備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています(⁠๑⁠˙⁠❥⁠˙⁠๑⁠)

【空のお城通信〜オスカー戯言日記〜】(2010.3.17〜2021.10.31 )からタイトルを変更。(2021.11.7〜)

太宰治

恵風雲便りNo.17:心の王者

オリンピックも終わりましたね。開会式も閉会式も競技もほとんど見ることがなく、ワイドショーのまとめなどで「おー!!」と思っていました。しかし、インタビューの時に、的はずれというかアホっぽい質問や泣かせよう的なことを訊いたり言ったりするのはやめて欲しいですね。

Twitterでは作家さんのオリンピック関連のショートショートが何作かあがっているようで、私も読みました。最近は脳内三波春夫さんの『東京五輪音頭』がリフレインです(笑)


さてさて、今朝は青空文庫で太宰治の『心の王者』を読みました。短いのですぐ読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/18346_12212.html

シルレルって誰だ?と思ったら、ゲーテと仲良し😃🍒😃のシラーのことでした。
https://4travel.jp/travelogue/10838275


彼の詩は読んだことがないかも。『地球の分配』という作品、気になります。
http://www.tsushin.keio.ac.jp/column/entry/000282.html



♪慶応 慶応 慶応 陸の王者 慶応~

この応援歌は『若き血』ですが『陸の王者』と思っている人が多いかも。Wikipediaによると【歌詞の最後にある「陸の王者」は「りくのおうしゃ(清音)」が正しいといわれている。実際、 藤山は、そう歌っていた。しかし、一般には「おうじゃ」と濁音で歌われている。また、応援する競技によっては「水の王者慶應」「雪の王者慶應」「空の王者慶應」と変化する。】とありました。


まだまだ受験が控えている学生さんたちもいるでしょう。ゆたかな心で貪欲にいろんなことをつかみとって欲しいです~私はもう忘れっぽくなってしまいましたけど(;´д`)



さくも便りNo.14:田舎者

『田舎者』という太宰治の短すぎる話を読みました。


『私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。今官一とは、同郷であります。彼も、なかなかの、田舎者ですが、私のさとは、彼の生れ在所より、更に十里も山奥でありますから、何をかくそう、私は、もっとひどい田舎者なのであります。』


自己紹介の最初の部分だけ書き出したような(笑) ここに出てくる今官一(こん かんいち、1909年(明治42年)12月8日 - 1983年(昭和58年)3月1日)という人も小説家でした。

早稲田大学露文科中退。同郷出身の太宰治と親しく、桜桃忌の名は今によって名付けられた。1956年(昭和31年)、『壁の花』で第三十五回直木賞を受賞。また、レイテ沖海戦でただ一艦帰還した戦艦「長門」の乗り組水兵1200人、生き残ったのは僅か30数名、その中の一人でもあるそうです。


彼の作品も読んでみたくなりました。太宰との交流も気になりますし、洗礼も受けていたようです。

彼の命日は「幻花忌」。色紙などによく「花まぼろしの世にあらば 世も幻の花ならん」と書いていたそうです。幻の花というと、昔むかし、新撰組ミーハー、土方さんミーハーしていた時に「幻花」という話を同人誌に書いたのを思い出しました。うわっ、恥ずかし~(*/□\*)

夢雲便りNo.16:クリスマス★ローズ

今日は朝から伊坂幸太郎さんの『クリスマスを探偵と』を読みました。単行本未収録作品で、電子書籍で・・・伊坂さんが学生時代に書いたものをリメイクしたもので、30分もあれば読めます。サンタクロースにはいろんな説がありますが、この伊坂説(?)も加えて欲しいですね~寒い日にあったかいキモチになれる話です。やっぱりクリスマスシーズンに読みたかったなぁ・・・(´;ω;`)



さてさて・・・『失楽園』と言えば渡辺淳一さんですが、太宰治はそれより前に『失敗園』を書いていたのはご存知でしょうか? 大宰宅での出来事なのか、よそのお宅の話なのかはわかりませんが、とにかく失敗なんですね~家庭菜園にみのりがなくて、そこに植えられたニンジンやネギなどの嘆きのモノローグ集です。


ヘチマの棚を作るのに、夫婦喧嘩になり・・・ダンナさんが作ったけれど、どーもイマイチ・・・そして薔薇もあるのですが、女王さまの愚痴をお聴き下さい!


