空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:どら焼き

「食いねぇ、食いねぇ」と言えば「スシ食いねぇ!」となるところですが(知らない世代もいるかしら……ちなみに森の石松がすすめたのは「押し寿司」説が有力らしい)今日の食いねぇ!は「おまんじゅう」であります(o^ O^)シ彡☆


テレビでも紹介されたという、宮崎・佐土原の「くじらようかん」について調べていたら一緒にお人形さんが写っている記事がありました。その人形が「まんじゅう食い人形」だったのです。食いだおれ人形は知っていますが、まんじゅう食いとは……!


その前に「くじらようかん」について……起源は江戸時代の佐土原藩4代藩主島津忠高が26歳で世を去った後、2歳という若さで世継になった万吉丸の母・松寿院が「我が子が大海を泳ぐ鯨のように力強くたくましく育つように」という願いを込め、鯨に似せた羊羹をつくらせたことに始まるらしい。 万吉丸はその後、日向佐土原藩 6代藩主となり名君として立派に国を治めたといわれているそうです。お菓子屋が献上した説もあり、それは特大サイズ(40㎝×20㎝位)で「米とからいもを練った中に小豆あんを入れたもの」だったとか。ちなみにこの佐土原地区はモデルのエビちゃんこと、海老原友里さんの出身地だそうです!



さてさて、お人形さんですが、子供どもがふたつに割ったおまんじゅうを両手に持って立っている姿の像です。父母のいずれが好きかと問われた時に(イヤな質問だわ~)その子が饅頭をふたつにわって「どっちがおいしい?」と反問したという教訓話からできたようです。子どもが利口になるおまじないや、安産祈願に奉納されたり……各地にいろんな表情、しぐさのお人形さんがあるようです。下記サイトをご覧下さいませ。佐土原のお人形についての考察は興味深かったです。

http://kyoudogangu.xii.jp/mangiukui.html



温泉まんじゅうもあちこちにありますが、元祖はどこに?ということでこんなコラムもありました。

《温泉まんじゅうの由来》」
http://www.asahi-net.or.jp/~ue3t-cb/bbs/special/sience_of_hotspring/column2003_manju.htm



そして『饅頭博物誌』という本も東京書房社から1973年に出ていました。著者は松崎寛雄さん。「目次:饅頭 このありふれた菓子/饅頭ことはじめ/饅頭伝来/禅宗文化にのった饅頭/饅頭はひろがる/林家の人びと ほか」とあり、林家の人びとって何かあるの?と大変気になります(笑)


今の子どもはおまんじゅうよりチョコレートだと思いますが、前述の本にはこんなことが書いてあるそうです。


《むかし有島武郎は、日本の母親がうたえる歌は子守唄だけだと云ったが、この表現を借りれば、日本の母親がつくれる菓子は饅頭だけであった、といえるかもしれない。こうして饅頭そのものが和菓子の”マザー”であり、饅頭つくりが母親の手から菓子屋の手へ移っていっても、なお日本人にとって、饅頭という菓子には不思議に母なるものへの回帰、母胎への郷愁といったムードがただよっている。》



うーん、おまんじゅうの形が基本まるくて、包み込むものであるから「マザー」なのかしら……和菓子のファーザーがあるとしたら、それはなんだろう? お煎餅は和菓子じゃないからお団子でもなく……どら焼き?



今日は渋いお茶とおまんじゅうをおやつに本を読みたい気分になりました。皆さまもほどよい甘さの1日をお過ごし下さいませ。




ヒコーキ雲便りNo.29:「アン」な土曜日では坂木司さんの『和菓子のアン』についての感想などを書きましたが、今日はまたひと味違う、ほんのり桜色のしょっぱいドリアン助川さんの『あん』です。樹木希林さんが主演で来月映画が公開になるので、内容をなんとなく知っている方もいるかしらん?


線路沿いから一本路地を抜けたところにある小さなどら焼き店「どら春」。千太郎が日がな一日鉄板に向かう店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳を過ぎた手の不自由な女性・吉井徳江だった。年齢的にアウト!なんですが、彼女のお手製のあんが絶品で、時給も200円でかまわないと言われ……雇われ店長の千太郎と老女の店舗再生物語(映画『タンポポ』みたいな)……と思いきや……。


徳江があんを作るようになると「どら春」の売り上げは伸び始め、初めての完売御礼も出るように(^o^)v しかし、ある日を境に客が減ってしまうのです。指が折れ曲がり、左右の目の大きさの違う老女・徳江が、ハンセン病患者だという噂が原因でした。たしかに彼女は難病の療養施設に暮らしていました。何十年も前に彼女の病気は完治し、ハンセン病は現代医療で簡単に治癒するものとなり、施設に暮らすすべての人が快復者です。ですが、長い隔離の歴史を生きた徳江たち元患者は、今も偏見から自由ではなかったのです。



第151号:書くことは生きること…『いのちの初夜』ヒコーキ雲便りNo.49:再びの命などで少し書いてきましたが、実際身近にそういう立場の方々に接したことのない私……正直、その場所に足を運ぶとなったらためらってしまうと思います。映像や写真だけではわからない、五感を刺激するものが絶対あるでしょうから。


後半は徳江さんの過去がわかります。病気とわかった時のこと、同じ病のダンナさんが強制的な断種をさせら子どもをもてなかったこと、家族のこと、裁判後のことなど、同じ園で生活している人たちのことなど……。ヘタレな千太郎に伝えてくれたたくさんのこと……最後はやっぱり涙が出ちゃう(´;ω;`)



桜の季節に始まり、また桜の季節に終わる語…………読みやすいのに、中身は「あん」がギッシリ!でどら焼きをしみじみ味わいながら食べたくなる一冊です。『多摩川物語』もよかったけれど、この本もよかった~映画も希林さんに頼りきりでなくて、原作の良さがきちんと表現されていたらいいなぁ。



今日は肌寒いになりそうです。皆さま、あったかいモノに囲まれた1日になりますように(*´∀`)ノ



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