デンマーク

2019年02月09日

令月雲便りNo.14 :影と光

おはようございます。もう雪が積もっている……!


今まで2冊読んで全くその世界に入り込めなかった森博嗣センセ―の『イデアの影』を読み終わりました。ペーパークラフトみたいな白一色のメリーゴーランドとばらの表紙とタイトルがワタクシ好みだったのと、少し立ち読みして(普段はしない)「これなら大丈夫そう」と思って買いましたが、思っていた以上にサクサク読めました!


イデアの影-The shadow of Ideas (中公文庫) >> https://i.bookmeter.com/books/13198525


↑ こちらの感想にも書いたのですが、構成(プロローグにエピローグ付きの4章構成)も文章も読みやすかったです。暴力によって病んでしまった女性なのかな、という感じはしたけれど(プロローグでそれっぽいことが書いてある)それにしては療養所の先生の対応がう~ん……でも、彼女が感じたイメージがそうだったのかな、と。あんまり考えずに主人公の世界を少し離れた場所から見るような感覚で読みすすめました。まだまだ幼い部分が見え隠れして、そこがまた気になるのかな。彼女と関わった人たちが亡くなっていくのでミステリ仕立てと思って読むとガッカリしてしまうかも、ですが。


谷崎の『細雪』を読んだことがないので、なんでコレを章のはじめに引用したのかはわからなかったです。第3章の「療養所のハモニカ」とエピローグが一番よかったです。救いがあるとかないとかではなくて、こういうふうに時間を過ごす人もいるのだという感じ。何人も亡くなっていくけれど、それは彼女がその人を切り捨てた、という意味なのか、現実なのかはわからない。彼女だけの世界の物語なのか、他人が夢の中でみている物語なのか、神さまが一瞬だけみるという(人間の一生のうちの一部の)夢なのか……「イデア」という言葉にそんなにこだわって読まなくてもいいかなと私なんかは思うのですが、その意味を掘り下げたい人は案外多いのかも。


p159の「人の命は、神から借りているものだという。」から続く一連の文章が好きです。


『人の命は、神から借りているものだという。死ぬときに、それを返却する。けれども、生きている間に少しずつ返すというのは、実際の人生をよく映していると感じた。命というのは、あるかないかだけのものではない。ランプのように、明るく燈っているときもあれば、か弱く消えそうなときもあるだろう。ランプのオイルが人の寿命だとするなら、死に向かって減り続けるかわりに、炎や煙になって天に昇っていくのではないか。燃えることで、少しずつ命を削っているのだけれど、それは高く昇るための変換ともいえる。』


「灯っている」ではなく「燈っている」の漢字がイイです! この作品と似た雰囲気で耽美さがあるのがコチラかな、と思いました。これもタイトル買いでしたけど(笑)


罪深き緑の夏 (河出文庫) >> https://i.bookmeter.com/books/13008827




そしてもう1冊、ずっと読んできた『Bの戦場』が完結しました。意識高いB専の久世課長が今回はまた一段とかわいらしいというか、一途というか………最初の方の「後ろ姿を見ていたいから、先に行ってください」最後の方の「……一体どうすれば、あなたの心を僕にくれますか」のセリフにひとりでにやけて
久々に胸がキュンキャンする感覚を味わいましたわ♪o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪


Bの戦場 6 さいたま新都心ブライダル課の門出 (集英社オレンジ文庫) >> https://i.bookmeter.com/books/13421953



デンマークのニコライ王子がモデルデビューした時の写真を見て、久世課長のイメージは彼になってしまった(笑)

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/www.cosmopolitan.com/jp/entertainment/celebrity/amp22856655/prince-nikolai-of-denmark-celebrates-19th-birthday-with-new-portrait/%3Fusqp%3Dmq331AQECAEoAQ%253D%253D



結婚する側も式場側もいろいろな事情があって本当に大変。最近のブライダル事情とかもわかって、ほー、へー、の連続でありましたが、少しずつ歩みよってしあわせに向かっていくいろんなカップル、家族の姿を読むのは楽しかったです。だから、実写が本当に残念……アニメ向きだと思っていたのになぁ。




今日はいつも以上にへんなテンションになってしまった気がする……失礼しました<(_ _*)> とても寒い1日になりますね。どうぞお気をつけ下さい。


rohengram799 at 07:18|この記事のURLComments(4)

2016年07月27日

布雲便りNo.27:女ごころ

去年の春に読んでから、半分くらいで放置いた太宰治の『女生徒』を読み終わりました。関連記事はコチラ→桜雲便りNo.2:女学生…(^.^)



どの短編も女性の一人称で書かれています。戦中・戦後の暗い時期でも人々の暮らしや思うこと、感じることなど今と変わらないんだなぁ、と思いながら読みましたが、中でも『雪の夜の話』は挿話があり、印象的でした。
 

東京で兄夫婦と暮らすしゅん子が、妊娠している姉のためにスルメを持って帰ろうとする。しかし、積雪の中へ落としてしまい、代わりに美しい雪景色を目に焼き付けて帰るというお話です。その中で、デンマークの水夫の話が出てくるのです。


