安積山

2012年08月04日

あかね雲便りNo.112:お祭りの夜

♪泣かない約束をしたばかりなのにもう涙 ひとりでお祭りの人ごみを逃れて…


小柳ルミ子さんの『お祭りの夜』名曲ですな~これを歌っていた頃のルミちゃんは可愛かったのに…(´д`)


今日は近くの公園で夏祭り~最近は企業がらみのお祭りで地域の住民の親睦みたいなのは薄れてきた気がします。中学生くらいまでは楽しめるのかも……浴衣姿のコたちが好きな男の子でもいるのかきゃい♪きゃい♪している姿を見かけました。ああ、青春!!(*^^*)


郡山市では2日から今日まで《うねめ祭り》開催だとか。以前第565号:花うつくしく木の実あまくで安積山を詠んだ歌のエピソードを書きましたが、その後こんな悲劇があったようです。


王は大変喜び、歌を詠んだ春姫を帝の采女として献上することを条件に「貢物を三年間免除すること」とします。春姫には次郎という相思相愛の許嫁がいたのですが……辛い決断をし、都へ(/_;)/~~都で帝の御蘢愛を受けていた春姫ですが、仲秋の名月の日、次郎に逢いたくて逢いたくて、猿沢の池畔の柳に衣をかけ入水したように見せて、愛する彼の待つ安積へ向かいます。しかし……里にたどりついた春姫に知らされたのは、次郎の死でした。彼女は雪の降る夜、次郎と同じ山の井の清水に身を投げたのです。


やがてみちのく安積の里にも春が訪れました。山の井の清水のまわり一面に名も知れぬ薄紫の美しい可憐な花が咲き乱れています。「二人の永遠の愛が地下で結ばれ、この花になったのだ」と人々は口にしたそうな…。「安積の花かつみ(学名ヒメシャガ)」とはこの花のことで、この采女物語は、郡山の夏の夜を彩どるうねめまつりとして受けつがれているそうです。


昭和40年に安積郡9カ町村が郡山と合併し、市民が一体となれるまつりをおこしたいということで、郷土の伝説である釆女物語を主題とした『うねめまつり』が誕生しましたが、奈良市でも釆女物語が残されていて、毎年仲秋の名月の晩には『釆女祭』が猿沢の池で行われているそうです。これが縁で郡山市と奈良市は昭和46年、姉妹都市を締結、毎年8月には奈良市から親善使節団が郡山市を訪れ、また仲秋の名月には郡山市から親善使節団が奈良市を訪問、両市の交流を深めているそうです。


人に歴史あり、祭りにも歴史あり……ですね。しかし、なぜ兄弟都市でなく姉妹都市っていうのかしら…ゴロがいいから?(^_^;)イヤイヤ、こちらをどうぞ!


http://www.clair.or.jp/j/exchange/shimai/ans02.html




rohengram799 at 17:30コメント(10) 

2011年09月03日

第565号:花うつくしく木の実あまく

『福島は花うつくしく木の実あまく秘めしをみなの歌多き国』(国分 妙)


読売新聞の読者投稿で見つけてから、ずっと気になっていた短歌です。


選者の方が「万葉集や古今集序文でも有名な安積山(あさかやま)の采女(うねめ)の歌が連想される」と書いていて「なぁに?知らないわ~」と思っていたのをやっと調べました!1ヶ月も経ってしまった('~`;)


安積山は、逢瀬町(おうせまち)の額取山(ひたいどりやま)説と、日和田町(ひわだまち)の安積山をさす説があるそうです。


8世紀前半、葛城王が陸奥国を訪れた時に、もてなしが足りなかったため葛城王は不機嫌になってしまいました(´д`)お貴族さまは、いばりんぼだわ~!!


しかし、采女であった女性が次のような『安積山の歌』をよんでもてなしたところ、機嫌がなおったと万葉集に記されているそうです。


『安積山 影さへ見ゆる 山の井の 浅き心を わが思はなくに』


歌の意味は…安積山の影をうつす山の清水は、深くはないけれど澄んでいます。私たちはそのような清い心で精一杯のもてなしをしているのです…。


ちなみに「采女(うねめ)」とは、天皇のそばに仕える役職のことで、地方の郡司の姉妹や娘からえらばれたようです。きっと美人だったんでしょうが、やはり「まごころ」が通じたのではないかと思います。


「心もしらべも美しい歌を吟じてすがしがしく生きて下さい。」という言葉は郡山にお住まいの作者の方だけでなく、私も勇気づけられました。


季節は芸術の秋~まだまだ残暑厳しいですが(--;)美しい日本の言葉と風景と心を持ち続け、語り継いでいきたいですね♪




rohengram799 at 22:42コメント(17) 
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