2019年11月07日

菊花雲便りNo.7:ケイトウ

今は昔ながらのいかにもニワトリのトサカ🐓状態のケイトウの花を見ることが少なくなったような気がします。

https://www.hana300.com/keitou.html


花にまつわる話はギリシャ神話が多い気がしますが、ケイトウ(鶏頭)に関わる中国の民話を知りました。


『鶏化して花となる』


山里に年取った母親と息子が二人で暮らしていました。二人は雄鶏を飼っていて、ある日、息子は山道で泣いていた美しい娘を家に連れ帰ります。雄鶏は激しく鳴いて娘を追い返そうとします。雄鶏が余り娘を嫌うので、息子は翌朝早く娘を村へ送って行くことにしました。

その途中、娘は鬼女の姿に変わり息子に襲いかかったのです。お約束(?)でしょうか、娘の正体は山奥に棲む大ムカデの精でした。大ムカデの精は口から毒の炎を吐いて息子を襲いますが、後をつけてきた雄鶏が立ち向かいます。雄鶏は死闘の末、大ムカデを倒しましたが、雄鶏自身も力尽きて死んでしまいました😖💦 息子は自分を守って死んだ雄鶏に感謝し丁寧に埋葬しました。

やがて、そこから芽が出て、鶏の鶏冠によく似た花が咲いたのです。人々は、主人に忠実で勇敢だったあの雄鶏の生まれ変わりに違いないと思い、その花を鶏冠花と呼ぶようになったそうです。



忠義者の犬ではなく雄鶏……雌鳥ではトサカ🐓がないからダメなのね。でもたまご🥚を産むしなぁ。



ケイトウを詠んだ俳句に正岡子規の

「鶏頭の十四五本もありぬべし」 

がありますが、子規が明治33年の重陽の節句で詠んだ句だそう。子規の家に時々見舞いに訪れていた長塚節が、斎藤茂吉に「この句がわかる俳人は今は居まい。」と話したことから論議が始まり、斎藤茂吉や評論家の山本健吉がこの句を賛美したそうです。「だから何?」とか「なぜこの本数?」「菊の節句になぜケイトウ?」とか単純にいろんな疑問が浮かぶ俳句ではありますね(^^;)(;^^)


この記事へのコメント

1. Posted by 猫ムスメ   2019年11月07日 08:55
ケイトウ、子供の頃うちの庭にもあったし、通学路のお宅にもよくありました。確かに昔はメジャーだった花ですね(^^)

私は子供の頃ずっと「ケイト(毛糸)」だと思っていて、いかにも毛糸っぽい質感だななんて思ってました(笑)。
その後、母に「ケイトじゃなくケイトウだよ」と訂正され名前は知っていましたが、漢字が「鶏頭」だとはこのブログを読むまで知りませんでしたΣ(゚д゚lll)

40にして開眼…ありがとうございます。
2. Posted by オスカー   2019年11月08日 08:41
猫ムスメ様
秋の花は菊かケイトウであとはイチョウくらいだったような…今はいろんな花が増えたので、昔ながら乗りきってあのケイトウは姿を見なくなったのかも? ヒモケイトウはまさに毛糸ですよね!
誰か編んだことはないのかな?(笑)

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