空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:小池昌代

森下秋露さんの

プールサイドに尻の跡あり皆立てば


寒い時期なのに、高校時代の夏のプールの授業を思い出してしまった。私は女子高だったので、同級生男子の視線を気にして云々……はなかったけれど(笑) プールがない(授業もない)高校もあるのだということにショーゲキを受けたらこともありました。どこの学校もあると思っていたので。保育園にもあったし。



若者の読解力低下問題について、金曜日(12/6)読売新聞・編集手帳にこんな子とが書かれていました。(前半は略)


◆若者の読解力が低下傾向にある問題で、テレビのコメンテーターが話していた。短い文章でも理解の練習になるのだから、SNSを教材に取り込んだらどうかと。ちょっと違うのではないかと思った。長文というものは概して前に書いてあることが後段に響くように作られている。どんどん理解の深まる構造になっており、会話に似た短文のやり取りとはかなり異なるものであろう◆もし読解に悩む人に相談されたら、こう言う。まず好きな本を見つけよう。後半になればなるほど面白いから。


翌日の一面『国語力が危ない 「読む・書く」の今 下』では


……「本来の結末よりわかりやすい」「登場人物の性格とセリフが合っていない」
10月下旬。埼玉県立大宮高校。三年の国語で、過去の大学入試センター試験に出た小池昌代さんの短編小説「石を愛でる人」を題材にして授業が行われた。前回の授業で作品の結末を隠して読み、途中までの物語を踏まえて生徒らが結末を創作。……


「同人かよ!」と思わずツッコミを入れてしまいました。 「二次創作を授業でやっている!」と思って新聞を持つ手がふるえてしまいましたわ(≧▽≦) 完結していない物語でも、なかなか次が発売されないと「もう自分で書く!」という人もいるし、完結した物語でも「こういうラストがよかった」と書く人もいるし、続編を書く人もいるし……。『銀河英雄伝説』は作者が遅筆だったし、番外編は本編以上の冊数を出さない、続編も書かないと言ったので、完結する前もしてからも色んなタイプの作品があちこちに。同人誌→アニメ→原作小説と普通とは反対の方向でファンになった私ですが、大変楽しませていただいています(*´∀`)♪


私も高校時代は木原敏江さんの漫画『摩利と新吾』の続きを妄想して書き、夏目漱石の『こころ』をお耽美展開にして書き、新撰組ミーハーの時にはサークルに入って土方さんを書き、宝塚ファンの時は生徒さんや舞台がらみの話をチマチマと書き……現在はブログを書き(笑) なにかをカキカキφ(..)φ(..) することは止められません。最近は長編小説を一気読みする気力がないので、アンソロジーを読んでいますが、果たして読解力はあるのかないのか……(´・ω・`)?


小池昌代さんの作品は読んだことがあるけれど、摩訶不思議だったという雰囲気記憶しかない〜多分『石を愛でる人』は未読。



森博嗣先生のブログを読んで「考える」ことを「考える」クセをつけようと思いました。妄想ではなく(^^;)))


http://blog.fuyushoten.com/2019/12/blog-post_5.html?m=1

山本おさむさんの漫画に『天上の弦』という漫画があります。


http://konomanga.jp/guide/9797-2


この中にも出てきた(と記憶している)『今日は死ぬにはもってこいの日』。

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/will3104/entry-12093280493.html%3Fusqp%3Dmq331AQGCAEYASgB


そして、これを思い出すような天野忠さんの詩。小池昌代さん編著の『恋愛詩集』から。





『好日』 天野 忠



おじいさんと
おばあさんが
散歩している。
人通りの少ない公園裏の
陽のあたるおだやかな景色の中を。


おじいさんと
おばあさんが
うなぎ丼を食べている。
おじいさんがすこし残したので
おばあさんがたしなめている。


おじいさんと
おばあさんが
鳩に餌さをやっている。
本願寺さんの広い庭で
坊さん同士が鉢巻きをして喧嘩した庭で。


おじいさんと
おばあさんが
夕暮れの景色を見ている。
「すこし寒いようだね」とおじいさんが言う
「ええ すこし」とおばあさんがうなづく。


おじいさんと
おばあさんが
一つ蒲団の中で死んでいる。
部屋をキチンと片づけて
葬式代を入れた封筒に「済みません」と書いて。




小池昌代さんの言葉:
夫婦をまっとうし、けりをつける。ユーモラスに、壮絶に。日々、是、好き日なり。死ぬ日もまた。生の重みを羽根の軽さで書く。その落差にめまいがおこる名作だ。


