2014年08月21日

遊雲便りNo.11:黄泉から

昨日は米澤穂信さんが編集した『世界堂書店』というアンソロジーを読み終わりました。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167901011


米英仏はもちろん中国・ギリシャ・フィンランドなど……外国作品って、土地柄とか宗教感とか気質とか雰囲気がやっぱり違いますね。あまり読まないので、なかなか新鮮でした。最後は久生十蘭さんの『黄泉から』という短編でした。



敗戦翌年の7月でしょうか、お盆の時期です。主人公の一族は次々と亡くなってしまい、いとこのおけいという娘だけになってしまいましたが、彼女は婦人軍属になりニューギニアに渡り、そこで病死してしまいます。主人公は洋行帰りで、おけいが亡くなったことを知り、今日1日は彼女を追想しようと予定を全て断り、新盆の支度をしようとしますが、古いしきたりを過去の記憶から引っ張りだそうとしてもうまくいかなくて、自己流で…と女の子だから甘いものとかを用意します。飾る写真が一枚もない寂しさ。彼女の同僚が彼のもとを訪ね、ニューギニアの様子や最期を教えてくれました。


主人公はこの後、彼女は家庭塾生としてお世話になっていたルダンさんの家にも行くだろうと考えて、女中に懐中電灯ではなくあえて提灯を用意させます。ラストシーンにお鼻がツーンとしてしまいました。



光太郎は提灯をさげてぶらぶらルダンさんの家のほうへ歩いていったが、道普請の壊(く)えのあるところにくると、われともなく、
「おい、ここは穴ぼこだ、手をひいてやろう」
といって闇の中に手をのべた。





米澤さんの解説をそのまま引用させていただきます。



十蘭には、「パリもの」「南方戦線もの」「落魄した一族もの」とでも呼ぶべき小説群がある。本作はその三つを同時に味わえる、贅沢な一篇となっている。 が、そんな分析はどうでもいいだろう。新盆にはじめて知った恋心、ちぐはぐな棚飾り、そして南の島に降る雪。豊かなイメージが、かなしむにも遅すぎる物語を控えめに彩っていく。
ゴーストストーリーでありながら、何も「出て」は来ない。本当はゴーストストーリーですらないのかもしれない。けれど、姿形は見えなくとも、相手を思いやることは出来る。 死んだ彼女の弔いにリキュールを買う会話が、不思議に胸に残っている。



おけいちゃんの恋心を表す場面もあって、せつないのだけれど、とても美しい物語だと思いました。リキュールを買う場面の会話はいたって普通なんですよ。「それから、女の子が飲むんだから、何か甘口のヴァン・ド・リキュウルがあったろう」って……何気ない普通の会話だからこそ、心に残るのかもしれないですね。「けれど、姿形は見えなくとも、相手を思いやることは出来る。」という言葉に、いま出逢うべき一冊だったんじゃないかと思いました。 



以前の記事ですが、お盆と南の島の雪で思い出したのでよかったらまたお読み下さいませ。


ひつじ雲便り464:迎え火

第384号:南の島に雪が降る




*前の記事にたくさんのコメントをありがとうございました。「いい年をしたかまってちゃんにならないように」と書くのをずっとガマンしていたのですが、皆さまの言葉に気持ちが落ち着いてきました。ありがとうございました。