「ここの庭では、やはり私が女王だわ。いまはこんなに、からだが汚れて、葉の艶つやも無くなっちゃったけれど、これでも先日までは、次々と続けて十輪以上も花が咲いたものだわ。ご近所の叔母さんたちが、おお綺麗と言ってほめると、ここの主人が必ずぬっと部屋から出て来て、叔母さんたちに、だらし無くぺこぺこお辞儀するので、私は、とても恥ずかしかったわ。あたまが悪いんじゃないかしら。主人は、とても私を大事にしてくれるのだけれど、いつも間違った手入ればかりするのよ。私が喉が乾いて萎れかけた時には、ただ、うろうろして、奥さんをひどく叱るばかりで何も出来ないの。あげくの果には、私の大事な新芽を、気が狂ったみたいに、ちょんちょん摘み切ってしまって、うむ、これでどうやら、なんて真顔で言って澄ましているのよ。私は、苦笑したわ。あたまが悪いのだから、仕方がないのね。(以下略)」



私が一番笑ってしまったのは、叔母さんたちに「えへ! ありがとうございます~どーも、どーも」的に頭を下げている場面! なんかその場面が浮かんできて・・・戸建てのお家とかだったら、今でもこんな光景が見られそうです! この話も青空文庫で読めます。



寒さがきびしい毎日ですが、水仙など咲き始めて、ハクモクレンのツボミも大きくなってきて、少しずつ春がやってきていますね。 クリスマス・ローズも咲いています(^ω^)


今日1日、どうぞ穏やかに過ごせますように(о´∀`о)ノ


布雲便りNo.27:女ごころ

去年の春に読んでから、半分くらいで放置いた太宰治の『女生徒』を読み終わりました。関連記事はコチラ→桜雲便りNo.2:女学生…(^.^)



どの短編も女性の一人称で書かれています。戦中・戦後の暗い時期でも人々の暮らしや思うこと、感じることなど今と変わらないんだなぁ、と思いながら読みましたが、中でも『雪の夜の話』は挿話があり、印象的でした。
 

東京で兄夫婦と暮らすしゅん子が、妊娠している姉のためにスルメを持って帰ろうとする。しかし、積雪の中へ落としてしまい、代わりに美しい雪景色を目に焼き付けて帰るというお話です。その中で、デンマークの水夫の話が出てくるのです。


《むかし、デンマークの或るお医者が、難破した若い水夫の死体を解剖し、その眼球を顕微鏡で調べると、網膜に美しい一家団欒の光景が写されていた。友人の小説家にそれを報告したところ、その小説家はたちどころにその不思議の現象に対し次のような解説を与えた。その若い水夫は難破して怒濤に巻き込まれ、岸にたたきつけられ、無我夢中でしがみついたところは、燈台の窓縁であった。ああ、よかった! 助けを求めて叫ぼうとして、ふと窓の中をのぞくと、燈台守の一家がつつましくも楽しい夕食をはじめようとしているところだった。ああ、いけない。今「助けてえ!」と凄い声を出して叫ぶとこの一家の団欒が滅茶苦茶になる……そう思ったら、窓縁にしがみついた指先の力が抜け、また大浪が来て水夫のからだを沖に連れて行ってしまった……たしかにそうだ、この水夫は世の中で一番優しく、そして気高い人なのだ。医者もそれに賛成したので、二人でその水夫の死体をねんごろに葬ったという。》


物語は青空文庫のサイトで読めます。また感想が書かれたブログも空腹の少女小説――太宰治「雪の夜の話」などいくつかありました。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1573_34633.html



網膜に残された光景で、北 一輝(きた いっき)の義眼を思い出しました。中国の革命運動に参加し中国人革命家との交わりを深めるなかで、中国風の名前「北一輝」を名乗るようになります。右目は義眼 。このことから「片目の魔王」の異名を持つことに。二・二六事件 の理論的首謀者とされ、処刑されますが、久世光彦さんの『陛下』という小説に、右の義眼の裏に天皇の肖像を貼り付けている(もちろんフィクションですが)という場面があります。「私は生きている左目で、曠野を見ています。その代わり、見えない右目で、陛下を真っすぐに見ているのです」………ヒャー!久世さんらしいと言えばらしい耽美な場面でドキドキしました( 〃▽〃) 関連記事はコチラ→桜雲便りNo.13:混乱するあずさ号(;゜∇゜)



話をもどしまして……デンマークのお話ということは、アンデルセン童話なのかと思いましたが、どうもハッキリしません。ただ太宰は『一つの約束』という随筆でこれと同じ話を紹介しているそうです。結構お気に入りだったのかしら?


