俊寛

2014年08月28日

遊雲便りNo.16:さつま、どきっ(O.O;)(oo;)

昨日は午前中、マンションの設備点検の関係で一時間ほど停電がありました。仕事に行こうと乗ったバスは運転手さんがコースを間違えるし(駅行きのバスだったのに途中から車庫に向かってしまった!)帰りの電車も都内からのトラブルで遅れは……なんだかなぁ(-。ー;)な1日でした。



待ち時間にネットを見ていたら、天皇陛下の食事の話があり、献立に『薩摩のしゅんかん煮』というモノが……しゅんかんって「瞬間」じゃないよね? やはりお坊さんのしゅんかん……島流しのしゅんかんに関係があるのかしらん('_'?) 僧・俊寛は平家打倒を謀りますが、裏切りでその密議が清盛に漏れ藤原成経、平康頼と共に鬼界ヶ島(薩摩国)へ流されています。


しゅんかん煮は……「中国大陸から伝来し京の都で精進料理として作られたものが、その後、筍のふるさと鹿児島に伝わり島津の殿様料理となった。その後春の祝い料理として庶民にも広がっていった。もともとはイノシシ肉を使用していたが現在では豚肉を使用し、色とりどりの野菜を面とりして薄味に仕立てるという、素材の持ち味と彩りを活かし丁寧に作られる料理である。」……関係あるとしたら「京の都で精進料理として作られたもの」というところでしょうか? 今は薩摩の黒豚で美味しく仕上げているんでしょうねぇ(´∇`)


私の中では俊寛って「オレも舟に乗せて島からだしてくれやぁ~o(><;)(;><)o」と叫んであしずりした人で「足摺岬」の由来になった人だと思っていたのですが、足摺岬って鹿児島じゃなくて高知ですよね……なんかまたいろいろ勘違いしているみたいです(;´д`)



「薩摩」という地名ですが『諸国名義考(しょこくめいぎこう)』という書物によると「幸浜(さちはま)」。幸は得物(さつ)、また猟(さつ)の意味である、そうです。白尾国柱(しらおくにはしら)という江戸後期の国学者の鹿児藩名勝考にも「薩摩は幸島であり、神話のいう山幸、海幸の意であり、島というのは、周囲に界隈(かいわい)があって一区域をなすところで、摩は島の略である」というようなことが書かれているようですから、「山海の珍味あふれる豊かな土地」ということでしょうか? 山梨とはエライ違いであります(~_~;)



職場の床にカマキリがひっくり返ってジタバタしていたのですが、その姿がなんか両腕をうしろにまわして、セクシーポーズで殿方を誘っているみたいに見えてきたワタクシ……カメがひっくり返ってジタバタしてもセクシーさがないのは、スタイルの違いなのか?と考えてしまいました。


空腹だとおかしな発想しか出てこない(いや、いつもか)……まだまだ先は長い(今日は早・遅のとおし番)というのに……早くカバンに入れたままの「おさつ、どきっ」が食べたいです( ´△`)


ちなみに「おやつどき」をもじって「おさつどきっ」となりました! おさつ=さつま芋、どきっ=時と「どきっとする」の掛け合わせ! お札(束)ならもっとどきっ(◎-◎;)!とするんですけど。





rohengram799 at 17:34|PermalinkComments(12)
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