備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています(⁠๑⁠˙⁠❥⁠˙⁠๑⁠)

【空のお城通信〜オスカー戯言日記〜】(2010.3.17〜2021.10.31 )からタイトルを変更。(2021.11.7〜)

中島みゆき

布雲便りNo.1:サクランボ

今日は富士山の山開き(山梨県側)、ご来光に向かい登山した方々が「バンザーイ!」の声をあげながら「降参」している映像を見て違う、違う!となりました~「両掌を内側に向けて上げるのが、正しい万歳の仕方」と最近知ったばかりなので、スゴく気になります(^o^;)



『すべすべもつやもくぼみもさくらんぼ』(小沢信男)


詠まれているのは、さくらんぼ…さくらんぼ以外のなにものでもないはずなのに、なにか……違うものを連想してしまう(≧∇≦) 「すべすべ」で「つや」のあるお肌に「くぼみ」クッキリのナイスバディ……暑くなると「下着なんだか水着なんだか」の若い女性が増えますし……同じ作者の「うすものの下もうすもの六本木」におやぢ心が燃え上がります(/▽\) 自分ではそんな格好はしませんが、生地が伸びて薄物になる可能性は大ですな……(´;ω;`)



さてさて…今月のお便りは「布雲便り」です。“ニノグモ”と読むのですが、濁点はなくしてスマートに“ニノクモ”と心の中では思っています! 布雲は布のように広がって続いている雲のことで、万葉集の歌では「想い合う二人の間が絶え間なく続く」ことのたとえとして詠まれているそうです。7月は七夕もありますし、いいんでないの?ということで(笑) また中島みゆきさんの『糸』の歌詞にあるように


♪縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かを 暖めうるかもしれない
縦の糸はあなた 横の糸は私 織りなす布は いつか誰かの傷を かばうかもしれない


私と皆さまとのお付き合いの中に、だれかが必要としているヒントやキッカケがあったり、待っている「なにか」が生まれるんじゃないかなぁ……と。そしてそれをブログの中で大事に育てていきたいなぁと……まぁ大部分は自分の老後に楽しく読み返したいので、あれこれ詰め込んでいるのでガチャガチャな模様が織られている可能性があるんですけど、非売品ですから←誰も欲しがらないって!



相変わらずおやぢな感覚は抜けきれませんが、どうぞ今月も仲良くして下さいませ(;A´▽`A




閑雲便りNo.22:歌え!バンバンバンな金曜日…♀_(`O`)♪

新聞のテレビ番組に関しての感想コーナーに『サワコの朝』に高橋真梨子さんが出演された時の投書があって、高橋さんが今もきらめく曲をきかれ、『襟裳岬』(森進一)と『手編みの靴下』(ザ・ピーナッツ)と言っていたと……『襟裳岬』は置いといて(笑)手編みの靴下って……なんか生まれてくる赤ちゃんのために編んでいるイメージしかないなぁ……そして知らない曲だったのでYouTubeで見てみることに。


♪小さな夢を 編み込んだ手編みの靴下
心の糸をまきながら 一人で編んだの


作詞は岩谷時子さん、作曲宮川泰さんですが、メロディがどこかで聞いたことがある……そう!ムーディな園まりさんの♪愛した人はあなただけ~と同じだ(;・ω・)


Yahoo!知恵袋にやはりこの質問があり、回答によりますと

……「逢いたくて逢いたくて」 園まりさんの19枚目のシングル曲。 岩谷時子作詞・宮川泰作曲の 園まりさんの代表曲のひとつ。 1966年にリリースされ、空前の大ヒットとなる。 同年、6月には園まりさん本人が歌手役で出演する同名タイトルの日活制作の映画が上映された。 原曲は、ザ・ピーナッツの7枚目のシングル「手編みの靴下」(1962年)作詞者の岩谷時子が新しい歌詞をつけメイク。 ちなみに「手編みの靴下」」は平野愛子の「港が見える丘」(作詞・作曲:東辰三)がベースとなっているとのことです。……


言われてみると♪あなたと二人で来た丘は 港が見える丘……に似ている……今だとすぐ盗作だ!!と騒がれるのかしら(O.O;)(oo;)


しかし、歌詞が違うとかなりイメージが違いますね。手編みの靴下を赤ちゃん以外に編むというとスゴい年上の人を連想してしまう……パトロンのおじいちゃんにとか、もしくはクリスマスプレゼントを入れてもらう巨大な靴下! でも靴下はやっぱり『絹の靴下』でしょう(でもこれってガーターベルトを使うストッキングのことですよね?)手編みは寒さをこらえながら北の宿で編むセーターよねぇ~と思ってしまう、昭和な子ども時代、青春時代を過ごしたワタクシです(^。^;)



