吉野弘

2022年07月16日

涼天雲便りNo.5:フーフーする土曜日の詰め合わせ

今日もむし暑いです。皆さまのお住まいの場所では豪雨被害などないでしょうか? どうぞお気をつけ下さい。
 

読売新聞朝刊に「虫のごはんはね」というタイトルの小1の子の詩がありました。

草をとって
電子レンジであったかくして
あげるんだよ


↑コレを読んでアツアツの食事を好むのは人間だけなのかも?と思いました。肉食動物だって、フーフーしながら獲物を食べるとかないだろうし…アツアツのエサを好むカブトムシとか想像出来ないしなぁ。暑い時に熱いものを飲んだり食べたりする……寒い時に冷たいものを飲み食いするよりいいかな、と思ったりするお昼時(笑)


以下、詰め合わせです_φ(・_・

◆「菜々子に」 吉野弘さんの長女・菜々子さんのブログ
https://ameblo.jp/nanako-fukurou/entry-12692417278.html

◆アンドレ・エブ  薔薇の人🌹
https://www.baranoie.com/shopbrand/ct27/

◆イモトアヤコちゃんみたいな太眉の仁王像
http://www7a.biglobe.ne.jp/~gatou/page002.html

◆三春駒みたいなワラのクリスマスオーナメントほか
http://mori-yumiko.jp/news/367-2020-12-09-14-25-16.html

◆風船おじさん🎈
http://blog.livedoor.jp/ftwrecord/archives/52115388.html?ref=popular_article&id=4066088-267200

◆鶏冠山 実家近くにこんな場所があったとは!
https://kenjyaegg.livedoor.blog/archives/15179110.html

◆お家活け花 カフォオレ色の薔薇🌹
https://note.com/saekiharuka/n/n60857f6683dd

◆スウェーデン  ディルピクルス
https://note.com/sozainochikara/n/n6bee314a6583


ではでは (。・ω・。)ノ 




rohengram799 at 12:15|この記事のURLComments(4)

2018年09月28日

菊咲雲便りNo.17:ほぐす

樹木希林さんの訃報をワイドショーが取り上げた時に、必ずといっていいほどあの「ゼクシィ」のコマーシャルが流れていましたよね。以前、茨木のり子さんの『知命』という詩を紹介しましたが、「ほどく」と「ほぐす」の微妙な違いが人間関係と夫婦関係なのかしら、なんて思ってしまいました。最初、タイトルを見た時に「心身をほぐしてリラックス!」な詩かと思ったら違ったので、あら・・・となりました(。・ω・。)





『ほぐす』   吉野弘


小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
- 結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷(さ)めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費すように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺(もつ)れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
- その確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの紐の結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして


    
rohengram799 at 10:23|この記事のURLComments(0)

2018年07月06日

炎昼雲便りNo.4:風流譚

『風流譚』 吉野弘


葭(ヨシ…善)も

葦(アシ…悪)も

私につけられた二つの名前です

どちらの名前で呼ばれてもハイと答えます


善のさかえる世の中は

悪のはびこる世の中です

私にはよくわかる理屈ですが

人は首を傾げることでしょう






この詩の「私」はいったい「ナニ」なんでしょうね。「人」ではないということだけはわかりますが・・・( ̄~ ̄;) 「風流」というより「禅問答」のようです。


いろいろなことがありますが、おだやかな週末でありますように。台風、大雨、どうぞお気をつけ下さい。


rohengram799 at 11:57|この記事のURLComments(12)

2018年04月21日

清和雲便りNo.20:身も心も

ある日のお昼時、中学校のちかくを通ったら何か音楽が聞こえてきました。給食の時間だったのかな? 私の中学時代は水曜日だったか、週に1回だけ生徒のリクエストを受け付けて、そのレコード(笑)を放送委員に渡すと流してくれたような気がする~! みんなで大丈夫かなぁ、と言いながらダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ』をリクエストしてキャーキャーしていたような・・・もう40年くらい前だから記憶がイマイチだわ。



玉置浩二さんと宇崎竜童さんが歌う『身も心も』をYouTubeで聴いて、いいわぁ ♪o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪ とひとりニヤニヤする今のワタクシ。特に2番の歌詞の♪愛とは呼ばず あなたに 愛しい そう打ち明けよう が好き。阿木燿子さんの詞はセクシーでクラクラしてしまいますわ。同じタイトルの吉野弘さんの『身も心も』も好き・・・音読は出来ないけれど(笑)




『身も心も』


身体は
心と一緒なので
心のゆくところについてゆく。

心が 愛する人にゆくとき
身体も 愛する人にゆく。
身も心も。

清い心にはげまされ
身体が 初めての愛のしぐさに
みちびかれたとき
心が すべをもはや知らないのを
身体は驚きをもってみた。

おずおずとした ためらいを脱ぎ
身体が強く強くなるのを
心は仰いだ しもべのように。

強い体が 心をはげまし
愛のしぐさをくりかえすとき
心がおくれ ためらうのを
身体は驚きをもってみた。

心は
身体と一緒なので
身体のゆくところについてゆく。
身体が 愛する人にゆくとき
心も 愛する人にゆく

身も心も?




