原爆

2020年03月28日

花春雲便りNo.34:ヒロシマ

オリンピックのためにGWに開催時期をずらしていたコミケですが、やっぱり中止になってしまいましたね。今の状況では仕方ないことですけど。




広島電鉄家政女学校のことを知りました。

https://blog.goo.ne.jp/hiroshima-2/e/5e07856e74d482d57e3d7b2c2d3b1a4f


こちらは実話を漫画にしたものです。

【広島の原爆の漫画】
https://www.pixiv.net/user/15488311/series/12422


チンチン電車と女学生 1945年8月6日・ヒロシマ (講談社文庫) >> https://bookmeter.com/books/9733601




明日は冬の寒さで、関東でもまた雪になるとか……皆さま、どうぞお身体に気をつけて下さいませ。


rohengram799 at 11:00|PermalinkComments(2)

2019年12月08日

黄冬雲便りNo.8:平和の俳句 2019

『昭和天皇物語』5巻が発売になりました。どこまでが本当なのだろう?と思いつつ……良子さまと語らう場面はほっこりして、晩年のおふたりの姿を思い出します。

https://www.shogakukan.co.jp/books/09860497


そして昭和63年末からのテレビ、ああ、こういうテロップ流れていたよな…と思い出しました。私、個人としては井上陽水さんの車のCMの「みなさ〜ん、お元気ですかぁ〜?」の音声を消したのは、う~ん、な出来事でした。

http://world-fusigi.net/archives/9529849.html?p=2




東京新聞の「平和の俳句 」終戦の日ではなく、真珠湾攻撃の今日読むこと、またいつでも「平和ってなんだ?」と考えてみることが大切なんじゃないかと思います。日本は「もはや戦後ではない」かもしれませんが「戦前」になる可能性はゼロとは断言出来ないという漠然とした不安はあります。そして世界には争いが日常になっている場所があるということを、忘れてはいけない気がします。


【平和の俳句 2019】
https://www.tokyo-np.co.jp/heiwanohaiku/2019/


【戦争を知らない高校生が描く「原爆の絵」】
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20191206-00000391-nnn-soci



rohengram799 at 00:00|PermalinkComments(4)

2018年08月09日

炎昼雲便りNo.22:生ましめんかな

 『生ましめんかな』
  

こわれたビルディングの地下室の夜だった。

原子爆弾の負傷者たちは

ローソク1本ない暗い地下室を

うずめて、いっぱいだった。

生ぐさい血の匂い、死臭。

汗くさい人いきれ、うめきごえ

その中から不思議な声が聞こえて来た。

「赤ん坊が生まれる」と言うのだ。

この地獄の底のような地下室で

今、若い女が産気づいているのだ。

 

マッチ1本ないくらがりで

どうしたらいいのだろう

人々は自分の痛みを忘れて気づかった。

と、「私が産婆です。私が生ませましょう」

と言ったのは

さっきまでうめいていた重傷者だ。

かくてくらがりの地獄の底で

新しい生命は生まれた。

かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。

生ましめんかな

生ましめんかな

己が命捨つとも

 

 



栗原貞子さんのこの詩、吉永小百合さんが朗読をされたりして有名らしいのですが、私は知りませんでした。


http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=50701



読売新聞6日朝刊一面の「編集手帳」に『今年は終戦の年、1945年とすべての日付と曜日が同じになる年』と書いてありました。前回は2007年、次は2029年だそうです。2029年、世界から核兵器の恐怖はなくなっているでしょうか?





毎日いろんな記念日がありますが、今日は私とダンナさんが婚姻届を提出した日です。「野球の日」だから忘れないはず」とダンナさんが選びました。また1日1日、1年を仲良くおだやかに過ごしていきたいと思っています(*´ω`*)



rohengram799 at 14:03|PermalinkComments(4)

2017年08月22日

竹春雲便りNo.19:蛍の唄

昨日は早乙女勝元さんの『蛍の唄』を読みました。作者の早乙女さんは1932(昭和7)年、東京生れ。’45年3月10日、12歳で東京大空襲を経験しています。



戦後45年目の夏。高校2年生のゆかりの伯母・咲子は空襲で焦げた電柱の前で見失った我が子を待ち続けていた。夏休みの課題として「戦争追体験」をまとめるように担任から言われたゆかり。両親や身近な人たちから、それぞれの体験をきいて、原稿用紙10枚以上にまとめる・・・ゆかりは伯母の戦争体験を聞こうとするが、父の勇太から猛反対を受ける。昭和20年3月10日、東京大空襲、この時に何があったのか。伯母の交通事故をきっかけに、父親はようやく話をするのですが・・・。『戦争と青春』を改題したそうです。



なんかねぇ・・・東京大空襲の悲劇よりも、それを聞き出そうとするゆかりの態度にムカつくというか、身近な人たちから話を聞くことを強要するような課題って私はイヤなのですわ。語らないことがすでに語っているだろって思ってしまうのです。無理矢理話をさせる以上は、きちんと責任を持ってその人の想い、人生を背負う覚悟を持てよ、と思ってしまうのです。戦争に関する本を何冊読もう!みたいな課題ではダメなのかなぁって思ってしまう。『八月の青い蝶』でも原爆についての話を云々というのがあり、担任と口論する父親が出てきましたが、当事者には語りたくないことってたくさんあるだろうし、話して心情をどれだけ汲み取ってもらえるか、不安だと思う。



