仏教

2018年09月27日

菊咲雲便りNo.16:ヾ(´Д`;●)ォィォィ

先週発売(だった気がする)の週刊ポスト、呉智英という、よしりんの漫画でよく見た気がするオジサンが「仏キ同罪論」という記事を書いていました。仏教とキリスト教ってことでしょーね。その記事に


私には不思議でしかたないことがある。全国の寺院でなにかよいことのように催されている稚児行列だ。日本中の人権団体はなぜ講義行動を起こさないのだろう。稚児って児童虐待だぜ。


とあって、このオジサンは何をいっているんだ?と思いました。続けて



『岩波仏教辞典』の「稚児」の項に、こうある。「寺院…などに召し使われる少年を指し、これが男色の対象ともなり、近世には〈寺小姓〉と呼ばれるものもあった」
女色は禁止されているけど男色を禁止する明文はないぞ、という言いわけで児童虐待である。上田秋成『青頭巾』に描かれたのは、幼児姦の上に屍体姦だ。確かに、屍体姦禁止も明文化されてないけど。



とあり、ますます、なんだ、コイツは!となってしまいました。男色、衆道といわれるものの歴史は古く、今の「ボーイズ・ラブ」なんて安っぽい言葉と一緒にしてはいけないだろ~(BLという言い方はキライ) 調べるとキリがなく、またその歴史的背景の複雑なことといったら・・・! そこを無視したように「稚児が児童虐待」って・・・ヾ(´Д`;●)ォィォィですよねぇ?



ネット記事にもありました。

https://search.yahoo.co.jp/amp/news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/15338921/%3Fusqp%3Dmq331AQECAEoAQ%253D%253D




rohengram799 at 15:26コメント(0) 

2016年12月03日

走雲便りNo.3:父母未生以前の自己

昨日は「明日町こんぺいとう商店街3」を読みました。 スカイツリーを見上げる下町のかたすみに、ひっそりと息ずく架空の商店街のアンソロジー3作目。こんぺいとうの角は24角なので、この商店街も戦後の焼け跡に24軒出来ました。 今回登場するお店は7軒です。


「明日の湯」という銭湯の話は、以前「こち亀」でもあったような、おなじみの富士山のペンキ絵の話。あの絵がなんとも言えずいいんですよね~! お風呂の話は漫画の「テルマエ・ロマエ」を思い出します(笑)  あと、ほっこり系の話が多いなかで、ちょっと異色だったのがドイツ料理店を舞台にした島本理生さんの話。不倫の密会場所としてこのお店が登場します。男は僧侶で、女も仏教系の学校出身という設定が、こう人間の煩悩の深さを感じました。 ラスト近くで「仏教って神様はいないんだっけ?」と女がきく場面があります。男は「いないね」と言ったあとに続けます。


「自分さえもないんだ。父母未生(ぶもみしょう)以前の自己って言って父と母がいて、さらに祖父と祖母、先祖がいて・・・・・・すべてはいろんな可能性が偶然に重なったもので、そういう人と人との間にかろうじて偶然にいま在るのが自分だから」


この部分だけを読むと、男が自分の存在をうやむや人間するために都合よく言っているようにも聞こえなくはないですが、人と人が出会うだけだけでなく、おつきあいを続けていくってスゴいことなんだなんだ・・・と思ってしまいました。偶然って都合のよい言葉ではありますがその中にはいろんな必然が詰まっているのかも。運命の赤い糸とかいうけれどその糸だって形になるまでは長い時間と手間がかかっているわけですからね~と、ちょっと脱線しながら本を読んでいました。 



いまいちピンとこない流行語大賞が決まり、今年の漢字とかニュースとか紙(誌)面を飾るようになるのでしょうね。私的にはやはり!スマホにしたことでしょう~それ以外何が?という気が(笑) 


ではでは、皆さま、慌ただしくも楽しい土曜日にして下さいませ。




rohengram799 at 09:25コメント(4) 

2012年09月10日

あかね雲便りNo.144:久遠実成

今日は9月10日なので「苦闘する日」になるのだろーか……昨日、不思議ちゃんと仕事をしてぐったりし、3時過ぎまで眠れなかったワタクシ、「それは勘弁してくれよ(´д`)」とひとり漫才を脳内で展開中であります。


「くとう」とケータイに打ち込んだら「久遠」の文字が出てきて、コレは「くおん」ではないのかい?と思っていたら、北海道に「くどう郡」ってあるのですね。知らなかった!!


そして、ついでにといってはなんですが「久遠実成」なる言葉も知りました。そのまま読むと“くおんさねなり”で人名のよう~“サラシナショウマ”と同じレベルの匂いがする( ̄▽ ̄;)なんて思ったワタクシ…お許し下さい!!


「久遠実成(くおんじつじょう)」とは…法華経の教えにおいて釈迦は35歳で悟りを開いたのではなく、永遠の過去から仏(悟りを開いた者)となって輪廻転生してきているという考え方だそうです。久遠成実、久成正覚などとも言うそうな。


「久遠」とは、漢語で「永遠」を意味する言葉、時間が無窮であること……忙しい時や楽しい時は1日が24時間なんて少ない!!と思いますが、イヤなこと、気分がノラナイ仕事だとまぁ時間の長いこと、長いこと('~`;)


変な話ですが、新たに人生を組み直すとしたら、自分はどんな年表をつくるのかなぁ~とふと考えました。1分1秒まで計算された一生分の年表なんて、あまりにも長~い巻物過ぎて神様や仏様でなければやはり作れないのかも…!!夏休みの1日の生活が書かれた円グラフの「自由時間」みたいなのが、私たちがあれこれ試行錯誤できる時間なのかなぁ…φ(°°)


寝不足ゆえいつも以上にまとまりませんが、仕事にいってきますp(^^)q




rohengram799 at 12:47コメント(13)トラックバック(0) 
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