備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

ようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることをチマチマと書いています。

タグ:俵万智

寒い朝にはク○ールのカップスープだなぁ、と思っていたら、だいぶ前にキョンキョンがコマーシャルで歌っていた「見逃してくれよ~」がよみがえってきたのでタイトルにしてみました(笑)



朝といえば「モーニング」・・・週刊モーニングで連載中の『コウノドリ』ドラマがまた始まりましたね。綾野剛の外見については正直ビミョーではありますが、星野源の四宮先生はNICE!!だとダンナさんと意見が一致しております(笑) 私は吉田羊もよく選んだ!と感心しておりますが。


本誌では災害医療編がスタートしました。他にも青果流通界を舞台にした、仲卸業者さんの仕事ぶりを描いた『八百森のエリー』が面白いです! 少年ジャンプやマガジンはイマイチどころか、もう買わなくていいんじゃ・・・と思うくらいつまらないのですが、ダンナさんが「なんで買ってないの?」というので、仕方なく・・・(・c_・`)




今、コミックエッセイ的な本がたくさん出ていますが、この前『もし文豪たちがカップ焼きそば飲み作り方を書いたら』を読みました。タイトルそのまま、全編パスティーシュ(文体模写)による「カップ焼きそばの作り方」が書かれています。もとの作品を知っていたり、文体のクセを理解していたら、かなり楽しめると思いますが、知らないと「だからナニ?」な気持ちになりますね(^o^;)


https://note.mu/kossetsu/n/n3fdbf088481f



俵万智の「カップ焼きそば記念日」はサラダ記念日なのでわかりやすい(笑)


「このかやくがいいね」と君が言ったから七月六日はカップ焼きそば記念日


このテの記念日パロはいくつも作られたような気がする・・・!


松尾芭蕉(風)の「から容器 大食いどもが 夢の跡」も好き(≧▽≦)


有名な小説だけでなく、求人広告や歌(替え歌になるのかしら、エレカシの「今宵のカップ焼きそばのように」とか)「愛されるためのカップ焼きそばの作り方とは?」と女性向け自己啓発エッセイもありますし・・・カップ焼きそばの作り方の説明だけを載せたページもあります。なせ「焼きそばバゴーン」はないのだ!?



最後に「人間だもの」仕方ないよね、の相田みつを(風)作品をどうぞ~!




カップやきそばだもの


湯をいれる
五分まつ
湯切りをする



これだけなのに
むずかしい
すぐに食べたい
人間のわたし




♪枯葉散る夕暮れは 来る日の寒さをものがたり 雨に壊れたベンチには 愛をささやく歌もない……


五輪真弓さんの『恋人よ』を口ずさみながら、「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ……俵万智さんの有名な一句のような人を探したくなる季節になりました。昼間あたたかい分、日暮れが近くなると……(´;ω;`)


さてさて、能の演目に『恋重荷』というのがあるそうですな。あらすじは……菊を愛好する白河院の庭で、菊の世話をする山科の荘司という者がおりました。荘司は白河院の女御の姿を見て恋心を抱きます( 〃▽〃) 女御は荘司の気持ちを感じ取り、臣下を通じて彼に「コレをやったらお前の想いに応えて、姿を見せてあげてもよくってよ」と伝えます。このミッションは美しく装飾された荷箱を持ち、庭を百度、千度まわることでした。なんだそりゃ、とツッコミを入れたくなりますが、彼は「下働きで鍛えてきたオレの力を見てくれ!」と、精一杯の力を込めて持ち上上げようとします。しかし、軽そうに見えたその箱は大変な重荷で、まったく持ち上がりません( ´△`) 何度も何度も頑張ってみますが、持ち上がることはありませんでした……。力を使い果たし、絶望した荘司は「コ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カ」あの女に思い知らせてやる!と言いながら死んでしまいます。


臣下から荘司の死を知らされた女御は、彼の物言わぬ姿を見て、その死を悼みます。ところが、立ち上がろうとしても、身動きできません。そこに荘司の亡霊が現れます。亡霊は女御のひどい仕打ちに憤り、さんざん恨み言を語り、地獄で苦しんでいることを伝え、女御を責め立てます(`Δ´)(`Δ´)(`Δ´)愛しさあまって憎さ百倍でしょうか。


しかし最後に「オイラのお弔いをちゃんとしてくれるなら、恨みを忘れる。貴女の守り神となって幸せを末長く守るぜぃ( v^-゜)♪」と言い去っていきました……美しい女性に恋をしてしまった老人の悲哀と恨みの物語でございます。ご老人は「恋よ、恋!」ではなく「鯉よ、来い!」と池の近くで手をたたき、エサをまくのが似合っているのでは……。 かなりおやぢ目線でふざけた文章になっております(; ̄ー ̄A きちんとした話を知りたい方はお手数ですが、ご自分で再度お調べ下さいまし。


この話を読んで、小野小町の美しさに魂を奪われた深草の少将の「百夜通い」を思い出しました。満願の日、晴れての契りをむすぶことを約束したのに、少将は最後の晩、大雪のため途中で凍死してしまうのであった……とこれにもいくつかパターンがあるみたいですね。


