原爆

2015年08月08日

海雲便りNo.3:秋立つ日

『秋立つや皆在ることに泪して』(永田耕衣)



昨日までが猛暑!だったので、風の涼しさや気温の低さに(まだ十分アツいですが)「立秋だなぁ」と思います。昨晩はコンビニに恵方巻きがたくさん売れ残っていましたわ。たしかに「節分」ではありましたけどねぇ…( ̄0 ̄;)



今さら……「黙祷(もくとう)」についてちゃんと知らないよなぁ、と思い、いろいろ検索してみました。「黙祷」の「黙」はだまる、「祷」は祈る……黙祷の正しいやり方は「黙って、声を出さない、動かない」ですから、決して目は閉じなくてもいいですし、手を合わせる必要もないとのことでした。


ある葬儀社のサイトには『黙祷はあなたの心を冷静にして、黙って祈りをささげることです。お葬式や慰霊祭で行なう黙祷は「亡くなった人に祈る気持ち」を表現することが模範ですが、厳密にいえば黙祷の間は何を考えても良い時間なのです。黙祷と同時に目を閉じたり、手を合わせたりする行為は、外部からの情報を遮断して祈るという意味や、祈りを表現する為に自然発生的に起きる行為なのです。』とありました。


『広辞苑』には【祷】(とう)は神に告げて幸いを願い求める。いのる。とあるそうです。ですから【祝祷】(しゅくとう)という言葉もありました。キリスト教で、牧師や司祭が礼拝式の終りに会衆のためにする祝福の祈祷。また【豊祷】(とよほき)という、讃え祝うことの美称もありました。



毎年、この時期になると戦争関連記事やドラマなどがこれでもか!というほど各媒体にあふれてきます。ひとりひとりの人生の全てを知ることなんてどう考えても無理なことで、立場が違えば映る景色も違うわけで……あまりに情報量が多すぎて、かえって混乱してしまうくらい……うまく選びとって熟孝も考察も出来ないおばさんであります……。戦後70年ではありますが、他国との戦いはそれよりはるか昔からあったわけですし……。


小学生が原爆資料館などを見学して、あまりの悲惨さにトラウマになってしまったという話などを聞くと、年齢にあった情報・資料提供を考えた方がいいのではないかと思ってしまいます。高校生なんかで騒ぐ人も多いですが、受け皿が出来ていなくてもしかしたら半分パニックになって騒いで気持ちをまぎらわせているのでは?と大甘に考えたりもしたいですが、それまでナニを勉強してきたんですか?というのもあるし、マナーを知らないおバカさんたちは引率の先生方にどうにかしてほしいです。



寝る前にあれこれどうしようと脈絡なく不安な要素について考えたりするのですが、考えたところですぐ結論が出るわけではなく……だからもうヒツジではなく「ありがとう」を繰り返して眠るようしています~何に対して誰に向かってということはないのですが( ̄▽ ̄;)

最初の俳句ではありませんが、自分の身近にいる人たちとご先祖さまや亡くなられた方々のことを偲ぶことが出来る、そのことの有り難さをしみじみ感じ入る季節なのかもしれません。



皆さまもどうぞお身体に気をつけて、おだやかな土曜日をお過ごし下さいませ。





rohengram799 at 13:10|この記事のURLComments(12)

2012年08月05日

あかね雲便りNo.113:日曜日だ、それがどうした!?

タイトル通りの日曜日、休みですが、ただ暑くてダルい~皆さまはお元気ですか?


ダンナに録画してもらった『太平洋の奇跡 - フォックスと呼ばれた男 ‐』(2011年・日本映画・サイパン島で47人の兵士と戦った大場大尉の物語)を見ました……期待していた分、がっかり(~_~;)映画館で見なくてよかった。47人の兵士の出番はほとんどなくて、最後に「こんなにドコにいたの!?」と思いました、いや、本当に…!!

収容所が綺麗過ぎる、米兵が良い人すぎる、警備が甘すぎる…などなどツッコミどころ満載で美化しすぎで嘘っぽい…原作が日本ではないからなのか、ちょっとオーバー過ぎる評価をしていない?なんて思いました。かえってそれだけ無能な上官が多かったということ?と思ったり、日本人をそれだけバカにしていたわけか?と怒りがわいてきたり…。大場大尉の素晴らしさを描きたかったのか、悲劇を伝えたかったのか、中途半端な感じ。は井上真央ちゃんの役はいらなかったように思いました。竹野内豊さんがスゴい撫で肩だということがわかった映画で終わってしまいました(-_-;)


Yahoo!知恵袋に大場大尉のことなどありましたので、お読み下さいまし。


http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=1155503151


今日は長崎出身の青来有一(せいらい・ゆういち)さんの『爆心』を買いました。……私の戸籍上の誕生日は昭和20年8月9日、長崎に原爆が投下された日。父母の氏名欄は真っ白。私の過去は原子雲の下に消えてしまった……被爆地周辺に生きる人々を主人公に彼らの過去と現在を綴った連作短篇集ということで…私、原爆を扱った小説を読むのははじめてかもしれないです。詩や『はだしのゲン』(マンガ)は読んでいますけど。オリンピックのマラソンがはじまるまでは読書タイムにしたいと思います。



rohengram799 at 17:03|この記事のURLComments(17)

2011年01月22日

第390号:ff(フォルテシモ)

昨日「少女の唇」にうつつを抜かしていたら、夜中のニュースを見て「なに言ってンの、この人たち!!」で洗い髪が怒髪に!!


長崎と広島で二度も被爆した方を『世界一運の悪い男』とイギリスの番組で放送…。


信じられない!! 戦争体験はあっても原爆被害のない国にとっては「ナガサキ」「ヒロシマ」はただの地名で、被害者の方々は個々に名前を持ち、それぞれの人生があったことなどどうでも良いことなのでしょうか?


被爆した人々、それに繋がるたくさんの人々の気持ちなど全く考えてもらえないの?


あまりの話に唖然…と同時に、私たちはもっと世界に向けて発信しなくてはいけないことがあるのでは?とも思いました。


ちょうど石垣りんさんの詩集を読んでいたのですが『演歌』という作品がありました。



海には航空母艦が浮かんでいます。/何を積んでいるのでしょう。

ふるさとの墓地へいくと/骨のない骨箱が/カタカタ鳴っています。

海峡が封鎖されたら/海底の勇士たちは/七生報国の鉢巻をして/馳せ参じるのでしょうか。

千人針の結び目がまだ解けません。

議事堂では大臣が/昔のスタイルで出ています。

国民はカラオケが大好き/自分の声に酔い痴(し)れて/平和を歌っています。



…私たちは自分の声に酔い痴れて平和を歌うだけではいけないのです。


今までの歌声が自分に酔っていたと気がついたら、違うアクションにうつらなくては…。


もっと広く深くいろんなことを知る努力をして、世界に向けて歌わなくては…。


今までピアニシモな歌声だったら、フォルテ、フォルテシモにして歌い続けなくてはいけないのです。それが音痴な歌声でも、歌い続けなくては…歌い継いでいかなくては…。



rohengram799 at 10:43|この記事のURLComments(19)
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