ヒロシマ

2016年05月11日

香雲便りNo.12:平和なんだか…

今日は朝から台風のような風! 近くのコンビニに行った帰り道、歩道に段ボールが2枚ほどあったので、マンションのごみ置き場まで持ってきましたわ。あんなのが運転中の車の前に飛んでいったらと思うと……! お店でも強風の時はもう少し管理に気をつけて欲しいです。



『水着なんだか下着なんだか平和なんだか』(加藤静夫)

この句に笑い半分、う~ん(´-ω-`)な気持ち半分でいたら《オバマ氏、広島平和公園訪問へ》のニュースが……被爆者との面談や謝罪等については未定というかおそらく実現しないでしょうが、訪問をドタキャンしてほしくないですね。そして中国の反応……予想通りでしたわ(-。ー;)



『物事を始めるチャンスを私は逃さない。例え、マスタードの種のような小さな始まりでも、芽を出し、根をはることが、いくらでもあるのです。』


明日5月12日はこの言葉を遺したというナイチンゲールの誕生日。そして彼女にちなんだ「看護の日」でもありますね。少し前に『ナイチンゲール』という(クリスティン・ハナ・加藤洋子訳)上下巻文庫本の新聞広告を見ました。時期的に「クリミアの天使と呼ばれたナイチンゲールのこと?」と思いましたが、あらすじを検索しますと……ドイツ軍に占領されたロワール地方の村で幼い娘をかかえて苦労するヴィアンヌとパリでレジスタンスの活動に身を投じたイザベル。第二次大戦中のフランスを舞台に、苛酷な時代を強く生き抜いた姉妹の姿を描く……とあり、違うなと……( ̄0 ̄;) でも興味があります! ナイチンゲールにも姉がいましたし。


ナイチンゲールは小さい頃に伝記らしいものを読んだ記憶がありますが、時代とかやっぱり曖昧なまま。第一、クリミアってどこ?ですからね。藤田和日郎さんの『黒博物館 ゴーストアンドレディ』というマンガにナイチンゲールが看護の道にすすんだキッカケなど面白く描かれていて好きでした。


ロンドン警視庁が管理する、犯罪に関連する物を展示する特別な「黒」博物館。そこには“かち合い弾”と呼ばれる、銃弾と銃弾が正面からぶつかり合った弾丸が飾られている。このかち合い銃弾には、白衣の天使「ナイチンゲール」と彼女の運命に寄り添った、ゴースト「灰色の男(グレイ)」の隠れた物語があった……。他人を支配したい欲求とかがモンスターとして人物のうしろに描かれていて、彼女の両親のモンスターはそれはもう……でした!



ダンナと昔は看護婦さんも少なかったから完全看護ではなく「付き添い婦」さんとかいたよね、なんて話をした時に「家政婦さんもいたよね、今もいるのかな?」……で、私の脳内に浮かんだのは市原悦子さんではなく……「ごめんください~銀河家政婦紹介所から来ました~火星田です~こんにちは~」と豪邸の前にいるタコのおばけのような、昔ながらの(笑)火星人の姿でした~ナゼか割烹着姿で!!


間違いなく、私の頭は平和なようです……この平和を守り抜いて……いいかしら(◎-◎;)





rohengram799 at 17:36|PermalinkComments(8)

2016年03月17日

春雲便りNo.17:ひかり

朽木祥さんの『八月の光・あとかた』を読み終わりました。朽木さんは広島市生まれ。被爆二世だとは知りませんでした。


『雛の顔』は、その日勤労奉仕をさぼって命拾いをした女性と、それを責めた女性、それぞれの心の変化とその後の人生が描かれ、続く『石の記憶』では、広島平和記念資料館に展示され、原爆の悲惨さを伝える「白い石段の影」にまつわる物語になっています。『水の緘黙』では、苦しむ人を助けられずに一人逃げた少年の自責の念が救われるまでの物語。『銀杏のお重』では、戦争で女性だけとなった家族が、戦争を、原爆をどう生き抜いたかが、『三つ目の橋』は、原爆で父と弟を、そして原爆による放射能症によって母を失った姉妹の物語です。