この記事へのコメント

1. Posted by MEL   2014年08月21日 12:08
ご無沙汰です
今個人的に憂鬱な日々なんですけど
なんとか生きております

>書くのをずっとガマンしていたのですが

書いていくらかでも気持ちが変わるならぜひ!
2. Posted by ミューちゃん   2014年08月21日 17:12
5 オスカーさん、こんにちは
8月って命を考える一ヵ月間だと思うんですよ。日航機墜落事故も8月だったし…。沖縄県名護市では今、普天間基地の問題で市民がデモを行ってるみたいだし…。普天間に関しては全く以って意味不明ですよね。市民のお婆さんがニュース番組のインタビューで「わしらを人間だと思ってない?」て云う言葉を僕は怒りを通り越した嘆きの言葉だと思いましたね…
3. Posted by なう60   2014年08月22日 08:10
おはようございます。
「今日1日は彼女を追想しようと予定を全て断り、新盆の支度」「おけいさん」天国で喜んでいることと確信します。オスカ-さんの視野の広げる
読書そして感想、日々勉強になります。
4. Posted by 猫ムスメ   2014年08月22日 12:27
アンソロジーは数あれど、国のミックスは珍しいかもしれませんね(*^o^*) 文化も風習も全く違いますから、読み比べしたら味わい深そうです

ちなみに私は今、吉永南央さんの「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズを読んでいますよ(^_^)v
5. Posted by オスカー   2014年08月22日 13:46
§MELさま
今日もむし暑いですね。早く涼しくなってほしいです……ムリなさらずに何か気分転換出来るものが見つかりますように。
6. Posted by オスカー   2014年08月22日 13:51
§ミューちゃん様
鳩山氏の言動に振り回され……沖縄の人には戦後なんてないのではと思ってしまいます。
沖縄では夏も終わる頃に吹く風を「新北風(ミイニシ)」というそうです。苦難の歴史を吹き飛ばす新しい風はいつ吹くのでしょうね。
7. Posted by オスカー   2014年08月22日 13:54
§なう60様
バリバリの戦記はなかなか読めない、苦手な私なのでこういう話からたくさん学びたいと思っています。手を差し出されたおけいさんの驚いてちょっとはにかんだ笑顔が浮かぶラストシーンでした。
8. Posted by オスカー   2014年08月22日 13:57
§猫ムスメ様
>「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ
最新刊が早く中古本コーナーに並ばないかと思っています。今日は時代小説アンソロジー(笑)『夏しぐれ』を読む予定です!
9. Posted by ミューちゃん   2014年08月22日 16:58
5 オスカーさん、こんにちは
記事の内容とは全く関係ない事だと思いますが、最近、氷水を頭から被ってチャリティーを呼び掛けるって云うのが有るみたいなんですけど、これ僕は物凄く不快感を感じてます。何故なら参加してる人達は単に遊んでるとしか思えないから。それに、いきなり氷水を被るのって物凄く危険な事。プールとか水風呂に入る時は体に水を掛けて馴染ませてから入るのに、これに関しては、いきなりでしょ。最悪な場合、心臓麻痺で死ぬ恐れがあるぐらいの怖い事なんですよ。現に氷水を被って重体になった人も居るみたいだし…。チャリティー自体は、やった方が良いと思いますが、このやりかたは物凄く見ていて不愉快です。歌手の大江千里さんも、このチャリティーに対して不快感を露にしてるみたいです。ブログに書かれてるんで是非、見て下さい。

http://senrio.exblog.jp/

これって氷水を被るじゃなしに歌を作って「WE ARE THE WORLD」みたいにチャリティーソングにすれば良いのに…て思うのは僕だけでしょうか?
10. Posted by オスカー   2014年08月22日 17:38
§ミューちゃん様
私もまとめサイトでタイトルを見てナンダ?と思っていたら、今朝テレビでやっていました。本当にバカみたいで意味がわかりません……患者さんたちをバカにしているとしか思えないです。24時間テレビのチャリティと同じニオイがしますね……!
11. Posted by のざわ   2016年07月23日 12:29
オスカーさま。読ませていただきました。今朝のラジオ文芸館の「生霊」再放送ですが、ご紹介のお話と
重なるテイストがあります。ゴーストストーリーという点も同じです。久生十蘭さんは「猪鹿蝶」という作品しかほかに知りませんので、興味がわきました。
12. Posted by オスカー   2016年07月23日 14:23
§のざわ様
記事を読んでいただきありがとうございます。『生霊』も言葉はおどろおどろしいですが、情のある話みたいなので、次の休みに探してみたいと思います。

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