他には『おさん』という子どもたちと疎開している間にダンナが浮気をしていて、その相手と無理心中…という話がありました。ダンナに「(前略)ひとを愛するなら、妻を全く忘れて、あっさり無心に愛してやって下さい。」と小声でいう場面があり、東野作品の不倫にはなんかウンザリしていた私はちょっとスッキリした気分になりました(笑)


また『貨幣』という紙幣が語り手の話もおもしろかったし(貨幣は女性名詞になるらしい)『饗応夫人』は、お客さまを病的に、身を削ってでも、もてなさないと気のすまない未亡人が出てきます。お手伝いさんがその女主人について語る設定です。玄関のベルが鳴り、饗応するほどの縁もゆかりもない、笹島という男がやってくると夫人は「泣くような笑うような笛の音に似た不思議な声を挙げ」て接待に狂奔するのです。彼ひとりでなく男も女も連れてきたり、泊まったり、ワガママでやりたい放題。接待のせいで、財産をかなり減らし、身体まで悪くなり……夫人が苦痛を感じつつも、もてなさずにはいられないという脅迫的な心の一部は、太宰自身にもあったのか? この夫人のモデルは画家だったそうで、子供はいなかったらしいのですが、親類の女性はじっさいにとてもいい方だったと話していたそうです。


「ごめんなさいね。私には、出来ないの。みんな不仕合せなお方ばかりなのでしょう? 私の家へ遊びに来るのが、たった一つの楽しみなのでしょう。」つまり彼女は自分も夫を戦争で失っているにも拘らず、笹島たちの不幸を思うと自分は幸せであり、また彼らの唯一の楽しみは自分の家に来て遊ぶことである。それを奪うことは自分にはできない、と言うのです。この彼女の強い意志はラストにも表れています。このままでは身体を壊してしまうという女中の言葉に従い、奥さまは家を離れることにしたのですが、タイミング悪くその日に笹島がやってきて……彼らのことをもう一度思い返し、その場に留まり、もてなすことを決心し、切符をふたつに破った奥さま……!! 「奥さまの底知れぬ優しさに呆然となると共に、人間というものは、他の動物と何かまるでちがった貴いものを持っているという事を生れてはじめて知らされたような気がし」て自分も切符を破ってしまいます。なんというか、無償の愛というのとも違うけれど、ここまで出来る人もいない気がしました。今だと強迫観念とか強迫神経症とか言われてしまうのかな……なんともいろんなことを考えさせられた作品でした。


『女生徒』に収められた14の短編は「太宰ねぇ…」という、教科書でしか読んだことのなく、あまり興味がないなぁ~な、私のような人間にはチョー読みやすくてオススメです(≧∇≦)




暮雲便りNo.5:伊豆の踊り子

ダンナが職場の人から『伊豆 踊り子まんじゅう』という、モミジがサクラに変わりました!(笑)なおみやげをいただいてきました~渋いお茶によく合います(´∇`)


「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」


有名な川端康成の『伊豆の踊り子』の冒頭部分ですが、ナゼか私の頭は「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」を思い出しているのでした……伊豆は『雪国』じゃないだろ!


実は私、この2作品を読んだことがありません。ダンナに「伊豆の踊り子だとまだあどけない女の子がうかんでくるけど、熱海の踊り子だとなんか艶っぽい芸者さんのイメージだよね( 〃▽〃)」なんて言うくらいのおバカさんです。


百恵ちゃんと友和(なぜか呼び捨て)の映画も観たことがないので、彼らの名前も年齢も知りません。ちょっと検索したら学生さんは「二十歳の私は自分の性質が孤児根性で歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい憂鬱に堪え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった」そうで、踊り子の名前は薫ちゃん、14歳だった……ついつい♪カオルちゃん、遅くなってごめんね……と歌いたくなってしまう(◎-◎;) それほど長い話ではないようなので、これを機会に読んでみたいと思います。


おみやげを手にした時に♪さ~よならも~言えず~泣いている~私の~踊子よ~ああ~船が出る~とオンチ全開で歌ってしまったのですが、ずっと近江俊郎さんの歌だと思っていたら違いましたわ。♪伊豆の山々~月淡く~の『湯の町エレジー』と一緒になっていたようです。どちらも完璧に懐メロですな( ̄0 ̄;)



話はかわりますが、表題作の『女生徒』だけ読んでほったらかしにしておいた太宰治の短編集をまた読んでいます(^_^;) 太宰は本当に女心をうまく綴りますね。なんでこんなにわかるの~ってくらい(笑) 太宰も教科書で習ったものくらいしか読んでいないので、彼の作品もまた少しずつ読んでいきたいです。津軽の桜も美しいでしょうね。



明日も「踊り子」さんは登場するでしょうか~? どうぞよい1日を(*´∀`)ノ



メッセージ

名前
メール
本文
記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

オスカー

QRコード
QRコード