ここからはネタバレになりますか、咲子は近くの学生さんと恋におちるのです。ゆかりたちにしたら、もう自分とそう変わらない年での恋物語にキャーキャーですよ、それが結婚という形に落ち着くことがなく・・・。


「そんでさ、別離のあと、いとしい風見青年は北海道へとトンズラよ。すると、残された娘のところに、目付きの悪いデカがやってきたのね。お前と卑怯者(召集令状を無視)とのデートを見た者がいるんだ、やつはどこへ逃げたか。知りませんといっているうち、男はなんとか鉱山で、憲兵隊に見つかってババンと殺されちゃう。そのあと、じとじと雨ばかり降る臼ぐらい日の午後、おばさんは、愛の一粒種を産んだってわけ」

「そのおばさんとやら、恋したときは、女学生だって?」



なんか自分の大切な時間をこんな風に姪が友だちに話しているなんて、イヤじゃないですか? 芸能人のゴシップと同じ扱いのように思えてしまう。


父親がいない赤ちゃんを産み育てることになり、まわりからは非国民と言われ、咲子の年の離れた弟・勇次もいじめをうける結果になる。咲子の過言は勇次の過去でもあり、封印していたその他の辛い記憶を思い出すことになる。いつかは話さなければいけないと思っていたかも知れないけれど、これがリアルな感想なのかもしれないけれど・・・なんかむなしいというか。



夏休みが終わってレポートを提出する場面、担任もこの咲子の話に結果的にかかわることになったのだけれど、ちょっと軽くない?って思ってしまった。




この本の前に『小さいそれがいるところ 根室本線・狩勝の事件録 』(綾見洋介)を読んだのですが、それがアレだったとはΣ(゚◇゚;)でした~妖精さんじゃなかった(; ̄ー ̄A





rohengram799 at 13:45|PermalinkComments(2)

2016年03月17日

春雲便りNo.17:ひかり

朽木祥さんの『八月の光・あとかた』を読み終わりました。朽木さんは広島市生まれ。被爆二世だとは知りませんでした。


『雛の顔』は、その日勤労奉仕をさぼって命拾いをした女性と、それを責めた女性、それぞれの心の変化とその後の人生が描かれ、続く『石の記憶』では、広島平和記念資料館に展示され、原爆の悲惨さを伝える「白い石段の影」にまつわる物語になっています。『水の緘黙』では、苦しむ人を助けられずに一人逃げた少年の自責の念が救われるまでの物語。『銀杏のお重』では、戦争で女性だけとなった家族が、戦争を、原爆をどう生き抜いたかが、『三つ目の橋』は、原爆で父と弟を、そして原爆による放射能症によって母を失った姉妹の物語です。



『石の記憶』では銀行の階段に残った黒い、小さな影を少女が見つける場面があります。「母の影が、石段に腰かけている。」


光子は石段をさすった。何度も何度もさすった。
夏の夕方、石段はまだほのかに温かかった。
ほっぺたをくっつけると、母の膝で昼寝した縁側にいるような気がした。(略)
光子は石段にほっぺたをくっつけたまま、長いあいだ、そこにそのままでいた。


『水の緘黙』ではK修道士が少年に書いた手紙が心に響きました。


「あなたが思い出せば、誰かの苦しみや悲しみもまたその人たちだけのものではなく、みんなのものとしてきっと記憶されていくでしょう。
私のようなものでも、そのような記憶に支えられて、私だけの記憶を、いつの日か、“私たちの記憶”として語ることができる日が来るかもしれません。」



《ヒロシマを物語るということ》というタイトルのあとがきは「二〇一一年にフクシマの原発事故が起こったとき真っ先に考えたのは、私たちがこれまで十分にヒロシマを伝えてこなかったのでこんなことが起きてしまったのだということでした。」という書き出しで始まります。


「三十万の死があれば三十万の物語があり、残された人びとにはそれ以上の物語があります。この本に書いたのは、そのうちたった五つの物語にすぎませんが、物語の登場人物たちは過去の亡霊ではありません。未来の私たちでもあり得るのです。ヒロシマを記憶するということは、未来に二度と同じ過ちを繰り返さないよう警戒することと同義でもあります。五つの小さな物語がわずかでも読者の皆さまの心に落ちて、ヒロシマを記憶して下さることを祈っています。」


特別に難しい言葉を使っているわけでも悲惨な状況をこれでもか!と書いているわけではなくて……『石の記憶』は特に小学生の時に教科書で読みたかったな、と思いました。



さてさて……私がこのブログを始めたのが2010年3月17日でありました。毎日書くという意気込みは歳月とともに失速気味でありますが、これからも読んだ本のこと、マンガのこと、新聞や雑誌で見かけたワタクシ的にオモローなことについて、あれこれ書いていきたいと思います。またお付き合いいただけると嬉しいです。いつもありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします(^.^)(-.-)(__)




rohengram799 at 10:22|PermalinkComments(8)
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