二次創作

2019年01月11日

萌月雲便りNo.13:鳩

買い物に行く途中、ヨソのお家の庭にジーッとしている鳩を見かけます。毎回、同じお家ではないのですが、その近辺がお気に入りなのか……あの無機質な目が恐い~!!


そんなことを思っていたら『ベルサイユのばら』の二次創作小説で、山鳩が出てくるステキな作品がpixivにアップされていました。そして中学生くらいの時に読んだ『鳩』という恋愛の詩があったよなぁと。全部を記憶していたわけではなかったので「鳩が逃げたわ 詩」で検索したら、あった~!! (*≧∇≦)ノ


私の中ではモノクロのフランス映画のようなイメージ。会話だけで成り立っているこの詩は、大人になってからもドキドキときめく一篇です。




『鳩』


高橋 睦郎

その鳩をくれないか と あのひとが言った
あげてもいいわ とあたしが答えた

おお なんてかあいいんだ と あのひとがだきとった
くるくるってなくわ と あたしが言いそえた

この目がいいね と あのひとがふれた
くちばしだって と あたしがさわった

だけど と あのひとがあたしを見た
だけど何なの と あたしが見かえした

あんたのほうが と あのひとが言った
いけないわ と あたしがうつむいた

あんたが好きだ と あのひとが鳩をはなした
逃げたわ と あたしがつぶやいた
あのひとのうでの中で





rohengram799 at 10:08|この記事のURLComments(4)

2018年10月02日

稲熟雲便りNo.2:ヅカばら 45

新聞広告に『ボケたくなければバラの香りをかぎなさい』という、ワニブックスの新刊広告がありました。いい香りは脳が喜ぶらしいです。今は秋薔薇の季節、花は小さめだけれど、香りは春夏より強いそうです。ボケたくなければ、のタイトルの本の中にはカレーを食べなさい、とかありますが、やはり匂いが刺激になるんですかね?


https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784847097270




さてさて、薔薇といいますと、宝塚で『ベルサイユのばら』が上演されてから来年で45年になるそうです。


http://kageki.hankyu.co.jp/versailles/


私が実際、生の舞台を見れたのは再演の時で、まだ子どもたちが小さくて、ダンナさんにお願いして出掛けましたわ。宝塚だけでなく、生の舞台を観る、という贅沢な時間を持つことからはだいぶ遠ざかってしまいました(・c_・`)


『ベルばら』の脚本・演出を務めてきた歌劇団特別顧問の植田紳爾さん、もう85歳!あまり好きな方じゃないのですが

「いま社会情勢は混沌とし、天災も。最後に大切なのは1人1人の心です。ベルばらに描かれる人物は決して逃げない。彼らの生き方を、お客さまが、自分自身やそのときの日本に置き換えて見ていただけたら」

と語っていたのには、ウンウン(*゚∀゚)*。_。)*゚∀゚)*。_。)となりました。



歳を重ねて、それなりの経験をし、多少知識も増えると『ベルサイユのばら』という作品の凄さを痛感しております~当時はアニメや映画もどちらかといえば批判的だったのですが、どれも作品を理解するのに大切なものだったなと思えるようになりましたわ。



今日もまた『ベルばら』二次創作めぐりをしよーっと(о´∀`о)


rohengram799 at 08:25|この記事のURLComments(2)

2018年03月30日

桃月雲便りNo.32:さくら

スマホゲームと『ベルサイユのばら』二次創作小説を読むことに夢中になっている最近のワタクシ、積ん読本が減りません。『ベルばら』の二次創作は当時の衣食住を盛り込んだものとかあって、その背景を知るとまた登場人物に入れ込んでしまいます。どシリアスもいいのですが。パチンコになった『ベルばら』を登場人物が打ちに行く、というのがなかなか面白かったです(笑)



いくつも読んだ作品の中に、レオナルド・ダ・ヴィビンチが言った(と思う)【“Diamonds Are Just Lumps Of Coal That Stuck It Out“ (ダイアモンドは頑張り通しただけの炭だ。)】がありました。意味が奥深すぎて、ずっとう~ん、う~ん、と考えています。これに該当することわざってなんでしょうね?




ウチのマンションの中庭の桜も満開、今朝はもうベランダに花びらがたくさん舞いおちていました。今日は茨木のり子さんの『さくら』をお届けします。





さくら      茨木のり子


ことしも生きて
さくらを見ています
ひとは生涯に
何回ぐらいさくらをみるのかしら
ものごころつくのが十歳ぐらいなら
どんなに多くても七十回ぐらい
三十回 四十回のひともざら
なんという少なさだろう
もっともっと多く見るような気がするのは
祖先の視覚も
まぎれこみ重なりあい霞だつせいでしょう
あでやかとも妖しとも不気味とも
捉えかねる花のいろ
さくらふぶきの下を ふららと歩けば
一瞬
名僧のごとくにわかるのです
死こそ常態
生はいとしき蜃気楼と





rohengram799 at 11:51|この記事のURLComments(4)
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