山村暮鳥

2018年05月11日

若夏雲便りNo.13:木と木

『ちるちる・みちる』という山村暮鳥の作品を青空文庫で見つけました。『青い鳥』みたいな話かと思っていたのに、いろんな童話(?)の詰め合わせという感じ。その中に『老木』という短い話がありました。


老木が「自分はこんなになるまで、自分の木々で雨風からお前を守ってきた。だからお前は立派に成長できたんだぞ」みたいなことを言うのですが、若い木は「それがいまでは唯、日光を遮るばかりなんだから、やりきれない」と・・・。どんな声のトーンで会話しているのか、人により違うでしょうねぇ。なんともやりきれない感じがします。木は自分であちこち動けませんし、枝葉をうまく調整も出来ないし。



もうひとつの「木と木」は寺山修司さんの詩です。この『ダイアモンド』というタイトル、さすがだ・・・!と思いました。多感な10代前半にはじめて読んだ寺山修司作品のひとつです。「寂しい」よりも「淋しい」という漢字が好きなのは、この詩の影響がたぶんにあるでしょう。4月の誕生石がダイアモンドなので、この時期には特に思い出す詩です。




『ダイアモンド』寺山修司


木という字を一つ書きました
一本じゃかわいそうだから
と思ってもう一本ならべると
林という字になりました
淋しいという字をじっと見ていると
二本の木が
なぜ涙ぐんでいるのか
よくわかる
ほんとに愛しはじめたときにだけ
淋しさが訪れるのです





今日は松田聖子ちゃんの♪瞳はダイアモンドが脳内リフレインになりそう(笑) 下記サイトの動画は「ザ・ベストテン!」の時のもの。懐かしい!

https://sp.uta-net.com/movie/3821/




rohengram799 at 10:23コメント(6) 

2018年03月10日

桃月雲便りNo.10:林檎

3月6日の読売新聞朝刊・編集手帳で「林檎」という短い詩を知りました。


【恵まれない者へ温かな視線を注いだ詩人、木山捷平に 「林檎」という短い詩がある。〈先生。「十の林檎を二つに分けるといくつですか」/或る生徒。「はい、九つと一つであります」〉(『木山捷平全詩集』講談社文芸文庫) ◆公平な分配はこの世にない、という若者の悲嘆か。五つと五つではないところに驚くのは、均等に分け合うことを良しとする美徳がわれわれの心に染みついているからにちがいない 】


分け合うこと悪しき、と思う習慣がないせいだろう。いつも談合事件の報を聞くと戸惑うが・・・とリニア談合の話につなげていくのはさすがだと思いました。リニア、私が小学生の頃からずっと・・・な話で、当時は「大人になる頃にはもう完成している」だったんですが。生きているうちにリニア中央新幹線が走るのが当たり前になるかしら?




「林檎」が出てくる詩が他にもあるのかな、と調べていたら「いちめんのなのはな」でおなじみの山村暮鳥の作品にありました。最後に書かれている詩がとても印象的です。そう、人間でなくてもみんな地震はいやなんです。



http://4seasons-poetry.blog.jp/archives/1039913283.html








rohengram799 at 10:15コメント(6) 

2011年03月25日

第446号:さくら新聞

『桜』という詩が新聞コラムにありました。


さくらだという
春だという
一寸(ちょっと)、お待ち
どこかに
泣いている人もあろうに


山村暮鳥の詩だそうです。「いちめんのなのはな」の黄色いじゅうたんの光景の詩は有名ですが、こんなさくら色の言葉もあったのですね。


私たちは、泣いている人がどこにいるかを知っています。そしてその涙のわけも知っています。


いろんなブログめぐりをしていると、今年の桜にもう出逢うこともあります。


あの日から2週間です。
桜を楽しみにしていた方々がたくさんいたと思います。桜を大事に育てていた方々も…。そのたくさんの方々の分も桜を待ちわび、開花を喜び、美しさに感嘆の声をあげ…生かされた命に感謝するのは不謹慎とはいわれないでしょう。


昨日、店舗スタッフと震災についての取り組みもろもろ、疑問点などを(ちょっと詰問ぎみになってしまいましたが)きいたり話したりしました。エジキになってしまったスタッフには申し訳ない(笑)


驚いたのは「新聞を読まない」こと。自宅になくても店ではとっているのだし…なおかつ「支援物資を受付中」などと公言しているのだから、市内での受付状況など確認しているかと思ったらそれも無し。
具体的なことが文面になかったため、着古した衣類を持ってきた人がいたとか…はぁ。だから「何でも受付ます」なんて書いてはいけないんだって。持ってきた方もちょっと…ではありますが(泣)


こういう時くらい、新聞に目を通したら…と思います。1日中テレビニュースにくいついてはいられないのだから。


『新聞紙の詩(しんぶんしのし)』


きょう此頃(このごろ)の新聞紙をみろ
此の血みどろの活字をみろ、
目をみひらいて読め
これが世界の現象(ありさま)である、
これが今では人間の日日(にちにち)の生活となったのだ
これが人類の生活であるか
これが人間の仕事であるか
ああ残酷に巣くわれた人間種族
何という怖ろしい時代であろう
牙を鳴らして噛み合う
この呪われた人間をみろ
全世界に手に取るようにみせる一枚の新聞紙
その隅(すみ)から隅まで目をとおせ
活字の下をほじくってみろ
その何処(どこ)かに赭土(あかつち)の痩(や)せた穀物畠(こくもつばたけ)はないか
注意せよ
そしてその畝畝(うねうね)の間にしのびかくれて
世界のことなどは何も知らず
よしんばこれが人類の終焉(おわり)であればとて
貧しい農夫はわれと妻子のくう穀物を作らねばならない
そこに残った原始の時代
そこから再び世界は息をふきかえすのだ
おお黄金色(こがねいろ)した穀物畠の幻想(げんそう)
此の黄金色した幻想に実る希望(のぞみ)よ





同じく山村暮鳥の詩です。今、心に響きます。


今日も1日穏やかに過ごせますように。




rohengram799 at 07:10コメント(8) 
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