今日は寒い!! 窓の外は完璧に「冬」ですね。職場のスタッフ通用口に巣を作ったツバメちゃん、ヒナもいるみたいだけど、こんな天気で大丈夫かしら?


今週、始業式や入学式が多いと思うのですが、ピカピカの一年生!と言えばランドセル、カラフルなものが多くて「赤と黒」の時代の私にはまぶしいくらいです。今年はバープルが人気とか? すみれ色の春、いいですね(*^▽^*)


読売新聞朝刊に、戦時中のランドセルの記事がありました。ランドセルを背負っていたとは思わなかったので(肩掛けカバンのイメージしかなかった)ビックリしましたが、素材にまたビックリです。以下、抜粋になります。


『布製の箱に柳の枝を編んだふたを付けたり、アケビのような蔓(つる)をカゴ形に編んでいたり――。江戸・明治期から戦後の学用品など約7000点を展示する「唐沢博物館」(東京都練馬区)には、戦時中から戦後にかけて使われたランドセルが並ぶ。目を引くのが、革に似せた「紙のランドセル」だ。』

『明治中期、西洋式軍隊の背負いかばんを参考に学習院で使われ始めたというランドセル。オランダ語の「ランセル」(背(はい)のう)が語源とされる。都市部を中心に普及したが、戦時下の1938年、軍靴などに使うため皮革の民間使用が制限され、竹や布といった代用品が登場した。』

『大正生まれだった記者の祖母も晩年、「昭和20年4月、配給の赤い紙のランドセルを背負って長女が新1年生になった」と回想録につづった。当時、疎開先の栃木県で入学した母(76)によると、子供にもひと目で紙とわかる粗末なものだったという。「ペラペラで雨にぬれると破れ、すぐにダメになった。両親はふびんに思ったのでは」と振り返る。』


《博物館についてのブログ》

http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/content?bid=suginaminouen&id=23556970



『ランドセル地蔵尊』もありました。昭和20年7月8日、東京品川の原国民学校四年生だった神尾明治君がは開先の保育園で米軍飛行機の銃弾を受けて亡くなってしまいます。母親は彼が使用していたランドセルを、明治君に一番似ている堂内のお地蔵さんにかけて東京に帰りました。その母親もも昭和21年1月28日に亡くなったそうです。


《ランドセル地蔵》

http://www.kmine.sakura.ne.jp/kusyu/randoserujizou/randserujizou.htm



ランドセルというとあの伊達直人からのプレゼントを思い出しますが、彼もこのお地蔵さんの話を知っていたかしら? 違和感がないと言えばウソになる、ランドセルを背負ったお地蔵さん(背が高すぎるから?)ですが、そうしないではいられなかった母親の気持ちを考えると……。「地蔵は菩薩なんだよ。子どもたちを守って救うから子どもと同じ形(外見)をしているんだよ」と言っていたオタ息子の言葉を思い出す……地蔵菩薩は子どもたちの守ってくれる仏様、ありがとうございます。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。 




今回のことだけでなく、もう少し詳しく知りたいなと思ってケータイで検索することが当たり前になっている私ですが、週刊ポストに連載中のタケちゃん(ビートたけし)コラムで「女子高生が1日7時間スマホをやっている」というニュースに一番驚いたと書いていました。そして『「ネットで調べればいいから知識はいらない。要はネットを使いこなす頭脳だ」みたいな風潮はおかしいね。』とも。


……実際、ネットで何かを調べようとしても、その内容は電子辞書の域を出ていないし、「情報」なんてほとんどが雑誌や新聞の引用や又聞きなんでね。本当に「調べる」ということは、専門書を読んだり、その道の権威に話を聞いたりして「ネットに出ていないくらい深い内容を掘り下げること」なんだよ。……



ズシン!!ときました。お手軽に検索出来るので、そこで満足して、もうひとつ先に行こうとはしていなかった……本屋で立ち読みはしても、図書館に足を運ぼうまでは行かない……まぁアチコチに関心が分散しているというのもあるんですが、ちょっと余裕がほしい……生活にも脳内にも←いらない情報がたくさんあって新しいものを入れるスペースがなく、またあったとしてもすぐ忘れてしまいそう(;´д`)



ではでは、皆さまも風邪などひかないようにあたたかくしてお過ごし下さいませ。よい1日になりますように(^^)/