太宰治

2018年10月03日

稲熟雲便りNo.4:春の昼に

前の記事に「春」の俳句を紹介したので、Kindleでダウンロードしてそのままにしておいた、太宰治の『春昼(しゅんちゅう)』を読んでみました。思った以上に短かかった(笑) 随筆というより日記みたい。


下記ブログでこの作品の舞台になった甲府の武田神社と『春昼』が読めます。


http://blogokmy.neoya.net/?eid=818593



武田神社は高校時代、強歩大会のスタート地点でした。朝、電車に乗って甲府まで行きましたよ~花の乙女、JKがなぜこんな山を越えるのだ!って感じでゴールの高校を目指しました。今は共学になったけれど、25㎞くらい走っているようです。中学の時も峠を越えたな(´~`;)



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2018年09月25日

菊咲雲便りNo.14:あんチャ~ンス!

昨晩は十五夜でしたが、今日は満月。朝はうっすら陽も射していたのに、天気予報通り雨になってしまいました。猛烈な台風24号、もう日本に来ないで~!と思っています。



さてさて、この前太宰治の『チャンス』という短編を読みました。「人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。私は別段、れいの唯物論的弁証法に媚こびるわけではないが、少くとも恋愛は、チャンスでないと思う。私はそれを、意志だと思う。」で始まる、太宰の恋愛についてのアレコレが笑えます!



・・・よくキザな女が「恋愛抜きの愛情で行きましょうよ。あなたは、あたしのお兄さまになってね」などと言う事があるけれど、あれがつまり、それであろうか。しかし、私の経験に依よれば、女があんな事を言う時には、たいてい男がふられているのだと解して間違い無いようである。「愛する」もクソもありやしない。お兄さまだなんてばからしい。誰がお前のお兄さまなんかになってやるものか。話がちがうよ。・・・



他にもきれいなおねーさんがいいよっているのに、寒雀の丸焼きを食べることに気持ちがいってしまい、どうにかして食べたい!と思案する様子とか、ウヒャヒャであります。



太宰治「チャンス」

https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/244_20157.html




あと「お兄さま」で、昔読んだ池田理代子センセの漫画『おにいさまへ・・・』を思い出しました。今の理代子センセは絵柄がゴツくなってしまい、キラキラ感がなくなり悲しいです。


https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/sho-kitagawa/entry-12260602405.html%3Fusqp%3Dmq331AQECAEoAQ%253D%253D



こちらのブログ記事を書いている、きたがわ翔さんの漫画も好きです~ 活字もいいけど、漫画もね!な「読書の秋」を皆さまも楽しんで下さいませ♪(o・ω・)ノ))



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2018年08月18日

炎昼雲便りNo.28:ア、秋

8月も後半、暑さはまだまだありますが、空も秋めいてきましたね~青空文庫で太宰治の綺麗な文章を見つけました。ちょっとオチャメなところもあって、ふふっ、と笑ってしまいますが。タイトルは『ア、秋』。以下、全文です。




【本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。
「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調べるのである。
 トンボ。スキトオル。と書いてある。
 秋になると、蜻蛉とんぼも、ひ弱く、肉体は死んで、精神だけがふらふら飛んでいる様子を指して言っている言葉らしい。蜻蛉のからだが、秋の日ざしに、透きとおって見える。
 秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。と書いてある。焦土である。
 夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠。とも書いてある。
 コスモス、無残。と書いてある。
 いつか郊外のおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓の上の古いグラフを開いて見て、そのなかに大震災の写真があった。一面の焼野原、市松の浴衣ゆかた着た女が、たったひとり、疲れてしゃがんでいた。私は、胸が焼き焦げるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾をさえ感じました。悲惨と情慾とはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野のコスモスに行き逢うと、私は、それと同じ痛苦を感じます。秋の朝顔も、コスモスと同じくらいに私を瞬時窒息させます。
 秋ハ夏ト同時ニヤッテ来ル。と書いてある。
 夏の中に、秋がこっそり隠れて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱にだまされて、それを見破ることが出来ぬ。耳を澄まして注意をしていると、夏になると同時に、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗ききょうの花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見するし、蜻蛉だって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。
 秋は、ずるい悪魔だ。夏のうちに全部、身支度をととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼けいがんの詩人になると、それを見破ることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見ると、ふびんに思う。もう秋が夏と一緒に忍び込んで来ているのに。秋は、根強い曲者くせものである。
 怪談ヨロシ。アンマ。モシ、モシ。
 マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。
 路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原。
 よく意味のわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりであろうが、僕自身にも書いた動機が、よくわからぬ。
 窓外、庭ノ黒土ヲバサバサ這はイズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ていニハ非ズ。と書かれてある。
 これを書きこんだときは、私は大へん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決して忘れない。けれども、今は言わない。
 捨テラレタ海。と書かれてある。
 秋の海水浴場に行ってみたことがありますか。なぎさに破れた絵日傘が打ち寄せられ、歓楽の跡、日の丸の提灯ちょうちんも捨てられ、かんざし、紙屑、レコオドの破片、牛乳の空瓶、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。
 緒方サンニハ、子供サンガアッタネ。
 秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。
 飛行機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。
 これもなんだか意味がよくわからぬが、秋の会話を盗み聞きして、そのまま書きとめて置いたものらしい。
 また、こんなのも、ある。
 芸術家ハ、イツモ、弱者ノ友デアッタ筈はずナノニ。
 ちっとも秋に関係ない、そんな言葉まで、書かれてあるが、或いはこれも、「季節の思想」といったようなわけのものかも知れない。
 その他、
 農家。絵本。秋ト兵隊。秋ノ蚕カイコ。火事。ケムリ。オ寺。
 ごたごた一ぱい書かれてある。】




