こどもの詩

2019年01月23日

萌月雲便りNo.23: 猫のお告げ

受胎告知の絵画というと、真っ先にエル・グレコが浮かぶ俗物なワタクシですが、この受胎告知の絵に猫が描かれたものがいくつかあるという記事を読みました。


戌の日に帯祝いとか猫より犬じゃないの?と思ったのですが、ふ~む、いろいろあるものなのですね。


http://www.art-library.com/sp/bible/cat.html



こちらはもう産まれたよ✨な赤ちゃんについての詩です。作者は富山の6才・竹中文音(あやね)ちゃん。のんちゃんは妹だそうです。21日付読売新聞の「こどもの詩」から。



『あかちゃんのごはん』

のんちゃんはおっぱいだけ?
じゃあ
こっち(左)はごはんおっぱい
こっち(右)はおつゆおっぱい
いっぱい飲んだら大きくなるね



ほほえましいですわ😃💕




rohengram799 at 07:03コメント(4) 

2018年08月22日

炎昼雲便りNo.30:わすれもの

読売新聞(8/19)の「こどもの詩」にドキッ!としました。いつからこんな気持ちをなくしてしまったのか・・・こんなやさしさを思い出させてくれるために、小さい子どもは一生懸命大人に話をしているのかもしれない、そんなにふうに思いました



『ありさん』 佐々木凛人(りんと)ちゃん・3歳

ままー

ありさんが ちょうちょ

はこんでるよ

きっと びょういんへ

いくんだね




rohengram799 at 14:08コメント(4) 

2018年05月22日

若夏雲便りNo.24:プロポーズ

『血を吐く恋』

ひとを恋する心は 咲いてはしぼみ また咲いてはしぼむ
死ぬまでそれをくりかえす
恋する心の歓びと悲しみの さだめを知り
わたしは人知れず 血を吐きつづける



ハイネってこういう恋愛ベタベタな詩を書く人、というイメージがあるけれど、この詩のタイトルから片岡鶴太郎が歌っていた♪IEKI吐くまで を思い出してしまった・・・ロマンのカケラもないな(´д`ι)



まだまだ、こんな苦しさとは無縁で、恋に恋する年齢にもなっていないであろう、純粋なプロポーズの詩が今日の読売新聞・朝刊「こどもの詩」にありました。




『ぜったいけっこんしてね』


けっこんしてっておとうとはいう
てもなんかやだ
だってすきなときと
きらいなときがあるんだもん
ごめんねおとうと
きもちはありがたいけど



埼玉県川口市・浅野花菜(はな)ちゃん、小学2年生の乙女心! 弟くんは4才だそうです。かわいい(*≧з≦)


結婚してもキライな時はあるんだけどね(笑)



rohengram799 at 15:26コメント(4) 

2017年11月13日

霜見雲便りNo.12:さんま

11月8日読売新聞 「こどもの詩」に秋刀魚の詩が載っていました。



『秋刀魚』



今年もやってきた
あいつが
脂がのってて うまいんだ
毎年ご苦労さま
よく来たな
秋刀魚


(新松戸南中1年 ・阿部 鼓太郎さん)



旬のものってその時期にあって当たり前みたいに感じますが、毎年必ずみんなが満足するほど大漁だったり豊作だったりするわけではないのですよね。



さて、秋刀魚といえばやはり佐藤春夫の『秋刀魚の歌』ですね。現代文風に訳したものが面白かったのでお読み下さい。だいたい一部しか紹介されませんが、全部読むと、なんとゆーかな作品ですね。彼の人生もですが(;´д`)



https://plaza.rakuten.co.jp/createrj/diary/200911020004/




今週はとても冷え込むとか・・・皆さま、お身体に気をつけて下さいませ(*・ω・)ノ




rohengram799 at 09:28コメント(8) 

2016年04月20日

暮雲便りNo.21:おやおや…親泣かせρ(・・、)

暮雲便りNo.18:お世話やきで政府の婚活後押し等について書きましたが……やはり親が頑張らないと!と思うのか、こんな企画を新聞で発見!! その名も『親おや交流会』(^^;)(;^^)


1970年に設立された結婚相談会社のマリックスが来月8日に開催予定しています。独身の子どもを持つ親同士が身上書と写真を交換するんだそう。定員は200人。参加費はひとり18,000円、夫婦で参加は28,000円。場所は新宿のリーガロイヤルホテル東京。大阪・名古屋・福岡でも開催中とありました。


親がそこまでして……と思ってしまうのですが、どうしても!!というお家事情があるのかしら?と思ってしまいますね。どんな雰囲気なのか、こっそりのぞいてみたい気がします。



『活躍はしたい人だけすればいい吾子と若菜を摘む散歩道』(伊勢崎市 萩原亜季子さん)


こんな句がありましたが「吾子」を「ひとり」にしても悪くはないかな、と思ったり……悲壮感よりもイキイキした印象があるのは「若菜」に生命力を感じるからかしら? 下の句を「ひとり桜を見上げる散歩道」にしても「ひとり枯葉を踏む散歩道」にしてもそれぞれの人生を感じるし、「母」や「父」と歩く散歩道も、ひだまりのあたたかさや夕暮れのせつなさの中に、それまでの年月の重さやゆたかさがあるようでまたいいかも………と、勝手に妄想をふくらませてしまいます。


普段の何気ない暮らしの中で、身近な人たちの幸せを願うのだって「一億総活躍」に違いない! 最後はそんな詩で締めくくりたいと思います。 さだまさしさんの『道化師のソネット』を思い出すような詩です。泣き笑いしながら「ありがとう」と言ってギュッ!とこどもを抱きしめるお母さんの姿がうかんできました。




『ぼくのやくめ』

ぼくは
おこっているおかあさんも
わらっているおかあさんも
どっちもすきだけど
やっぱりわらっている
おかあさんのほうがすきだから
ぼくがわらわせてあげるね


(水町祐陽くん・千葉県船橋市の幼稚園年中さんです)






rohengram799 at 07:56コメント(6)トラックバック(0) 
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