四十九日

2016年04月22日

暮雲便りNo.24:かりそめの御霊

前回に続き『お遍路ガールズ』の話です!


主人公ともいえる千春は、かなりな「妄想女子」……勝手に他人の人生を想像してお遍路中の辛さや苦しさをまぎらわせたりする……イヤだ、私の仲間じゃないのぉ! 同行していた琴美になんで小説家になろうと思ったか訊ねられて、昔から本は好きだったけれどきっかけは手の皮だという……ハテ(´・ω・`)? 


高校時代に好きだった野球部の男子がいてテキトーな理由をつけて、素振りをやり過ぎてむけた手の皮をもらう千春。「それで手の皮たべちゃったの?」と言う琴美もどうかと思うのですが( ̄0 ̄;) もちろんそんなことはせずに、毎晩それを握り締めながら妄想デートに浸り、それをノートに書き込んだのがキッカケなんですと! まぁよくあることですよね!ねっ(◎-◎;)



さてさて……タイトルにつけた「かりそめの御霊」という言葉でなんとなくわかるように想像以上にファンタジーな物語だったんです。ちょっとネタバレ気味ですが、この世に強い未練がある人は生き返ることが出来るらしい。ただし生きていられるのは四十九日。その間は、自分が死んだ人間であることを言ってはいけないし、身内や知り合いに会う場合も身分を偽らなくてはならないという決まりがあります。もしルールを破ったらすぐこの世から消えてしまうし、成仏も出来ません。四国のお遍路さんはそういう人たちに会う確率が高いらしく……登場人物の誰がかりそめの御霊なのか、読み進めるとそれも気になるし、自分はこのままでいいのかなと、自問自答したり……。


この作品には出てきませんが、「生身魂(いきみたま)」というのも聞いたことがあります。始まりは鎌倉時代にさかのぼるらしいです。お盆は故人の霊を供養するだけでなく、生きている年長の者に礼をつくす日でもありました。新盆のないお盆を生盆(いきぼん、しょうぼん)と言ってめでたいものと考えます。目上の父母や主人、親方などに物を献じたり、ごちそうしたりして……その人たちやその儀式を「生身魂」と言ったそうです。



『人間って色んな気持ちを味わったり、体験するために生まれてきたんじゃないかなぁ。生きるって、酸素のおやつを与えられた、遠足みたいなもんだよ』



♪この坂どこまで続くのか~上り坂~お前と歩きたかった 


こんな歩き遠足なんだろうなぁ(ふきのとうの“風来坊”を知っている人はいるのか……古いぞ!)……その日が来るまで、休み休みではありますが、たくさんのやさしさを貯金しながら歩いていきたいと思いました。何年かしたら私もラクラク、公共機関を利用してお遍路さんになっているかもしれません(*´∀`)♪






rohengram799 at 10:00コメント(4) 
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