「秋は、ずるい悪魔だ。」ここが一番好き(≧▽≦) こんな風に季節を表現出来る感性が欲しい~!



オカルト系漫画雑誌の『ほん怖』9月号に『視えるんです』というスピリチュアル漫画を連載している伊藤三巳華さんと、ホラー漫画家の伊藤潤二先生の文学スピ☆散歩の特集がありました。カラー記事と漫画で取り上げられた作家は太宰治。玉川上水や三鷹のお墓にお参りに行ったり・・・。



作品の中で太宰の霊(信じる信じないは人それぞれ)は自分のことを「不完全な欠けたコップとして生まれてきてしまった だからいくら水を注がれても満たされることができないのだ」と言っていました。また伊藤潤二先生は『人間失格』を漫画化したので(読んでみたい)何か一言といわれて「・・・物書きたるものは”博愛であれ“」と。


まだ本屋さんにあると思うので(奇数月発売)他の作品は怖くて読まなくても、この太宰治を描いたところは読んでもらいたいなぁ、と思います。三巳華さんの描いた太宰は可愛らしいです。


https://mobile.twitter.com/i/web/status/1021959928506773504







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2018年02月26日

恵風雲便りNo.17:心の王者

オリンピックも終わりましたね。開会式も閉会式も競技もほとんど見ることがなく、ワイドショーのまとめなどで「おー!!」と思っていました。しかし、インタビューの時に、的はずれというかアホっぽい質問や泣かせよう的なことを訊いたり言ったりするのはやめて欲しいですね。



Twitterでは作家さんのオリンピック関連のショートショートが何作かあがっているようで、私も読みました。最近は脳内三波春夫さんの『東京五輪音頭』がリフレインです(笑)




さてさて、今朝は青空文庫で太宰治の『心の王者』を読みました。短いのですぐ読めます。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/18346_12212.html


シルレルって誰だ?と思ったら、ゲーテと仲良し😃🍒😃のシラーのことでした。


https://4travel.jp/travelogue/10838275


彼の詩は読んだことがないかも。『地球の分配』という作品、気になります。


http://www.tsushin.keio.ac.jp/column/entry/000282.html



♪慶応 慶応 慶応 陸の王者 慶応~

この応援歌は『若き血』ですが『陸の王者』と思っている人が多いかも。Wikipediaによると【歌詞の最後にある「陸の王者」は「りくのおうしゃ(清音)」が正しいといわれている。実際、 藤山は、そう歌っていた。しかし、一般には「おうじゃ」と濁音で歌われている。また、応援する競技によっては「水の王者慶應」「雪の王者慶應」「空の王者慶應」と変化する。】とありました。



まだまだ受験が控えている学生さんたちもいるでしょう。ゆたかな心で貪欲にいろんなことをつかみとって欲しいです~私はもう忘れっぽくなってしまいましたけど(;´д`)





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2017年06月21日

さくも便りNo.14:田舎者

『田舎者』という太宰治の短すぎる話を読みました。



『私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。今官一とは、同郷であります。彼も、なかなかの、田舎者ですが、私のさとは、彼の生れ在所より、更に十里も山奥でありますから、何をかくそう、私は、もっとひどい田舎者なのであります。』



・・・・・自己紹介の最初の部分だけ書き出したような(笑) ここに出てくる今官一(こん かんいち、1909年(明治42年)12月8日 - 1983年(昭和58年)3月1日)という人も小説家でした。


早稲田大学露文科中退。同郷出身の太宰治と親しく、桜桃忌の名は今によって名付けられた。1956年(昭和31年)、『壁の花』で第三十五回直木賞を受賞。また、レイテ沖海戦でただ一艦帰還した戦艦「長門」の乗り組水兵1200人、生き残ったのは僅か30数名、その中の一人でもあるそうです。


彼の作品も読んでみたくなりました。太宰との交流も気になりますし、洗礼も受けていたようです。


彼の命日は「幻花忌」。色紙などによく「花まぼろしの世にあらば 世も幻の花ならん」と書いていたそうです。幻の花というと、昔むかし、新撰組ミーハー、土方さんミーハーしていた時に「幻花」という話を同人誌に書いたのを思い出しました。うわっ、恥ずかし~(*/□\*)







rohengram799 at 21:41|PermalinkComments(4)
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