『樹高千丈 落葉帰根』という中国の諺を知りました。読み方は「じゅこうせんじょう らくようきこん」。樹木がどんなに高くても、落ちる葉はまた、根元に帰り、腐葉土となり、木を育てる。これは、中国禅宗六祖、慧能(えのう・638-713)の言葉で、人間が年老いて昔を懐かしみ、生まれ育った故郷に帰りたくなる気持ちを高木の落ち葉に喩えた、とも言われているそうです。落葉帰根または落地生根(らくちせいこん)は、地に落ちそこで根を下ろす、すなわち自分がいま生きている場所が故郷である、という意味になるらしいです。私は知らなかったのですが、中島みゆきさんの歌にこのタイトルがあるそうですね。みゆきさんだけでなく詞を書く人はたくさんいろんな言葉を知っていて、そこからその世界を限りなく広げられるのだと思いました。



ワタクシの広がる世界はカオスな世界……ナス科の仲間('_'?)でいいなかしら、ワルナスビというジャガイモの花に似たトゲトゲな植物があるのですが、それに似たモノの名前がなんと「キンギンナスビ」(;・∀・)!! そしてプチトマトみたいな赤い実をつけるのです~お前は一体、何になりたいの?と訊きたくなります(;´д`)

http://bcaweb.bai.ne.jp/sashiba/turusyokubutu/kinginnasubi.htm



今日は「花の金曜日」(古い!)思わず鼻唄が出てしまうような楽しい出来事がたくさんある週末になりますように(*´∀`)ノ



暮雲便りNo.8:かんかんかん

昨晩の仕事帰り、バスから降りて「まだ結構咲いてる~よかった!」と桜を見上げていたら、近くの消防署からサイレンが……不謹慎かもしれませんが、坂本冬美さんの『夜桜お七』が流れてきました……春は気持ちもあたたかくゆるみがちになるので、火の始末や戸締まりなど注意しなくては!と思いました。



新聞広告欄で見つけた『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』、懐かしい職業全115種を仕事内容から収入額、労働時間まで網羅しイラストつきで紹介、という一冊。高いので買う気はないのですが(^o^;)いくつかあげられている職業は知っているものもあるし、気になるものもいっぱい!


貸本屋はダンナも昔文通していた子(千葉の女の子で同い年)も利用したことがあるらしいけれど、ウチの田舎にはなかった……まぁ本屋がすぐそばにあったのでほぼ毎日マンガを読んだり買ったりしていました。


「おばけ暦売り」は、明治以降、民間で違法に発行された暦を売る人。1873年(明治6年)の太陽暦採用以後、政府が発行する暦は一切の迷信的な暦注を掲載しなくなり、明治末年には旧暦の記載も中止。でも一般庶民の間では吉凶付きの暦注や旧暦が欲しい……で、吉凶判断などを記載した偽暦(ぎれき)が、官憲の追及を逃れて神出鬼没的に多数出版。これらの暦が「おばけ暦」と呼ばれるようになったそう。1945年(昭和20年)以降、暦類は一般の出版物と同じように自由に編集出版が行えるようになり「おばけ暦」はなくなったそうです。


「ドックかんかん虫」……ホットドッグを鍋の蓋をカンカン叩きながら売る子どもたちのこと?なんて思っていたアホすぎる私( ̄0 ̄;) 「かんかん虫」は、ドックで働く日当の安い臨時雇いの職工たちのこと。船のサビを落とす時にかなづちで「かんかん」叩くので「かんかん虫」と呼ばれたそうです。吉川英治さんが『かんかん虫は唄う』という本を書いているので、彼もそうだったと言われているようですが、一応正規採用だったそうです。



他にもあったね~!や聞いたことがある、三助、バスガール、サンドイッチマン、マネキンガール、カストリ雑誌業←おやぢなのでもちろん知ってる(///∇///)『三丁目の夕日』の世界だ…ジンタってナニ?みたいなものもありました。残念ながら全部は小さい広告には書いてなかった……えっ( ; ゜Д゜)な職業も絶対あると思うので(笑)探して立ち読みしてみたいです。



