空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

カテゴリ: 谷川俊太郎

漫画家の野間美由紀さんの訃報、ショックだ……59歳ですよ、まだまだたくさんの作品を描けただろうに。自分の学生時代を豊かにしてくれてありがとうございました。合掌。

https://www.hakusensha.co.jp/information/57613/



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こちらの「さようなら」を口にした“ぼく“は、どこに行くのでしょうか、ひとりで……。



さようなら   谷川俊太郎
 
 
ぼくもういかなきゃなんない
すぐいかなきゃなんない
どこへいくのかわからないけど
さくらなみきのしたをとおって
おおどおりをしんごうでわたって
いつもながめてるやまをめじるしに
ひとりでいかなきゃなんない
どうしてなのかしらないけど
おかあさんごめんなさい
おとうさんにやさしくしてあげて
ぼくすききらいいわずになんでもたべる
ほんもいまよりたくさんよむとおもう
よるになったらほしをみる
ひるはいろんなひととはなしをする
そしてきっといちばんすきなものをみつける
みつけたらたいせつにしてしぬまでいきる
だからとおくにいてもさびしくないよ
ぼくもういかなきゃなんない


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おさらひのつもりで妻にさよならと言へばにはかに悲しみ溢る

2017年11月、93歳で亡くなった岩田正の最終歌集『柿生坂』から。誰もが大切な人にさよならを言えるとは限らないのだと知っているけれど……。奥さまは歌人の馬場あき子さんです。

https://mainichigahakken.net/hobby/article/post-377.php


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「幸福が遠すぎたら」


さよならだけが 人生ならば
また来る春は何だろう 
はるかなはるかな地の果てに
咲いている野の百合何だろう

さよならだけが 人生ならば
めぐりあう日は何だろう 
やさしいやさしい夕焼と
ふたりの愛はなんだろう

さよならだけが 人生ならば
建てたわが家は何だろう 
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう

さよならだけが 人生ならば 
人生なんかいりません




寺山修司の詩を思い出した木曜日でした。

さよならは仮のことば


さよならは仮のことば
夕焼けと別れて
ぼくは夜に出会う
でも茜色の雲はどこへも行かない
闇にかくれているだけだ

星たちにぼくは今晩はと言わない
彼らはいつも昼の光にひそんでいるから
赤ん坊だったぼくは
ぼくの年輪の中心にいまもいる

誰もいなくならないとぼくは思う
死んだ祖父はぼくの肩に生えたつばさ
時間を超えたどこかへぼくを連れて行く
枯れた花々が残した種子といっしょに

さよならは仮のことば
思い出よりも記憶よりも深く
ぼくらをむすんでいるものがある
それを探さなくてもいい信じさえすれば




谷川俊太郎さんの詩をしみじみ読みたくなる晩春……
アマビエだけでなくヨゲンノトリもいたのですね。しかも山梨から発信されていたとは……知らなかった。

https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12591791102.html


こちらはpixivにあったアマビエとヨゲンノトリの漫画。
https://www.pixiv.net/artworks/80694359



下書き記事がなくなって、書き散らかしたメモ書きしかなくなってきた………ので、GW明けくらいまでブログ更新はないかもしれません(-ω-;)


皆さま、どうぞお身体に気をつけて下さいませヾ(´ー`)ノ

「じゃあね!」(*)というとおニャン子クラブを思い出す世代ですが、谷川俊太郎さんの詩「じゃあね」を読みました。合唱曲にもなっているのですね。



じゃあね    谷川俊太郎

思い出しておくれ
あの日のこと
楽しかったあの日のこと
けれどそれももう過ぎ去って
じゃあね

ひとりぼっちはこわいけど
きみにはきみの明日がある
どこか見知らぬ宇宙のかなたで
また会うこともあるかもしれない
じゃあね
もうふり返らなくていいんだよ
さよならよりもさりげなく
じゃあね じゃあね

忘れちゃっておくれ
あの日のこと
くやしかったあの日のこと
けれどそれももう過ぎ去って
じゃあね
年をとるのはこわいけど
ぼくには僕の日々がある。

いつか夜明けの夢のはざまで
また会うこともあるかもしれない
じゃあね
もうふり返らなくてもいいんだよ
さよならよりもきっぱりと
じゃあね じゃあね



バリバリの合唱動画もありましたが、可愛くて歌詞も見られる動画があったのでコチラをどうぞ(*´∀`)♪

https://sp.nicovideo.jp/watch/sm24593257



タイトルから、もしかしたら私がブログ卒業かと思われた方がいて、( ´゚д゚`)エーっ と、万が一にもいらしたら、すみませんm(__)m 連投したり休んだりしながら、まだまだ続けるつもりです ( ̄∇ ̄*)ゞ



(≠)https://sp.uta-net.com/movie/2458/

タイトルから欽ドン!の「良い子悪い子普通の子」を思い出した方も……いらっしゃるはず……ですが、こちらの本に載っている詩を読んで(本自体は読んでいない)さすが谷川俊太郎さんだ!と思いました。


子どもと悪 (岩波現代文庫〈子どもとファンタジー〉コレクション 4) >> https://bookmeter.com/books/7862471




まんびきはしたことないけど
わたしはひとのこころをぬすんだ
ぬすんだことにもきづかずに

へやにかぎはかけないけど
わたしはこころにかぎをかける
かぎのありかもわからずに

うそはついていないけど
わたしはほほえんでだまっている
ほんとのきもちをだれにもいわずに

いいこだから わたしはわるいこ   

 



自分をこんなふうにわかっている子は、きっとつらい子なんだと思って、胸がきゅいんとなってしまった。 子どもだけじゃない、大人だってきっと同じことを考えることがあるはず……… 大人だと 「ズルい人間」になるのかな?

久しぶりに谷川俊太郎さんの詩を読みました。 受け取り方、受け止め方は人それぞれでしょうが、私は好きです。







泣いているきみ


泣いているきみのとなりに座って
  ぼくはきみの胸の中の草原を想う
  ぼくが行ったことのないそこで
  きみは広い広い空にむかって歌っている


  泣いている君が好きだ
  笑っているきみと同じくらい
  哀しみはいつもどこにでもあって
  それはいつか必ず歓びへ溶けていく


  泣いているわけをぼくは訊ねない
  たとえそれがぼくのせいだとしても
  いまきみはぼくの手のとどかないところで
  世界に抱きしめられている


  きみの涙のひとしずくのうちに
  あらゆる時代のあらゆる人々がいて
  ぼくは彼らにむかって言うだろう
  泣いているきみが好きだと

  

  谷川俊太郎詩集『私』より   

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