最後の「?」がスゴい・・・何気ないけど、威力があるのよ・・・ そう、いつまで経っても、どこかにこの「?」はあると思うのさ~( 〃▽〃)


rohengram799 at 13:50|この記事のURLComments(2)

2018年04月04日

清和雲便りNo.6:人形

♪夢を見る人形と みんな私を呼ぶの 風に揺られ 白い風船 飛んでるみたいと


昨日は田舎の月遅れのひな祭りでした。雛人形ではないけれど、伊藤つかさちゃんの「少女人形」が脳内に~。作曲は南こうせつさんでした。うん、らしいメロディです。



小林秀雄さんが昭和37年(1962年)10月に「朝日新聞」に発表した随筆『人形』、短いので全文載せます。この年はウチの兄が生まれた年。自分が作者の立場だったら、娘さんの立場だったら、夫だったら、妻だったら・・・。全く空気を読めない人間係ひとりでもいたら、と考えると恐ろしい。ただ、そこにいて、静かに穏やかに、何年経っても癒えない深い傷を当たり前のように共有する、そんな人間になりたいと思った作品でした。吉野弘さんの詩『夕焼け』の娘さんを思い出しました。





『或る時、大阪行の急行の食堂車で、遅い晩飯を食べていた。四人掛けのテーブルに、私は一人で坐っていたが、やがて、前の空席に、六十恰好の、上品な老人夫婦が腰をおろした。
細君の方は、小脇に何かを抱えて這入って来て私の向いの席に着いたのだが、袖の蔭から現れたのは、横抱きにされた、おやと思う程大きな人形であった。人形は、背広を着、ネクタイをしめ、外套を羽織って、外套と同じ縞柄の鳥打帽子を被っていた。
着附の方は未だ新しかったが、顔の方は、もうすっかり垢染みてテラテラしていた。眼元もどんよりと濁り、唇の色も槌せていた。何かの拍子に、人形は帽子を落し、これも薄汚くなった丸坊主を出した。
細君が目くばせすると、夫は、床から帽子を拾い上げ、私の目が会うと、ちょっと会釈して、車窓の釘に掛けたが、それは、子供連れで失礼とでも言いたげなこなしであった。
もはや、明らかな事である。人形は息子に違いない。それも、人形の顔から判断すれば、よほど以前の事である。一人息子は戦争で死んだのであろうか。夫は妻の乱心を鎮めるために、彼女に人形を当てがったが、以来、二度と正気には還らぬのを、こうして連れて歩いている。多分そんな事か、と私は想った。
夫は旅なれた様子で、ボーイに何かと註文していたが、今は、おだやかな顔でピールを飲んでいる。妻は、はこばれたスープを一匙すくっては、まず人形の口元に持って行き、自分の口に入れる。それを繰返している。私は、手元に引寄せていたバタ皿から、バタを取って、彼女のパン皿の上に載せた。彼女は息子にかまけていて、気が附かない。「これは恐縮」と夫が代りに礼を言った。
そこへ、大学生かと思われる娘さんが、私の隣に来て坐った。表情や挙動から、若い女性の持つ鋭敏を、私は直ぐ感じたように思った。彼女は、一と目で事を悟り、この不思議な会食に、素直に順応したようであった。私は、彼女が、私の心持まで見てしまったとさえ思った。これは、私には、彼女と同じ年頃の一人娘があるためであろうか。
細君の食事は、二人分であるから、遅々として進まない。やっとスープが終ったところである。もしかしたら、彼女は、全く正気なのかも知れない。身についてしまった習慣的行為かも知れない。とすれば、これまでになるのには、周囲の浅はかな好奇心とずい分戦わねばならなかったろう。それほど彼女の悲しみは深いのか。
異様な会食は、極く当り前に、静かに、敢えて言えぱ、和やかに終ったのだが、もし、誰かが、人形について余計な発言でもしたら、どうなったであろうか。私はそんな事を思った。』




【小林秀雄プロフィール】

http://www.shinchosha.co.jp/sp/writer/1511/



rohengram799 at 11:23|この記事のURLComments(6)
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