『無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ』(橋本夢道)



うわぁ、ダンナさん、思いきったことを言っちゃって大丈夫か(◎-◎;)とこちらがドギマギしてしまう句でありますが、これは現代だから思うことで……作者がこの句を読んだ時はまだ戦後の混乱した時代だったようです。


夢道をよく知る志摩芳次郎によれば、この句について「戦後のあの国民が飢餓線上を彷徨させられたころの作品は、無礼なの妻ではなくて、世の中である」とし、この句は「『無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ』と飄々とうたってのけたところに、かれの俳諧の精神、俳人の本領が現れている」と指摘しているそうです。 この句には、日本への失望や怒り、不安などの他に、妻への感謝が込められていたのでしょう。物不足なのに工夫してダンナ様のために少しでも美味しいものをと頑張って作っていたのではないでしょうか。


別の人の無季句で『妻よ南瓜はこの世に必要なのか』(きたむらけんじ)というのがありますが、こちらは単純にカボチャが苦手なんでしょうね、現代の方ですし( ̄▽ ̄;) それともハロウィンの時にカボチャコスプレにうんざりだったとか?



橋本夢道は四国・徳島に明治36(1903)年生まれ。大正7(1918)年に上京し、江東区深川で肥料問屋などに働きます。その後、銀座に甘いものの店「月ヶ瀬」を出店して成功を収めます。その時の宣伝用の俳句が『蜜豆をギリシャの神は知らざりき』というもの(´∇`)


夢道は「番頭の結婚相手を店が決める」という古いしきたりを破り、自由恋愛結婚!!をしたために、深川の肥料問屋をクビになりました。「月島小町」といわれた静子が畳に両手をついて「一生面倒を見ていただけませんか」と交際を迫った……らしい(^^;) その時には『せつなくて畳におちる女のなみだを叱るまい』と詠んだとか……モテる男はツラい!?


愛妻家だったらしく、こんな文言が書かれた色紙もあるようです。


『妻よおまえはなぜこんなに可愛いんだろうね』


孫ではなく妻ですよ、妻!! なんかこちらの方が恥ずかしくて赤面してしまいますわ(///∇///)



私の場合は、きっと『妻よおまえはなぜこんなに重いんだろうね(´;ω;`)』でしょう……しかしですね、今日は特別、だってワタクシの誕生日なのですから、なんらかのおみやげ(笑)があるはず……今までの経験からして「ケーキを買ってきてくれるに違いない((o(^∇^)o))」と思っているのですが、さぁ、結果はいかに!?