おばけ暦を検索していたら、中島みゆきさんの『暦売りの歌』も出てきました。最初知らないなぁ、と思ったのですが、YouTubeで確認したら「あっ、知ってる!」でした( ̄▽ ̄;)


暦はいかが 新しき古えを
暦はいかが 1生1度の1日を
暦はいかが 新しき古えを
暦はいかが 1生1度の1日を
総て良き日であるように



皆さまの毎日が総て「良き日」でありますように……(´∇`)



美雲便りNo.2:願いの糸

『恋さまざま願の糸も白きより』(蕪村)


七夕祭のとき、自分の願いを星に祈るために竹竿にかける糸のことを「願(い)の糸」というらしいです。また、たらいに星を映しながら赤い糸を通すという、裁縫の上達を願っての風習もあったよう。七夕は短冊をつるすくらいしかないのでは?なんて思っていましたが、昔の絵画などを見ると、当時の風習などがわかって「いとおかし」でありますね(*´∀`)♪


http://yugyofromhere.blog8.fc2.com/blog-entry-1894.html


北野恒富は金沢の出身だそうですが、大正時代は「画壇の悪魔派」(^^;)(;^^)とも称され、頽廃的で妖艶な女性像を描いた人気の画家だったようです。確かに色っぽいです~ウチの父が生きていたらきっと欲しがったことでしょう←高くて買えなかったと思いますが(;^_^A。『阿波踊り』は彼が51歳の時(1930年)の作品。記念切手(62円)になっていました。探せばウチにあるかなぁ?


http://kininaruart.com/artist/nihonga/tunetomi.html


モデルは「お鯉という名妓、敢えて美貌といふにあらざれど(ここはちょっとツッコミをいれたくなりますね)丈すらりとして、姿勢満点」の方だそうです。徳島では有名な方かしら?



糸というと真っ先に思い浮かぶのは、カンダダくん物語(罰当たりな表現!)ですが、クモではなく『蓮の糸』(はちす、または、はすのいと)もあるのですね。ハスの茎や葉からとれるという糸で、極楽往生の縁を結ぶとされているそうです。蓮の糸を題材にした物語もどこかにあるのでしょうか?


そして歌では、やはり中島みゆきさんの『糸』でしょう。みゆきさんの言葉の糸を紡いで自分なりに綺麗な織物を仕上げたい……そんな夜であります(´ω`)



縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます

サバ雲便りNo.17:ひとり、しずか

♪思い出してごらん 五才の頃を 涙流していた 五才の頃を…


今日は七五三ですね。ちょっと風が冷たいけれどいいお天気!!高校時代、この時期に修学旅行でした。定番の京都・奈良…どこかのお庭で出会った男前の外国の方(チェコだった気がする)一緒に写真を撮りました…そんな17歳だったワタクシ!小5の東京見学旅行(笑)で東京タワーに行き「パンフレットに外国人(観光客)人にサインをもらった(^-^)v」という兄との強い絆を感じました……当時、異国の方々との接点はなかった田舎者(´д`)


さて、いつものように週刊モーニングを買ったら『ミーファ』という4コママンガの中で、主人公のおね~ちゃんがヒマな時にやる遊びの話があったんですが…それは「手鏡を上向きに持ち、映った面だけを見ながら進む」というモノでした(^^;)))天井を歩く遊び!!私も内弁慶でひとりでオウチでモンモンと…イヤもくもくとひとり遊びをするタイプでしたが、コレは思いつかなかった!!


では何をしていたかというと…意味なくクレヨンをガシガシ削ってみたり、大きい(よく時代劇で番頭さんが持っているような)そろばんが2つあったのでローラースケートもどきにして祖父に怒られたり←当たり前だ!!保育園でならったお遊戯を祖父にだけ披露してみたり(笑)あとはぬりえとか好きでした♪父が車で配達に行くと聞くと一緒に出掛けたりもしたなぁ…。


よく兄とケンカして泣いている子どもでしたが(サシミを切っている父が包丁を持ったまま怒鳴りにきたこともあります)泣いてもかまってもらえないとつまらないもので(笑)いつの間にか祖父と時代劇を見たりマンガを読みあさるオコサマになっていました。


今の3歳・5歳・7歳ってどんな感じなんでしょうね?幼稚園からお受験とか習い事とかたくさんしてひとりでちまちま遊ぶことなんかないのかしら?それともすでにゲーマー?


40年以上も年齢差はありますが、みんな健やかにスクスク成長してほしいなぁと思います。悲しい事や辛い事には最小限の出会いですみますように。


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