ハンセン病

2019年09月10日

祝月雲便りNo.13:能登長寿大仏

日曜日、樹木希林さん主演映画の『あん』がテレビ放送されたので、ダンナさんと見ました。私がドリアン助川さんの小説を読んだのは2015年だった……だいぶ記憶が薄れていました。


http://blog.livedoor.jp/rohengram799/archives/50746143.html



樹木希林さん、市原悦子さん、やっぱりうまい役者さんですね。木々の合間に見える月や満開の桜など自然の移り変わりも美しかった。民放だから仕方ないのだけれど、コマーシャルの多さがやっぱり……。映画のロケ地の記事がありました。


https://entertainment-topics.jp/134040?page=2



ダンナさんが「東村山って東京なんだ」と失礼な発言をしていましたが(-ω-;) 『命の初夜』の北条民雄さん、『胸の泉に』の塔和子さん、『再びの命』の村越化石さんなど、患者さんたちが書かれた作品を思い出す日曜日になりました。





さてさて……千葉の鎌ヶ谷にも「鎌ヶ谷大仏」がありますが(新京成線の駅もある。以前住んでいた場所の最寄り駅だった)能登の大仏様も発見。こちらは個人が建てたそうです。

https://www.seisyunsanka.com/entry/2019/02/21/235540



大仏様だけでなく、お仏像はそれぞれ表情が違ってすぐ逃げ出したくなるお顔もあれば(己を恥じる😱)お優しいまなざしにいつまでもそこに留まりたくなる仏様もいらして……自分がその境地に生るまで、何回か生き直したらいいんでしょうねぇ? (´・ω・`; )



rohengram799 at 00:00コメント(2) 

2017年12月16日

暮歳雲便りNo.16:復讐

竹酔雲便りNo.10(9/10)に書いた、ダブり打ちされた本『がらくた少女と人喰い煙突』を読み終わりました。タイトルと表紙買いだったので、内容も確認していなくて・・・表紙の感じから軽いホラー作品だと思っていましたが違いました。



本の中に取り上げられている病気は、名前はもちろん違いますがハンセン病であることはすぐにわかりました。下記の記事にあるように、いろんな問題があったようです。私は読んでから知ったのですが。



http://d.hatena.ne.jp/ieyagi/touch/20151003/p1





「復讐できていたら、と思うことがあるよ。僕は、復讐しないことを選んだんじゃなく、できなかっただけだから。今も憎い。奪われたものを、返して欲しい。この苦しい気持ちは、復讐すれば、消えていたんだろうか。僕はやがて死ぬけれど、この苦しみを抱えたまま、死ぬのかと思うと、とてもつらいんだ」
ー重い言葉だった。須永は自分がされたことを、許しているわけでも、受け入れているわけでもなかった。
苦しみを抱えたまま、生きていくことを、選んだのだ。
その感情を捨てないままに、解決しないままに、終えることを。(p334)





「復讐するは我にあり」という言葉がありますが、本来の意味はコチラのようです。


https://yahuhichi.com/archives/846.html






今夜からまだ寒波到来とか・・・仕事帰りは冷えるんだろうなぁ~皆さまも、どうぞあたたかくしてお過ごし下さいませ。



rohengram799 at 08:35コメント(6) 

2016年06月09日

閑雲便りNo.13:胸の泉に

「時雨(ジウ)」という言葉があります。ほどよいときに降る恵みの雨……今日はまとまった雨が降るのかな?と思いましたが、今のところその気配はなし……農作物にも影響がありそうですね。 



さてさて、前の記事『戦地の図書館』については私の覚書みたいなもので「こんな本があるのか」で頭のすみにおいてもらえたらいいかな、という感覚なのですが、今回のはずっと覚えておいていただきたいと思っています。



6月末になると《ハンセン病を正しく理解する週間》が実施されます。ハンセン病に対する正しい知識の普及に努め、ハンセン病療養所入所者等の福祉の増進を図ることを目的に、6月25日を含めた週の日曜日から土曜日までを毎年実施してきています。なぜこの日なのか等ハンセン病関連記事については桜雲便りNo.7:「あん」の火曜日を読んでいただけたら……m(__)m


塔和子(とう・かずこ、本名・井土 ヤツ子(いづち やつこ/1929年8月31日~ 2013年8月28日)さんという詩方の詩を偶然ブログで知りました。ハンセン病の元患者さんで13歳から83歳で病没されるまで、四国の大島青松園という所で暮らしていました。ダンナ様も同じ患者さんでした。子どもを望むことは許されませんでした。



『涙』

あるとき
死のうと思った私が夫に
「一生懸命なのよ」と言うと
夫は
「同じ一生懸命になるのなら
生きることに一生懸命になってくれ
がむしゃらに生きようではないか」
と言ってくれた
私は目が覚めたように
そうだと思った
どんなに懸命に生きたとしても
永遠に続いている時間の中の
一瞬を
闇から浮き上がって
姿あらしめられているだけだ
   いのち
   この愛(いと)けないもの
思いっきりわが身を抱きしめると
きゅっと
涙が
にじみ出た



記事タイトルにした『胸の泉に』はこちらのブログでお読み下さい。

http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/content?bid=kenmochibunko3&id=7927208




