ハロウィン

2021年10月21日

鹿茸雲便りNo.22:ワインカラーのときめき 🍷

旧暦十月の異名は神無月……なので『すべての神さまの十月 2』を読んでいます。2017年にも「十月になったから」と前作を読んでいました(笑) サクサクと読みやすい短編集です。

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-90154-1


十月と認識しているはずなのに「今月はボジョレー・ヌーボー騒ぎがないわ」と思っていました……ヾ(・д・`;) 来月でしたね……今月のイベントはハロウィンでしたわ。


熟すまま来世紀まで寝かしおく葡萄酒千本そして恋人


口移されしぬるきワインがひたひたとわれを隈なく発光させる


この前見つけた松平盟子さんの色気のある短歌に酔ってしまった!ということにしておいて下さいませ(;^ω^)

http://petalismos.net/tag/%E6%9D%BE%E5%B9%B3%E7%9B%9F%E5%AD%90


タイトルを「ワインレッドの心」にしようかと思いましたが、すでに過去記事で使っていたのでコチラにしました。懐かしい (*μ_μ)♪

【ワインカラーのときめき】
https://sp.uta-net.com/movie/38605/



rohengram799 at 10:20コメント(2) 

2021年08月28日

金涼雲便りNo.23:誰のために

朝の電車でときどき一緒になるひとと帰りの駅でまたすれ違う 牧野芝草


言葉は交わさないが、よく見かける人。一歩踏み出せば会釈をするくらいの仲にはなるのだが……。 たいていは他人のまま、いつか忘れてしまう人。人は人間関係の網の上で生きているが、永遠に結ばれない糸もある。 歌集『勾配』から。


8/25付読売新聞 長谷川櫂さんの「四季」から。

電車でなくても病院とか買い物とかお散歩とか……行きも還りもは少ないでしょうが、毎回「あの人だ」という出会いはありますね。

牧野芝草(まきのしそう)さんのこの歌集は先月発行されたばかりのようです。

http://rikkasyorin.com/syuppan.html



電車といえば新聞に【駅の放送を悪用 車いす女性痴漢 国交省、見直し要請】の見出しが目に入りました。

「国交省によると、鉄道では車いす利用者や視覚障害者が乗降する時、転落や転倒しないように駅員が介助し、出発の可否を車内の乗務員に伝えている。一部の事業者は、伝達に駅のアナウンスを使っており、他の利用者に、障害者らが乗っている車両や降車駅がわかることがある。」………これを悪用してくる痴漢をするなんて、信じられない! 許しがたい!

ネットニュースにもありました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/46e8ca171577e4494b655d748d6456949487a666


*****


コンビニに行ったらすでに中華まんがスタンバイしていて、スーパーでは秋の味覚のポップに秋の新作お菓子にハロウィンパッケージのお菓子が………ハロウィンって10月末だよね……?


今日も熱中症警戒アラートが千葉県には出ております。皆さまもこまめな水分補給を! (*・ω・)ノ



rohengram799 at 12:00コメント(2) 

2017年10月23日

淡雲便りNo.9:季節感

台風お見舞い申し上げます。


昨日は昼から仕事だったので、行きはダンナさんに車で送ってもらいましたが、帰りは駅から歩き~小雨状態でラッキー!なんて思っていたら、突然の強風で雨が叩きつけるように全身に(ノ´Д`)ノ ビタビタになりながら家にたどりきましたわ。皆さまは大丈夫だったでしょうか?



スーパーなどではハロウィンに七五三、クリスマスケーキやおせちの予約、年賀状印刷などいろんなチラシがごちゃごちゃと・・・。宝くじ売り場のハロウィンってなんだよ、と思っていましたが、ハロウィン宝くじとか発売しているのですね。日本のハロウィンはただのコスプレイベントになっている気がします。外国の方からはどんな風に思われているのでしょう?



このところ、曜日感覚も季節感もなくなっていますが、学校がある学生さんはメリハリのある生活をしているのかしらん? そろそろ合唱コンクールの練習が中学校の近くを通ると聞こえてくるかも。



中学生が『小豆の煮くずれ研究』をした記事を読みました。いやいや、スゴいわ~ちょっとした疑問から、あれこれ自分で考え、実験したり、和菓子屋さんに話を聞きに行ったり・・・日本の未来は明るいかもしれない!(笑)


https://www.shizecon.net/award/detail.html?id=24






rohengram799 at 15:58コメント(6) 

2017年10月01日

淡雲便りNo.1:読書介助犬

秋晴れの日曜日、10月がスタートしましたね。買い物に出かけたら、宝くじ売り場にもハロウィンの飾りつけがしてあって、なんなんだ?と思いました。



今日は「読書介助犬」なる存在を知りました。生活介助犬に読書犬もいるのか~でも、犬は本を読めないけど・・・はて(´・ω・`)?と思い検索しました。


読書介助犬は、静かに読み聞かせを聞く訓練を受けているそうで、読書や人前で声を出して本を読むことが苦手な子どもが、介助犬が静かに聞いてくれることで、本を読んだことの達成感や自信につながる効果があるようです。 欧米では「R.E.A.Dプログラム」の名称で学校や図書館で普及してて、アメリカでは営業時間後に書店内で行っている例もあるらしい。