『この世界の片隅に』漫画は読んだけれど、アニメは見ていない私、ドラマはチラチラと見ていますが、みんなスマートでキレイ過ぎるのは仕方ないのでしょうか。「傘問答」(柿問答)時代だなぁと思いました。

https://happyrico.com/konogsekai-kakimondo/




天野忠さんの『しずかな夫婦』という詩があります。 『通勤電車で読む詩集』に収められていました。編著の小池昌代さんの

【 詩のなかに、いびきをかく女房が出てくる。いや女房とは、いびきをかく者のことを言うのだ。なにしろいつも、深く疲れているのだから。結婚とは実に面倒で厭なものだ。それは確かだが、この詩を読むと、そう言い切ることに躊躇を覚える。だが同時に、この一篇が生まれるために費やされた歳月を思って、誰もが言葉をなくすだろう。人を無口にさせる名詩だ。】

という言葉が深くしずかに心に沁みていきます。





 『しずかな夫婦 』 天野 忠


結婚よりも私は「夫婦」が好きだった。
とくにしずかな夫婦が好きだった。
結婚をひとまたぎして直ぐ
しずかな夫婦になれぬものかと思っていた。
おせっかいで心のあたたかな人がいて
私に結婚しろといった。
キモノの裾をパッパッと勇敢に蹴って歩く娘を連れて
ある日突然やってきた。
昼めし代わりにした東京ポテトの残りを新聞紙の上に置き
昨日入れたままの番茶にあわてて湯を注いだ。
下宿の鼻垂れ息子が窓から顔を出し
お見合いだ お見合いだ とはやして逃げた。
それから遠い電車道まで
初めての娘と私は ふわふわと歩いた。
-ニシンそばでもたべませんか と私は云った。
-ニシンはきらいです と娘は答えた。
そして私たちは結婚した。
おお そしていちばん感動したのは
いつもあの暗い部屋に私の帰ってくるころ
ポッと電灯の点いていることだった-
戦争がはじまってた。
祇園まつりの囃子がかすかに流れてくる晩
子供がうまれた。
次の子供がよだれを垂らしながらはい出したころ
徴用にとられた。便所で泣いた。
子供たちが手をかえ品をかえ病気をした。
ひもじさで口喧嘩も出来ず
女房はいびきをたててねた。
戦争は終った。
転々と職業をかえた。
ひもじさはつづいた。貯金はつかい果たした。
いつでも私たちはしずかな夫婦ではなかった。
貧乏と病気は律儀な奴で
年中私たちにへばりついてきた。
にもかかわらず
貧乏と病気が仲良く手助けして
私たちをにぎやかなそして相性でない夫婦にした。
子供たちは大きくなり(何をたべて育ったやら)
思い思いに デモクラチックに
遠くへ行ってしまった。
どこからか赤いチャンチャンコを呉れる年になって
夫婦はやっともとの二人になった。
三十年前夢見たしずかな夫婦ができ上がった。
-久しぶりに街へ出て と私は云った。
 ニシンそばでも喰ってこようか。
-ニシンそばは嫌いです。と
私の古い女房は答えた。

    

誕生日にお祝いコメントをありがとうございました。ダンナさんには不◯家のショートケーキを3種類と『幼女戦記』(漫画・9巻)とそのスピンオフ漫画
『幼女戦記食堂』を買ってもらいました。小学生みたいですな、お恥ずかしい~!