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今朝は一段と冷えましたね~午後は雪がちらつくとか…ダンナに「お母さんが帰ってくる頃は3℃だって~(夜11時近く)」…言わなければ寒さに鈍感なままでいられたのになぁ(-_-;)


雪…という言葉で金子みすゞさんの詩を思い出しました。



『積もった雪』


上の雪
さむかろな。
つめたい月がさしていて


下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。


中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。




「一個人」の“美しい日本の言葉”特集号で金子みすゞさんの詩がいくつか紹介されていました。


>「積もった雪」を読んだ北海道の七十代の男性が、「これまでたくさんの雪をみてきたけど、一度も中の雪のことを考えたことがなかった。この年まで大切なことに気づかずに生きてきた自分が恥ずかしい」と話してくださったことがあった。/大切なのは気づくこと。感じることができるのは、やわらかでまっすぐなまなざしがあって初めてできることだ。


震災後『こだまでしょうか』がテレビコマーシャルでたくさん流れましたが「こだまとは、相手の存在を丸ごと認めて受け入れるやさしい行為なのだ」と書かれていました。俵万智さんの短歌でも


「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ


というのがありますが、どんなささいなことでも受け入れてもらえるって、心にぽっとあかりが灯るような「小さな花がひらいた」(笑)“嬉しい!!”という純粋な喜びがありますよね。


さてさて、仕事に出掛けるワタクシにこんなひだまりのようなやさしさを感じるNice!!出来事はあるでしょうか?(((^^;)


雪に関して前の記事ですがよかったら(*^^*)

第362号:母の涙は雪の音


以前、七十二候について書いた気がしますが、今月7日は立冬に始まり~初侯(11/7~11)「山茶始開」(つばき・はじめて・ひらく:時期的にサザンカをさすらしい)次侯(11/12~16)「地始凍」(ち・はじめて・こおる)で、だんだん冬が本気出してきた!?という気温になってきました。今も鼻水が…アブナイ!!(笑)


末侯は明日から21日で「金盞香」(きんせんこうばし)
~水仙の花が香る頃という意味だと解釈しておりますが、今現在咲いているところもあれば、まだ早くない?な所も~まちまちですね。私の中では1月の花のイメージです。


水仙のことを「金盞銀台」と呼ぶみたいで(キンセンカはまた全然違う、オレンジ色の花ですが)花の黄色の部分を金の盞(盃)に、白いところを銀台に見立てた美しく雅な表現!


スレンダーな美女が浮かびますが、「天にあるを天仙、地にあるを地仙、水にあるを水仙」という中国の古典に由来するといいます。水辺で咲く姿を仙人にたとえたのでは…とものの本にありましたから、スリムでノッポな白髪の長老でしょうか?


しかし!やっぱり「きんせんこうばし」を「金銭香ばし(芳ばし)」と脳内変換してしまうワタクシ(@_@)これだと「カネの匂いがするぜ!!」みたいな、とってもお下品な内容になりそうな……例えば「ナニワ金融道」とか「ミナミの帝王」とか「カイジ」とか…ざわざわ…ダメダメ('~`;)


宮沢賢治の童話に『水仙月の四日』(すいせんづきのよっか)という作品があるそうですね←正道にもどりました(((・・;)『注文の多い料理店』に収録されているようですが、私は教科書以外で彼の本を読んだことがないので、全くの初耳!!「水仙月」についてはいろんな説があるようで、これもまた楽しい謎解きになるかもしれない!


ではでは、きちんと綺麗に決めたいと思います(笑)越前海岸の名所 呼鳥門(こちょうもん)にある俵万智さんの歌碑から…♪


『海鳴りに 耳を澄ましているような 水仙の花 ひらくふるさと』


『不意の雨その一点に役立とう僕はあなたの置き傘になる』


新聞紙上で俵万智さんが選ぶ句はいつも青春の香りがします(笑)


昔昔『詩とメルヘン』に「傘には4人しか入れないから濡れてしまうのはきっとお人好しの自分」というような詩がありました。自ら自覚して濡れるのとそうでないのとでは、雨の冷たさが違うよな…なんて可愛くないことを思った記憶が…(-_-;)


以前「ありがとうさん」が載っていたダ・ヴィンチに読者が書いたありがとうをテーマにした短い話がありました。その中に、九州から渋谷に来たコがあまりの人の多さに圧倒され「雨が降ったらこの人たちはみんな傘をさすの?」と質問していました。彼女はみんなが傘をさすのではなく、何人かで一緒に入ればぶつかったりしなくていいのに…と思ったようです。


通り雨にあった人に傘をさしかけたり「入れてくださーい」と見知らぬ人の傘に入る…なんの疑いもなく、迷いもなく、そうできたらなんと素晴らしいことか!


森進一の『おふくろさん』の歌詞ではありませんが「いつかは世の中の傘」になりたいと思いつつ…
(T-T)


置き傘になれなくても、一緒に雨宿りをする人間にはなりたいし、傘がなくても駆け出す人にはせめてハンカチを渡したい…そしてもしだれかと一緒に傘に入るなら、自分の肩が半分濡れても相手に雨粒がかからないようにしたい…そんなふうに思うのです。


本当は別の話を書いていたのですが、新聞の短歌を読んで井上陽水サンしてしまいました(((^^;)

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