PASMOの残高が1999円になったのを見て、2000年になった時の騒ぎを思い出しました。私の小学生時代は「富士山大噴火」に「ノストラダムスの大予言」と「俺たちに明日はない(T-T)」な話が蔓延していて、ワタクシはそんなお子さまね!という顔をしながらも内心はどうしようΣ(T▽T;)な女の子でありました。


今、角田光代さんの『ツリーハウス』を読んでいます。戦前戦中戦後と満州で過ごし、帰国してから新宿で中華料理店を開いた夫婦。お互い男女の愛情があって結ばれたのかわからないまま子どもが産まれ、孫ができ…三世代の物語で、現在と過去が交差するのでちょっとわかりにくいところもあるかも…。昭和の出来事・事件なんかが出てきて、パンダがはじめて来た時のことや中国残留孤児の肉親探しのことなどを思い出しました。


肉親が見つかった人とそうでない人の中国に帰る時の表情が全く違ったこととか(おみやげに電化製品とかありましたよね)日本で生活するようになったけれど、なかなか馴染めなかったりとか……すっかり記憶から抜けていました。50年近く生きているのだから、たくさんの出来事があって全部覚えているなんて無理な話ですが、中国の大気汚染が大きく取り上げられている時にも、全く他の中国関連の事を思い出さなかったとは……ここ最近の国内での事件や事故があまりにも悲惨だからでしょうか……でもこれってちょっとコワイ気がする(-_-;)


本の中でお祖父さんが亡くなった後にお祖母ちゃんが中国旅行に出掛けるのですが(もちろん同行者あり)昔お世話になったお店と人を探すんですね。でも記憶もあやふやで街並みも変わっている。たどり着けないけれど、当時の面影を残すお店に入り、そこにいる人に感謝やお詫びの言葉を一気に喋るお祖母ちゃんに胸がいっぱいになってしまいました。お世話になった家族はもう亡くなっているかもしれない、今目の前にいる人たちは無関係だとわかっている、それでもずっと言えずにいた気持ちを伝えたい、吐き出したい……!子どもや孫には自分たちの人生を語ることはなかったので、それだけ抱え込んできたものの重さがあったのだと思いました。


言葉も通じないのだから自己満足かもしれませんが、戦争を体験した人たちはこんな気持ちではないのかと…生きるために逃げて逃げて……のほほんと生活している自分にはこういう生き方をした人たちを責めることなんか出来ないし、まだまだ知らないこてばかり……と、おそらく角田さんが伝えたいこととは違うことを考えてしまいました。


「あんた、自分がやった馬鹿はね、ぜんぶ自分に跳ね返ってくるんだよ。」とか「ここじゃない、どこか遠くにいけば、すごいことが待っているように思うんだろ。でもね、どこにいったって、すごいことなんて待ってないんだ。」というお祖母ちゃんの言葉、半分わかっているけどやっぱりここではないどこかにいきたい……(゜-゜)


朝刊に若山牧水の『けふもまたこころの鐘をうち鳴らしつつあくがれて行く』の歌についてのコラムがありました。「あくがれ」の語源は「在所」を「離る」、つまり「魂が今在るところを何かに誘われ離れ去って行く」という意味。そこから「思いこがれる」という今日の意味が生れたそうです。


たそがれて、あくがれて……「2013年秋―オスカー」でありました。ちなみにタイトルは私の好きな本、久世光彦さんの『一九三四年冬―乱歩』からいただきましたf(^_^;)