『石の記憶』では銀行の階段に残った黒い、小さな影を少女が見つける場面があります。「母の影が、石段に腰かけている。」


光子は石段をさすった。何度も何度もさすった。
夏の夕方、石段はまだほのかに温かかった。
ほっぺたをくっつけると、母の膝で昼寝した縁側にいるような気がした。(略)
光子は石段にほっぺたをくっつけたまま、長いあいだ、そこにそのままでいた。


『水の緘黙』ではK修道士が少年に書いた手紙が心に響きました。


「あなたが思い出せば、誰かの苦しみや悲しみもまたその人たちだけのものではなく、みんなのものとしてきっと記憶されていくでしょう。
私のようなものでも、そのような記憶に支えられて、私だけの記憶を、いつの日か、“私たちの記憶”として語ることができる日が来るかもしれません。」



《ヒロシマを物語るということ》というタイトルのあとがきは「二〇一一年にフクシマの原発事故が起こったとき真っ先に考えたのは、私たちがこれまで十分にヒロシマを伝えてこなかったのでこんなことが起きてしまったのだということでした。」という書き出しで始まります。


「三十万の死があれば三十万の物語があり、残された人びとにはそれ以上の物語があります。この本に書いたのは、そのうちたった五つの物語にすぎませんが、物語の登場人物たちは過去の亡霊ではありません。未来の私たちでもあり得るのです。ヒロシマを記憶するということは、未来に二度と同じ過ちを繰り返さないよう警戒することと同義でもあります。五つの小さな物語がわずかでも読者の皆さまの心に落ちて、ヒロシマを記憶して下さることを祈っています。」


特別に難しい言葉を使っているわけでも悲惨な状況をこれでもか!と書いているわけではなくて……『石の記憶』は特に小学生の時に教科書で読みたかったな、と思いました。



さてさて……私がこのブログを始めたのが2010年3月17日でありました。毎日書くという意気込みは歳月とともに失速気味でありますが、これからも読んだ本のこと、マンガのこと、新聞や雑誌で見かけたワタクシ的にオモローなことについて、あれこれ書いていきたいと思います。またお付き合いいただけると嬉しいです。いつもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします(^.^)(-.-)(__)




rohengram799 at 10:22|PermalinkComments(8)

2011年01月22日

第390号:ff(フォルテシモ)

昨日「少女の唇」にうつつを抜かしていたら、夜中のニュースを見て「なに言ってンの、この人たち!!」で洗い髪が怒髪に!!


長崎と広島で二度も被爆した方を『世界一運の悪い男』とイギリスの番組で放送…。


信じられない!! 戦争体験はあっても原爆被害のない国にとっては「ナガサキ」「ヒロシマ」はただの地名で、被害者の方々は個々に名前を持ち、それぞれの人生があったことなどどうでも良いことなのでしょうか?


被爆した人々、それに繋がるたくさんの人々の気持ちなど全く考えてもらえないの?


あまりの話に唖然…と同時に、私たちはもっと世界に向けて発信しなくてはいけないことがあるのでは?とも思いました。


ちょうど石垣りんさんの詩集を読んでいたのですが『演歌』という作品がありました。



海には航空母艦が浮かんでいます。/何を積んでいるのでしょう。

ふるさとの墓地へいくと/骨のない骨箱が/カタカタ鳴っています。

海峡が封鎖されたら/海底の勇士たちは/七生報国の鉢巻をして/馳せ参じるのでしょうか。

千人針の結び目がまだ解けません。

議事堂では大臣が/昔のスタイルで出ています。

国民はカラオケが大好き/自分の声に酔い痴(し)れて/平和を歌っています。



…私たちは自分の声に酔い痴れて平和を歌うだけではいけないのです。


今までの歌声が自分に酔っていたと気がついたら、違うアクションにうつらなくては…。


もっと広く深くいろんなことを知る努力をして、世界に向けて歌わなくては…。


今までピアニシモな歌声だったら、フォルテ、フォルテシモにして歌い続けなくてはいけないのです。それが音痴な歌声でも、歌い続けなくては…歌い継いでいかなくては…。



rohengram799 at 10:43|PermalinkComments(19)
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