2018年06月27日

芸香雲便りNo.29:赤ちゃん

平山千代子さんという人の作品を青空文庫で読みました。詳しいことがわからないのだけれど、18歳で亡くなってしまったらしい。(1925-12-16~1944-08-02) 短いけれど、少女の生活の一部がノスタルジックに映像としてうかんでくるような・・・そんな文章です。

http://aozora.textlive.net/author_works/1292.html


その中から『赤ちゃん』を・・・新しい命の誕生した時に、みんなこんなことを思うのではないでしょうか?



『赤ちゃん』 平山千代子


 七月十四日、私は丁度西生田にしいくたの勤労奉仕でクタ/\だつたが、とにかくお母様をお見舞することとした。
 病院へ行つて靴を預けようとしたら、意地悪な下足のお婆さんに、
「そんな汚い靴! そこへ置いときな!」と叱られた。四階へ行つて暫らく間ごつき、ヤツと見つけて戸を開けたら、手前の小さな寢台が、モソツと少し動いた。
「おや?」と第六感にピンと来たので戸もしめずにのぞきこんだ。中には赤い小さな人間がねてゐた。成程赤ん坊だ。
「生れたの? エツ! 男?」夢中になつて、しかし、半分男である様にと念じて伺つたのに「女よ」と、お母様はニヤ/\笑つておつしやつた。おや/\三分の一がつかりして、……さて改めてこの小さいけれど生物である赤ちやんを眺めた。
 ヘエー、これでも人間かしら。いやに赤いなあ、猿みたいだ。泣くかどうか試めしてみたくなつたので、頭へ一寸さわつたら顔をしかめた。まだこの世に生を享けてからヤツと十四時間位しかたつてゐないのに、顔をしかめる事を知つてゐるなんて生意気だ。

 赤ちやんの顔を見てゐると、色々な事が次から次へと浮び上つて来る。
 数日前、お友達に、
「今度、家に赤ちやんが生れるのよ」と話したら「え? あなたの御家の犬、牡おすだつたでせう」といふので大笑ひした事を思ひ出し、一人でにや/\笑つてしまつた。
 だけど実際、実に不思議だ。昨日までお母様と同じ人間だつたのが、もう今日は立派に一人前の人間だなんて……。実に妙な気持だ、してみると、私ももとはお母様と同一人物だつたのかな。でもおばあ様とも同じ理由だ。もつと/\さかのぼつて私達の遠い/\祖父とも同じなのかしら。
 けれど、それが、今ではかうして一人前になつて、それぞれの考へを持ち、力を持つて生きてゐる。なんと不思議なことなんだらう。しかも、このふしぎなことが、大昔から今まで、何千年となく続き、自分もその仲間のどこかにぶら下つてゐる。
 私はなにが何んだか分らなくなつて、只、滅茶苦茶に赤ちやんの頭をいぢくつてゐた。
(昭和十六年八月)



rohengram799 at 16:50コメント(4) 
青空文庫 

コメント一覧

1. Posted by 猫ムスメ   2018年06月27日 19:10
18才とはまた早逝ですねぇ(>_<)
戦争なのか病気なのか…こんなに瑞々しい文章を残しているだけにその生涯が気になります。

それにしても赤ちゃんのことをよく表現されていますね。要は妹ってことですよね?
この方が何歳の時の話なのかわかりませんが、昔は子供が多かったので、「年下の叔父(叔母)とか普通だった」という義父の話を思い出しました(^^;

2. Posted by オスカー   2018年06月28日 09:47
猫ムスメ様
他の作品から妹は「洋ちゃん」というらしいということはわかりましたが、ご本人については謎です。でもどの作品も少女の日記を読んでいるような感じでわかる、わかるとなります。すき間時間に最適な長さだと思います!
3. Posted by ミューちゃん   2018年06月28日 16:32
5 オスカーさん、こんにちは
昭和16年8月と言うと、平山さんがまだ14歳だった頃の作品って云う事になりますよね。その同年の12月には太平洋戦争が勃発してるので…。14歳で、こう云う作品が書けるって云うのを共通項で考えるとしたら僕は、山田かまちさんを思い出しますね。彼も多くの作品を残してるけど17歳で、この世を去ってますからね…
4. Posted by オスカー   2018年06月28日 17:05
ミューちゃん様
山田かまちさんの名前、久しぶりに聞きました。私は彼のことはほとんど知らないので、Wikipediaとか読んできましたが、氷室さんとのつながりにビックリしました。 尾崎豊とかこういう感じの人は老人になることなどなく、早くいなくなってしまうのでしょうか。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
月別アーカイブ