備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

ようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることをチマチマと書いています。

タグ:山本周五郎

山本周五郎の小説に「つゆのひぬま」があって「梅雨の日、沼? ぬかるみ?」と思っていたら「露の干ぬ間」と書くようで……日が昇ったら消えてしまう露が消えていない間、短い間、儚い時間の喩えだそうです。麺類を食べるときのつゆが少なくて干からびてしまう、とまで想像する前に正しい認識が持ててよかったです (;^_^A

つゆのひぬま (新潮文庫) >> https://bookmeter.com/books/455214


「干」といえば「干菓子」。ダンナさんが『であいもん』という和菓子屋を舞台にしたアニメを見ているのですが「かんがし じゃないんだ」と言った時には、ハイ? となりました。かんがし、と読んだ人は私のまわりには今までいなかったのでビックリしました(;゜゜)
https://web-ace.jp/youngaceup/contents/1000154/

こちらのブログにはいろんな桜の写真が……御衣黄桜
がとても美しい🌸
https://fragie.exblog.jp/32649083/


週の半ば、皆さま、どうぞおだやかにお過ごし下さいませヾ(´ー`)ノ

『赤ひげ横丁―人情時代小説傑作選―』(池波正太郎・山本周五郎・菊地秀行・乙川優三郎・杉本苑子)を読み終わりました。久々の時代小説アンソロジーです。


菊地さんは時代小説のイメージはなかったのですが、なかなか……『介護鬼』という作品でしたが、妻を介護するダンナのひとりよがりなところとか現代の問題を江戸時代に移したという感じでした。もちろんホラー的な要素もあり、他の作品も当時の医療や病気に対しての庶民の認識とか……いろんなことを考えさせられました。


http://www.shinchosha.co.jp/book/139728/



さてさて、今は「赤ひげ先生」「赤ひげ薬局」と言えばまむしドリンクやらすっぽんエキスのイメージがありますが(^o^;)もとは山本周五郎の『赤ひげ診療譚』に登場する赤いあごひげの医師なんですよね。私は未読で映像化された作品も見ていないのですが、三船敏郎の赤ひげ先生姿は雑誌などで見ています。


この小説のモデルとなった人物は小川笙船(おがわ しょうせん)という江戸時代の町医者で漢方医。寛文12年(1672年)???宝暦10年6月14日(1760年7月26日)、江戸の小石川伝通院前で開業。貧困者や身寄りのない者のための「施薬院」を設置することを求める意見書を目安箱に投書し、徳川吉宗に江戸市中に施薬院を設置させた人物。


小石川御薬園内に養生所が設立され、笙船は肝煎に就任。これは「享保の改革」における下層民対策のひとつとされ、幕末まで140年あまり江戸の貧民救済施設として機能しました。『大岡越前』によく出てきましたね(笑) やがて西洋医学校に吸収され、明治政府が接収。今は小石川植物園として親しまれていますが、正式には「東京大学大学院理学系研究科附属植物園」……長いっ!! 「養生所」の遺構としては「養生所井戸」があるそうです。


豊島区の雑司ヶ谷霊園に彼のお墓があります。この霊園は東京都営の共同墓地で、夏目漱石の小説『こゝろ』の舞台になっていると言われているらしい……他にも多くの著名人がこの霊園で眠ることでも有名で(泉鏡花・小泉八雲・サトウハチロー・竹久夢二など)、管理事務所には「都立雑司ヶ谷霊園に眠る著名人の紹介パンフレット」なるものが用意されているとか……墓マイラー(http://grave-mylar.com/)には馴染み深い場所というより……庭だったりして( ̄▽ ̄;)



養生所を調べていたら「解剖人墓」というのが出てきました。北千住駅近くの清亮寺にあります。墓碑には「明治初年日本医学のあけぼのの時代明治三年八月当山で解剖が行われました。……」とあり、その下に解剖された11名の法名・没年月日・出身地・俗名が刻まれているそうです。他にも「医跡」とよばれるものがありました。全然知らなかった……!!


《東京の医跡》
http://www.iryokagaku.co.jp/frame/09-webik/09-webik-0402/0402iseki.html



この前、はじめて一話まるまる『Dr.倫太郎』をリアルタイムで見ましたが、、ひどいドラマですね~あんな精神科医はいないだろ?って怒りよりもあきれてしまいました。患者とプライベートで付き合い過ぎでしょう、自宅にいったりお互いの電話番号を知っていたり……あり得ないだろ~?の連発でした(-。ー;) 医療マンガは最近全く読んでいませんが、『ブラック・ジャック』『ブラック・ジャックによろしく』『ドクターK』『Dr.クマひげ』『ゴッドハンド輝』など好きでした~!



日付がかわってしまった……皆さまは、心晴れ晴れ! な日曜日にして下さいませ(  ̄ー ̄)ノ



今日は『はしの日』ですね。「橋」「箸」などいくつか書いた記憶がありますが「橋の語源は調べたっけ?」と思い、カチカチとしたら、「端」と同源……「端」の意味から「間(あいだ)」の意味も持ち、両岸の間(はし)に渡すもの、離れた端と端を結ぶものの意味から、この構築物も「はし」というようになったそうです。離れたところにかけ渡すものの意味では「はしご」や「きざはし」などの「はし」食べ物を挟む「箸」も同源ということです。ふむふむ、そうなんだ~いつまで記憶に定着するかしら(--;)


そういえば、中学の時の学校文集というのかな~タイトルが『きざはし』でした。昔は年寄りくさいな~と思っていましたが、この年になるとう~む、と唸りたくなるネーミング(笑)あと宝塚の上演作品で好きだった『川霧の橋』を思い出します。懐かしいなぁ…原作は山本周五郎の『柳橋物語』と『ひとでなし』。いつか読もうと思いながら『さぶ』しか読んでいない(-_-)藤沢周平さんの『橋ものがたり』も読んだことがないので、こちらもいつか…あ、橋本紡さんの『橋物語~いつかのきみへ』は読んでいます(((^^;)


「橋」について隅から隅まで、端から端まで(!?)調べることはムリでしたが(゜o゜)\(-_-)高田敏子さんの『橋』という詩(教科書で読んだ人もいるみたいですが)をはじめて知りました。


少女よ
橋のむこうに
何かあるのでしょうね

私も いくつかの橋を
渡ってきました
いつも 心をときめかし
急いで かけて渡りました


あなたがいま渡るのは
明るい青春の橋
そして あなたも
急いで渡るのでしょうか

むこう岸から聞こえる
あの呼び声にひかれて


(高田敏子著『月曜日の詩集』より)



「少女よ」という漠然とした不特定多数から「あなた」というひとりに呼びかけが変わっていますが、これは呼びかけた本人より受けとる側の気持ちの変化でもあるのかな?と思いました。向こう岸には何があるのか、呼んでいるのは誰なのか?……少女から大人の女性に自立するための橋はどんなデザインなのかしら? 薔薇模様の欄干がステキな硝子の橋なのかしら? 「こわいながらも、通りゃんせ」ですね。私は後戻りしたら硝子の橋が粉々にかるくらい重量オーバーなおやぢになってしまったので、恐る恐る橋を渡る「かつての自分」をたくさんの“ものがたり”の中で出逢い、見まもりたいと思います。


↑このページのトップヘ