《むかし、デンマークの或るお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖し、その眼球を顕微鏡で調べると、網膜に美しい一家団欒の光景が写されていた。友人の小説家にそれを報告したところ、その小説家はたちどころにその不思議の現象に対し次のような解説を与えた。その若い水夫は難破して怒濤に巻き込まれ、岸にたたきつけられ、無我夢中でしがみついたところは、燈台の窓縁であった。ああ、よかった! 助けを求めて叫ぼうとして、ふと窓の中をのぞくと、燈台守の一家がつつましくも楽しい夕食をはじめようとしているところだった。ああ、いけない。今「助けてえ!」と凄い声を出して叫ぶとこの一家の団欒が滅茶苦茶になる……そう思ったら、窓縁にしがみついた指先の力が抜け、また大浪が来て水夫のからだを沖に連れて行ってしまった……たしかにそうだ、この水夫は世の中で一番優しく、そして気高い人なのだ。医者もそれに賛成したので、二人でその水夫の死体をねんごろに葬ったという。》


物語は青空文庫のサイトで読めます。また感想が書かれたブログも空腹の少女小説――太宰治「雪の夜の話」などいくつかありました。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1573_34633.html



網膜に残された光景で、北 一輝(きた いっき)の義眼を思い出しました。中国の革命運動に参加し中国人革命家との交わりを深めるなかで、中国風の名前「北一輝」を名乗るようになります。右目は義眼 。このことから「片目の魔王」の異名を持つことに。二・二六事件 の理論的首謀者とされ、処刑されますが、久世光彦さんの『陛下』という小説に、右の義眼の裏に天皇の肖像を貼り付けている(もちろんフィクションですが)という場面があります。「私は生きている左目で、曠野を見ています。その代わり、見えない右目で、陛下を真っすぐに見ているのです」………ヒャー!久世さんらしいと言えばらしい耽美な場面でドキドキしました( 〃▽〃) 関連記事はコチラ→桜雲便りNo.13:混乱するあずさ号(;゜∇゜)



話をもどしまして……デンマークのお話ということは、アンデルセン童話なのかと思いましたが、どうもハッキリしません。ただ太宰は『一つの約束』という随筆でこれと同じ話を紹介しているそうです。結構お気に入りだったのかしら?


他には『おさん』という子どもたちと疎開している間にダンナが浮気をしていて、その相手と無理心中…という話がありました。ダンナに「(前略)ひとを愛するなら、妻を全く忘れて、あっさり無心に愛してやって下さい。」と小声でいう場面があり、東野作品の不倫にはなんかウンザリしていた私はちょっとスッキリした気分になりました(笑)


また『貨幣』という紙幣が語り手の話もおもしろかったし(貨幣は女性名詞になるらしい)『饗応夫人』は、お客さまを病的に、身を削ってでも、もてなさないと気のすまない未亡人が出てきます。お手伝いさんがその女主人について語る設定です。玄関のベルが鳴り、饗応するほどの縁もゆかりもない、笹島という男がやってくると夫人は「泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げ」て接待に狂奔するのです。彼ひとりでなく男も女も連れてきたり、泊まったり、ワガママでやりたい放題。接待のせいで、財産をかなり減らし、身体まで悪くなり……夫人が苦痛を感じつつも、もてなさずにはいられないという脅迫的な心の一部は、太宰自身にもあったのか? この夫人のモデルは画家だったそうで、子供はいなかったらしいのですが、親類の女性はじっさいにとてもいい方だったと話していたそうです。


「ごめんなさいね。私には、出来ないの。みんな不仕合せなお方ばかりなのでしょう? 私の家へ遊びに来るのが、たった一つの楽しみなのでしょう。」つまり彼女は自分も夫を戦争で失っているにも拘らず、笹島たちの不幸を思うと自分は幸せであり、また彼らの唯一の楽しみは自分の家に来て遊ぶことである。それを奪うことは自分にはできない、と言うのです。この彼女の強い意志はラストにも表れています。このままでは身体を壊してしまうという女中の言葉に従い、奥さまは家を離れることにしたのですが、タイミング悪くその日に笹島がやってきて……彼らのことをもう一度思い返し、その場に留まり、もてなすことを決心し、切符をふたつに破った奥さま……!! 「奥さまの底知れぬ優しさに呆然となると共に、人間というものは、他の動物と何かまるでちがった貴いものを持っているという事を生れてはじめて知らされたような気がし」て自分も切符を破ってしまいます。なんというか、無償の愛というのとも違うけれど、ここまで出来る人もいない気がしました。今だと強迫観念とか強迫神経症とか言われてしまうのかな……なんともいろんなことを考えさせられた作品でした。


『女生徒』に収められた14の短編は「太宰ねぇ…」という、教科書でしか読んだことのなく、あまり興味がないなぁ~な、私のような人間にはチョー読みやすくてオススメです(≧∇≦)





rohengram799 at 08:36|この記事のURLComments(8)
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