空のお城通信~オスカー戯言日記~

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タグ:墓碑銘

『さようなら』 千葉綾音さん(小6)

友達にさようなら
学校でさようなら
でも
学校でのさようならは二つあって
一つは毎日言って、もう一つは感謝の気持ちをこめて
ほがらかに言うものなんだよ



読売新聞の「こどもの詩」コーナーに載っていたこの詩を読んで、谷川俊太郎さんの『ありがとうの深度』を思い出しました。


心ここにあらずで
ただ口だけ動かすありがとう
だだ筆だけ滑るありがとう
心得顔のありがとう
心の底からこんこんと
泉のように湧き出して
言葉にするのももどかしく
静かに溢れるありがとう
気持ちの深度はさまざまだが
ありがとうの一言に
ひとりひとりの心すら超えて
世界の微笑みがひそんでいる



「さようなら」や「ごめんなさい」の深度もさまざまなんだろうなぁ、と言葉を入れ替えて考えてみたりして(^。^;) 私が印象に残っている「さようなら」は、応援していた宝塚の娘役さんが退団する時にくれた挨拶状にあったこの文章です。

『さようなら、という言葉には、今までありがとうございましたというお礼の意味と、これからもお互いがんばりましょうという意味があると思います。』


そして第450号:サヨナラのおまじないに書いた歌詞ですね。今でもこの歌は大好きです。



テレビで「さようなら」は永遠のお別れみたいだから、今は使わなくなっていて死語に近いと言っていました。友だちだったら「バイバイ」「またね」とかで仕事関係だと「お疲れさまです」を使って「さようなら」は、ほとんど言わないそうです。前にも書いたと思いますが「さようなら」は「左様ならば(さやうならば)、これでお別れしませう」が略されたもの。「左様ならば」は「そういうことならば」「それでは」との意味。「さようなら」の後に「またね」をつけたら、さみしさやかなしさが薄まる気がするんだけれど……それは私だけ? 



……なんてことをダラダラ考えていたら今日の読売新聞・編集手帳に『さようならの事典』から引用した一文がありました。『さようならの事典』(編集 窪田般彌・中村邦生)は別れをテーマに英米仏の映画や小説、偉人などの言葉をまとめた事典。「原文と訳に加え編集者の解説が載った味わい深い一冊」らしい。この事典については2008年1月1日付の編集手帳にすでに登場していました。

……(前略)正月はマラソンランナーの給水ポイントに似ている。処世の山坂で雨に降られ、ときに転倒しながら、へとへとになってたどり着く。水分を補給して生き返り、また走らねばならない(略)作家アルフォンス・アレーは書いている。「大時計のチクタクという音は、まるで時をかじるネズミのようだ」と(「さようならの事典」より)。今年もネズミたちは容赦なく時をかじり、走れ、走れと、鬼コーチのように尻をたたくだろう(後略)……


この年はネズミ年だったのですね(笑) ちなみに今日のは夫人が存命中に墓石に彫る言葉を考えた17世紀英国の詩人ジョン・ドライデンの言葉でした。

《ここに葬られしはわが妻。安らかに妻を眠らせたまえ! 今ようやく妻は心安らぐ、私もまたしかり》


彼はこれを実行出来たのか、反対に妻が“わが夫”と書き換えて刻んだのか……気になるところではありますが(笑)「さよならは誰に言う?」「さよならは悲しみに」……で千葉県知事のこの歌で今日はおさらば!(クダラナイ話につきあわせてごめんなさい!いつもありがとうございます!)……(´・ω・`)/~~



♪さみしさも悲しさも
いくたびか出逢うだろう
だけどそんな時でも
さらば涙と言おう




昨日は有川浩さんの『ストーリー・セラー』を読みました。プレゼントのようにリボンをかけた装丁が気にいって買ったのですが、もう本が好きな人、読むのが好きな人、書くのが好きな人にはわかる!わかる!の連発(笑)ではないでしょうか~テンポもよくて、多分他の作家さんだったら「もう少し肉付けが欲しいよなぁ」と思ってしまうかもしれないのですが、そんな余分な脂肪はいらん!ってくらい、まとまっていて読ませる! 「若干ホラーのつもりだったんですが、純愛ものと言われることが多いんです」と有川さん自身が雑誌の対談で話されていましたが、確かに見開きいっぱい、びっしりの文字にはウワッ((((;゜Д゜)))となりました。しかし、それもまた愛ゆえと納得してしまう(笑)


固有名詞がなく「彼」「彼女」で語られるSide:AとSide:Bのお話。どちらも二人の夫婦に関する話で、 奥さんは人気の女流作家、もう1人はその旦那という設定になっています。 どちらの作品でも、作家の一番のファンであり理解者はその旦那さん。 Side:Aなんですが、女流作家が奇病にかかり亡くなるという話で、Side:Bは女流作家の旦那が亡くなる話。 またBの方では先に書かれたAは、実はこの女流作家が 書いた話だったということになっていて……ラストにはう~ん、となりました。


実際、有川さんが作家になるきっかけは、「ストーリーセラー」の中の場合と同じで、彼女の夫が有川さんの書いたものを読んで「彼女は絶対に作家になれる」と思ったことがきっかけだったとか……あまり作家の私生活に興味がないので「有川さんは既婚者なのか」とマヌケに思った私でした(^o^;)


《書いた愛した生きた》というスタンダールの墓碑銘に刻まれた言葉がうかんでくるような一冊だわぁ……という余韻があったので、ちょっとスタンダールを検索したら(本のタイトルは知っているけれど読んだことはない)戸籍上の名前は、マリ・アンリ・ベール(Marie Henri Beyle)というそうです。墓碑銘はナゼかイタリア風にアッリゴ・ベイレ……どうも彼はイタリアかぶれだったよう。「イタリア人は音楽が好きだから劇場に行く。フランス人は自分の趣味の良さ・鑑識眼の高さをひけらかしに劇場に行く」「フランスでは、愛よりも虚栄心・機知のほうが大切だ」とか、そんな意味の言葉が残されているそうな(;^_^A



そして「墓碑銘」で思い出すのはリルケ。友人のために庭の薔薇を摘んでいるときに棘に刺され、それが原因の敗血病で亡くなりました。生前に書いた三行詩を自らの墓碑銘に刻むよう言い遺しましたが、これを日本語に訳したのはなんかへんな感じなので、こちらはパスして(^^;)(;^^) 私の脳内で「黄色の薔薇は弔いの花」が出来たきっかけになった詩をご紹介して、本日はこれにてオサラバ(古い!)いたします。皆さま、どうぞ良い1日を!



この黄色い薔薇の花は
昨日あの男の子が私にくれた花
今日私は貰ったばかりのその花を
出来たばかりのその子の墓に供えに行く
葉にはまだ小さな雫がいくつも光って
ごらん 雫も今日は涙
昨日は露であったのに




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