んで耐えてきた者だけが受ける、天からの賞賛でもある。》


還暦前に「年間ゲバ棒60本」になりそうなワタクシには、耳が痛い…自分の将来を予感し戒めるために、無意識にチョキチョキしておいたとしか思えない文章です(((・・;) 一緒に『一片の紅葉を拾う富士の下』という富安風生氏が山中湖畔で作ったという句の切り抜きもありました。富士山と紅葉の写真付きです。

あと、給糧艦「間宮」では《もみじまんじゅう》を作っていたそうです🍁……念のため書いておきますが、私は「ミリオタ」ではありませんから(笑)