伽羅の橋

2013年06月10日

うろこ雲便りNo.5:虹をわたって~伽羅の橋

また1日お休みしてしまいました…今日はちょっと曇り空、やはり6月ですな(((^_^;)


昨日から今朝にかけて『伽羅の橋』という本を読みました。タイトルと作者の名前(叶・紙器)が変わっているな~と思い、何度か迷って買った一冊です。光文社文庫でやはりガッツリ感たっぷりの600ページほど!内容は……介護老人保健施設の職員・四条典座(しじょう・のりこ)は、転院してきた認知症の老人・安土(あど)マサヲの凄惨な過去を知り愕然とします。昭和20年8月14日、大阪を最大の空襲が襲った終戦前日、彼女は夫と子供2人を殺し、首を刎ねたという―そして男装で子どもたちの首を両手に抱え微笑んでいた姿も目撃されていて、精神科を入退院します。家族写真には美しく穏やか彼女がいて、入所した今も“殺人淫楽者”とは思えない。何故そんなことを?


典座は調査を進めるうちに彼女の無実を確信し、冤罪を晴らすことを決意。死んだはずの夫からの大量の手紙、犯行時刻に別の場所でマサヲを目撃したという証言、大阪大空襲を描いた一編の不思議な詩…引っ込み思案な彼女がいろんな資料を探し、いろんな人たちから話を聞いていくのですが……当時の差別、隣組制度や軍事工場など私も一緒に過去を旅している感じでした。


当時の住宅地図を探してお米屋さんやら新聞屋さんやらに電話したり直接訪ねたりするのですが、正直不審人物にしか思われない(-_-;)「何のためにやっているのか」ときかれ、彼女は「みんなのためです」「みんなとは、誰かね?」という再びの問いかけに「昭和の時代に、安土さんと同じように苦労した、たくさんの人のためです」どの時代にもその時代の苦労ってあると思うのですが、それを知っているのと知らないのとではものすごい差があるし、自分が迷った時、悩んだ時の指針になるものの有無にも通じるような気がしました。


最初に「渡し守源兵衛、わが子殺し」という伝承があり、コレが『伽羅の橋』というタイトルにつながるワケですが、ラスト近くにはもともとの話は全く違ったことがわかります。ダラダラ感を覚える人もいるだろうし、地理がワカラナイ~な場面もあるし(一応地図はある)ツッコミたくなるところもたくさん…という感想も読みましたが、「そういう時代だから仕方ない」で終わらせてはいけないのですよね。


主人公の名前が変わっていますが、お寺の娘だからです。私も初めて知りましたが、人名ではない場合「典座(てんぞ)」と読んで、禅宗寺院の役職の一つだそうです。禅宗寺院で修行僧の食事、仏や祖師への供膳を司ります。『一般に炊事係は「飯炊き」「裏方」などと呼ばれ低く見られがちであるが、禅宗寺院では食事の調理、喫飯も重要な修行の一つとされ、また陰徳(人知れず徳行を積むこと)を行ずる立場であることから重要な役職とされる。修行経験が深く篤実温厚な人物が任命される場合が多く、修行僧たちの相談役として敬慕される者が多いという。』とWiki先生に書いてありました!今日も1つ賢くなったぜ←記憶に定着するかアヤシイけど('~`;)



<典座ネット>
http://www.tenzo.net/


<伽羅橋>
https://ekilog.info/?p=4200

前の記事が見られなくなったので差し替えました🙇(2024/01/14)


<ピースおおさか>
http://www.peace-osaka.or.jp/



追記 
http://piecesofakuta.blog.fc2.com/blog-entry-1787.html






rohengram799 at 10:25コメント(6) 
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