八月の青い蝶

2017年08月22日

竹春雲便りNo.19:蛍の唄

昨日は早乙女勝元さんの『蛍の唄』を読みました。作者の早乙女さんは1932(昭和7)年、東京生れ。’45年3月10日、12歳で東京大空襲を経験しています。



戦後45年目の夏。高校2年生のゆかりの伯母・咲子は空襲で焦げた電柱の前で見失った我が子を待ち続けていた。夏休みの課題として「戦争追体験」をまとめるように担任から言われたゆかり。両親や身近な人たちから、それぞれの体験をきいて、原稿用紙10枚以上にまとめる・・・ゆかりは伯母の戦争体験を聞こうとするが、父の勇太から猛反対を受ける。昭和20年3月10日、東京大空襲、この時に何があったのか。伯母の交通事故をきっかけに、父親はようやく話をするのですが・・・。『戦争と青春』を改題したそうです。



なんかねぇ・・・東京大空襲の悲劇よりも、それを聞き出そうとするゆかりの態度にムカつくというか、身近な人たちから話を聞くことを強要するような課題って私はイヤなのですわ。語らないことがすでに語っているだろって思ってしまうのです。無理矢理話をさせる以上は、きちんと責任を持ってその人の想い、人生を背負う覚悟を持てよ、と思ってしまうのです。戦争に関する本を何冊読もう!みたいな課題ではダメなのかなぁって思ってしまう。『八月の青い蝶』でも原爆についての話を云々というのがあり、担任と口論する父親が出てきましたが、当事者には語りたくないことってたくさんあるだろうし、話して心情をどれだけ汲み取ってもらえるか、不安だと思う。



ここからはネタバレになりますか、咲子は近くの学生さんと恋におちるのです。ゆかりたちにしたら、もう自分とそう変わらない年での恋物語にキャーキャーですよ、それが結婚という形に落ち着くことがなく・・・。


「そんでさ、別離のあと、いとしい風見青年は北海道へとトンズラよ。すると、残された娘のところに、目付きの悪いデカがやってきたのね。お前と卑怯者(召集令状を無視)とのデートを見た者がいるんだ、やつはどこへ逃げたか。知りませんといっているうち、男はなんとか鉱山で、憲兵隊に見つかってババンと殺されちゃう。そのあと、じとじと雨ばかり降る臼ぐらい日の午後、おばさんは、愛の一粒種を産んだってわけ」

「そのおばさんとやら、恋したときは、女学生だって?」



なんか自分の大切な時間をこんな風に姪が友だちに話しているなんて、イヤじゃないですか? 芸能人のゴシップと同じ扱いのように思えてしまう。


父親がいない赤ちゃんを産み育てることになり、まわりからは非国民と言われ、咲子の年の離れた弟・勇次もいじめをうける結果になる。咲子の過言は勇次の過去でもあり、封印していたその他の辛い記憶を思い出すことになる。いつかは話さなければいけないと思っていたかも知れないけれど、これがリアルな感想なのかもしれないけれど・・・なんかむなしいというか。



夏休みが終わってレポートを提出する場面、担任もこの咲子の話に結果的にかかわることになったのだけれど、ちょっと軽くない?って思ってしまった。




この本の前に『小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録 』(綾見洋介)を読んだのですが、それがアレだったとはΣ(゚◇゚;)でした~妖精さんじゃなかった(; ̄ー ̄A





rohengram799 at 13:45|この記事のURLComments(2)

2016年12月07日

走雲便りNo.6:蜘蛛と蝶と菊

新聞コラムに「真珠湾はどこにあるか」の問いに「三重県です」と答えた学生の話がありました。笑い話にはならない、何度見聞きしても肌がザワッとするような話です。





先日、田中慎弥 さんの「夜蜘蛛」という短編を読みました。読者から受け取った、長い手紙が内容の大部分で構成されています。手紙を書いた男性の父親は日中戦争で右足に銃弾を受け、不名誉な形で戦線を離脱しています。複雑な思いを抱え、生きてきた父親と自分はきちんと向き合ってきたのか・・・正直ここまでだと、どの親子関係でもありうることだと思うのです。親に対して「自分のことをわかってない」と思ってきたように、親のこれまで生きてきた過程について、真剣にあれこれきくことなど、よほどのことがない限りはないのでは? 

しかし、男性の父親は息子の何気ない一言をずっと胸に抱えて、昭和と共に自らの人生に終止符を打ったのです。 自分と父親の関係についてあらためて考え、それを誰かに聞いてもらいたい・・・そして自分の人生にも幕引について考え・・・というような話です。




高齢の父親を引き取ってからのことや、家族(妻と娘)との関係、姉との関係など、同じような立場の人は多いのではないかと思います。また昭和天皇が倒れられてから平成にかわっていく、あの時期の記述などは当時に引き戻されたようでした。





・・・誰でも覚えていることと思いますがその日から翌年早々に崩御となるまでの3か月半ほどの間というものは、いま思い起こせばなんとも表現しようのない、不思議な期間でございました。陛下の脈拍や呼吸の数が日々細かく伝えられる。テレビからは華美な番組が減ってゆく。(略)



 そんなことはないとわかっているのに、昭和は永遠に続き、親も永遠に死なない・・・平成になり両親は鬼籍に入ってしまったのに、今でもそんなことを考えたりします。 田舎に帰れば、両親がいつものようにいつもの場所で自分を笑顔で迎えてくれるのではないかと。


今上天皇の退位について有識者会議が開かれていますが、平成もいつかは終わるのでしょう。それはどんな幕切れになるのかわかりませんが、次のことを考えると正直不安ですわ。




戦中・戦後を生きた父親と息子の物語としては「八月の青い蝶」とあわせて読んで読んでもらいたいと思いました。本の厚さと内容と受ける印象、衝撃は関係ないなと、あらためて思っています。

 



青空が見えてきました。皆さま、おだやかなよい1日をお過ごし下さいませ。


 
rohengram799 at 12:04|この記事のURLComments(10)
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