オタ息子は「ジュースでも買いなさい」と諭吉くんではなく英世くんひとりとハーゲンダッツのギフト券をくれましたわ。


二男からはまたハイカラなものをもらいました。ロクシタンのハンドクリームセットです。下記サイトの一番最初の写真にあるヤツです。昨日、しみじみ両手を見ていたのですが、なんか通じるものがあったのでしょうか?(笑)


https://myrecommend.jp/present-to-female-08/



自分では、久しぶりに詩集を買いました。小池昌代さんが選んだ41篇の詩のアンソロジー『通勤電車でよむ詩集』です。まぁ、そんなに長い時間、電車に乗ることなどないのですが、大きさもお値段もまぁまぁお手頃で、立ち読みして気にいった詩があったたし。寺山修司さんの詩集を昨年の誕生日に買ったので、今年も・・・。出来ればこれから毎年、自分の誕生日には詩集を買いたいなぁと(笑)



またこの本の中から好きな詩や考えさせられた詩などを、妄想モードで紹介していきたいと思いますので、ひとつオトナになったワタクシをまたどうぞよろしくお願いいたします ヽ(〃´∀`〃)ノ


なんとなく摩訶不思議というか、物語の出だしはそうでもないのにだんだんアレヾ(゜0゜*)ノ?な方向にいってしまう短編集『ことば汁』(小池昌代)を読んでいます。タイトル自体がなんでしょ、これは(´・ω・`)?ですが……「女房」「つの」「すずめ」「花火」「野うさぎ」「りぼん」の6作品。


最初の作品はザリガニが出てきたのですが、次は鹿。老齢の詩人の「先生」に長年仕えてきた秘書の「わたし」。とある山間の別荘地のコンサートホールのこけら落としで、先生の朗読会が行われるので、わたしは先生を車に乗せて別荘地へと向かっている途中。読者から秘書になり30数年、結婚もせず「すべては先生のために」と先生のお世話をしてきました。朗読会では「鹿」を読むと先生は言います。


この詩の内容が私は結構気に入りました! 水を飲んでいた一匹の雌鹿が、若い狩人に恋をしてしまいます。水辺を守る神様にほんの少しでいいから人間の女になりたい!とお願いすると、2つの条件を快諾するなら願いを叶えようと言います。1つは「余命を半分もらうよ~」もう1つは「決して嫉妬しない」若い狩人には美しい妻がいます。でも一緒になりたいとか私だけを見て!とかそういう気持ちを抱いてはいけないと。約束を破ればすぐ鹿の姿に戻され、命はさらに半分に……それでも構わないと美しい乙女になったカノコちゃん←勝手に名付けました(笑) 狩人の前にあらわれ、想いを遂げますが、やはり嫉妬心は押さえきることは出来ず………鹿の姿で再び現れた時に狩人から一撃のもとに殺されてしまうのでした。ヨヨヨ( TДT)


なんて浪漫溢れるんでしょう~!ギリシャ神話みたいだ、と思ってよみ進めていたら、先生に「鹿」を読んでほしいという女が現れていたらしい。「今日は彼女を思って読みましょうかねぇ、ウヒヒ( 〃▽〃)」……わたしの中にムラムラムカムカとした何かが沸き上がる……(`Δ´)……先生とわたしのあいだに、まったく何もコトが起こらなかったのに!わたし、むしろ待っていたのに!めくるめく官能の世界を、肉体のよろこびも知らぬまま60歳になろうとしているのに……!!


次のインターで降りればもうすぐというときに、突然、爪が伸び始めてハンドルに絡みつき、頭髪からはツノが生えてきた! これは彼女の内面が見せているものなのか、事実なのか………そして「こんちくしょう! なにが詩人だ。老いぼれじじいめ、助平やろう」……老詩人を慕い、生涯をかけて自分を捧げてきたわたしもまた、助平なおいぼれのひとりであると、思い至ったのでございます……。



鹿って古代から神格化されてきましたし、清らかな乙女の象徴的なところもありますが、漢方薬としての効能も高く(どこの部分がナニにとか書きませんが)鹿のツノがワンちゃんのおやつとして販売されているのですね。ナイフの柄とかに最適!とかいうのは雑誌(ナイフマガジン)で見たことがありますが、犬のおやつは全く知りませんでした。



どこかで鹿を見かけたら、この話を思い出して下さい(≧∇≦)



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