『アリバイ』

深い目で
今日生きていたのかと問われると
どうも生きてはいなかった
ようなのです

では
死んでいたのかと問われると
どうも死んでもいなかった
ようなのです

足跡を探しに出かけたけど
どこにもなかった

ふと
暗い庭を見ると
洗濯物がひらひらしていて
やっと今日のアリバイを
思い出した

私はたしかに
洗濯をして
干したのでした

それは
この洗濯物がわずかに
証明してくれます

信頼する
わたしの神様
どうか
生きていたのだという証明書を
一枚だけ私に下さい

そうしないと私は
この過剰な時代の中に
埋もれてしまいそうなのです




思春期には「死にたいなぁ」とよく考えていたし、今でも恵まれているのに、ついつい不平不満や愚痴をこぼしてしまう私です。こうして「生きる」ことに対して真摯である(あった)人たちにお叱りをうけながら、また頑張ろうのです。


たくさんの詩に込められた想いをすべて共有したり共感出来るなんて思い上がった考えはありませんが、また伝えていくことは出来るし、しなくてはいけないし……決意表明みたいな意味もありこうして書いているのかもしれません(; ̄ー ̄A



次の記事はまたおとぼけおやぢになっている可能性大!ですが、読んでいただいてありがとうございました。





rohengram799 at 15:23コメント(8) 

2015年04月07日

桜雲便りNo.7:「あん」の火曜日

ヒコーキ雲便りNo.29:「アン」な土曜日では坂木司さんの『和菓子のアン』についての感想などを書きましたが、今日はまたひと味違う、ほんのり桜色のしょっぱいドリアン助川さんの『あん』です。樹木希林さんが主演で来月映画が公開になるので、内容をなんとなく知っている方もいるかしらん?


線路沿いから一本路地を抜けたところにある小さなどら焼き店「どら春」。千太郎が日がな一日鉄板に向かう店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳を過ぎた手の不自由な女性・吉井徳江だった。年齢的にアウト!なんですが、彼女のお手製のあんが絶品で、時給も200円でかまわないと言われ……雇われ店長の千太郎と老女の店舗再生物語(映画『タンポポ』みたいな)……と思いきや……。


徳江があんを作るようになると「どら春」の売り上げは伸び始め、初めての完売御礼も出るように(^o^)v しかし、ある日を境に客が減ってしまうのです。指が折れ曲がり、左右の目の大きさの違う老女・徳江が、ハンセン病患者だという噂が原因でした。たしかに彼女は難病の療養施設に暮らしていました。何十年も前に彼女の病気は完治し、ハンセン病は現代医療で簡単に治癒するものとなり、施設に暮らすすべての人が快復者です。ですが、長い隔離の歴史を生きた徳江たち元患者は、今も偏見から自由ではなかったのです。



第151号:書くことは生きること…『いのちの初夜』ヒコーキ雲便りNo.49:再びの命などで少し書いてきましたが、実際身近にそういう立場の方々に接したことのない私……正直、その場所に足を運ぶとなったらためらってしまうと思います。映像や写真だけではわからない、五感を刺激するものが絶対あるでしょうから。


後半は徳江さんの過去がわかります。病気とわかった時のこと、同じ病のダンナさんが強制的な断種をさせら子どもをもてなかったこと、家族のこと、裁判後のことなど、同じ園で生活している人たちのことなど……。ヘタレな千太郎に伝えてくれたたくさんのこと……最後はやっぱり涙が出ちゃう(´;ω;`)



桜の季節に始まり、また桜の季節に終わる語…………読みやすいのに、中身は「あん」がギッシリ!でどら焼きをしみじみ味わいながら食べたくなる一冊です。『多摩川物語』もよかったけれど、この本もよかった~映画も希林さんに頼りきりでなくて、原作の良さがきちんと表現されていたらいいなぁ。



今日は肌寒いになりそうです。皆さま、あったかいモノに囲まれた1日になりますように(*´∀`)ノ





rohengram799 at 09:53コメント(10) 

2013年06月01日

ヒコーキ雲便りNo.49:再びの命

6月になりました~土曜日だからでしょうか、夏服の女学生になかなかお目にかかる機会がなく…残念(--;)とおやぢモードのワタクシですが、ガチャガチャで「素焼きなめこ」と「化石なめこ」ストラップを手に入れ「んふんふ♪」とお子さまモードでもあります。ところで、化石といえば新聞に<村越化石>という名前がありました。


『再びの命涼しく座しゐたり』(村越化石)


くちなしの白い花の写真と一緒に載っていた俳句です。村越化石さんはハンセン病の患者でした。現在は群馬県・草津に近い「楽泉園」に暮らしていらっしゃいます。卒寿を迎えるにあたり過去の句集からの自選句と最近の作品を一冊にまとめた『籠枕』が出版されているそうです。


療養中に俳句をつくりはじめ、良い作品が出来て雑誌などに掲載されるにしても本名で名乗るわけにもいかない。故郷にも戻れないし、社会復帰も出来ない。もう死んだようなものだが、化石のように自分の俳句だけはしっかり残したい…そういう気持ちから化石と名乗ったそうです。


「再びの命」は燃え上がる熱い炎ではなく涼しくある……長い闘病生活に社会の偏見、心身ともに辛く苦しい体験をし、乗り越えた人の言葉は重いですね。私も気持ちにカビを生やさないように、今月もたくさんこんな素晴らしい言葉や出来事に出逢えるよう、アンテナを張り巡らせたいと思いますp(^^)q


<村越化石さん>
http://www.fujieda.gr.jp/contents/NOD97/428745.html



*2014年3月8日に老衰のため91歳で逝去されました。





rohengram799 at 22:50コメント(5) 
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