対人ではなく、ワンちゃんというのがいいですね。へんな緊張感がなく、自分のペースで音読出来そう。私も生まれ変わったら、読書介助犬になって、いろんな話を聴かせてもらいたいかも(笑)


【読書介助犬】

http://burnethill.exblog.jp/4179179/




9月の本棚はまた後日・・・今月もどうぞよろしくお願いいたします(*・ω・)ノ




rohengram799 at 20:23コメント(4) 

2016年10月20日

徳雲便りNo.14:時代

テレビで「ハロウィンイベントの次に来る(新しいお祭りさわぎ)のはイースターではないか」と言っていましたが、本来の意味を全く知らないで騒ぎたいだけ!というのは、もうやめたらいいんじゃないかと思ってしまいます。鶏卵業者が「よっしゃー!タマゴ売りまくるで~!」とノリノリでイベント企画するなら、それはそれでスゴいな……と感心しますが。その後、別の番組でエッグタルトを見てダンナが「エッグ……タマゴか……中は、たまごやき?」とボソッとつぶやいていたので、ああ、だいぶお疲れなのね、と思いました(´;ω;`)



《慶長元年暮、こごえそうな寒風のなかを、ボロをまとい、みじめに垢じみて、一様に片方の耳をそぎ落された二十数人が、裸足のまま山陽道を引き立てられていった、長崎で磔に処されるために…。》


秀吉により、苛酷に弾圧された切支丹信者の悲劇を描いた『磔(はりつけ)』(吉村昭)を読んでいます。表題作の他「三色旗」「コロリ」「動く牙」「洋船建造」……史実を元にした作品ばかりで、今は蘭方医・沼野玄昌殺害事件を扱った「コロリ」まで読み終わりました。短編なのに、中身が濃い!いかに自分が歴史を知らないかを痛感しました。



《日本二十六聖人殉教地(西坂公園)》……長崎の観光ガイドには必ず出てくる場所ではないでしょうか、キリストが十字架に架けられたゴルタゴの丘に似ていることから、信者達がこの地を処刑の場に願い出たのだといわれているそうです。二十六聖人の殉教以降も多くの人々が“火あぶり”“水責め”“穴吊り”といったむごい手段でこの地で処刑されています。


戦後、原爆の破壊から立ち上がった長崎は殉教地であった小高い丘を公園にかえ、昭和31年に長崎県はこの丘を史跡に指定しました。26人の殉教者が列聖して100年目の昭和37年に、二十六聖人等身大のブロンズ像嵌込(はめこみ)記念碑と記念館が建てられ、西坂公園ができました。また、昭和25年(1950)には、ローマ教皇・ピオ十二世がこの地をカトリック教徒の公式巡礼地と定めています。



以前、長崎の教会を巡る旅番組で、この公園を見た記憶があります。「二十六聖人」という言葉はなんとなく聞いたことがあるという程度で、はじめから長崎にいた隠れキリシタンだと思っていました。小説では、殉教者たちよりも命令に従わなくてはならない、長崎奉行代理の心境がメインに描かれています。


まだ海外や外国人についての知識などなく、神道や仏教以外のものを信仰するということが信じられない時代です。彼らが口にする聞きなれない祈りの言葉も、ただ不気味に感じられるだけで、理解するとかしないの次元にはいっていないのですよね。 また純粋に布教目的だけの宣教師もいたでしょうが、日本が外国に乗っ取られてしまうのでは、植民地化しようとしているのではないか、という動きもあり……見せしめのために長い道中を歩かせ、処刑ということになったのでしょう。



処刑後、夕暮れになり、信者たちが「死体の衣服をはぎとり、柱を小刀でけずりと」り「翌朝、死体は、ほとんど裸体同然となり、柱にも刀の跡がおびただしかった。」という状況になります。監視する者たちもいましたが、海方向にはあまり目を向けていなかったようで、小舟で崖下に接近し、崖を這い上がったのです。死体を布切れで被い、近づけないように柵などもたてましたが、そんなものは関係なく、また衣類を持ち去ったとありました。


殉教者のものを何か少しでも身に付けたい、欲しい、そうしたら自分も神さまに近づくことが出来る、というような考えからの行動なのかもしれませんが……なんかあんまりじゃないだろうかと……ボロボロの姿で磔にされ、亡くなった後も同じ信仰心を持つ人たちに身ぐるみ剥がされるなんて……。


亡くなった人を悼む気持ちはどこに……と考えてしまったのは、イエスの教えを知らないからでしょうか? 彼らは自分たちの一部でも与えることが出来てよかったと思っているのでしょうか? 強い揺るぎない信仰心というものが、ぶれぶれで生きている私にはないのでわからなくて……非常に難しいです。



淡々と綴られた文章なので、自分の中でそれぞれの立場からいろんなことを考えることが出来ますが、処刑を扱っていますし、そういう場面は読んでいてキツいかなぁ、やっぱり……自分には出来ない!ってすぐ思ってしまいます。



二十六聖人に関連する作品はたくさんあるようなので、また興味をひく、読みやすいものがあれば読んでみたいです。





rohengram799 at 23:53コメント(10) 
記事検索
月別アーカイブ