空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

毎日が妄想モード突入!よろしくお願いいたします。

山眠る

花春雲便りNo.11: 平和観音

軍艦にその名貸したる山眠る


千坂希妙 句集『天真』より

皆さまは、どの艦名を思い浮かべたでしょうか?

私は「赤城」「妙高」でした。

「山眠る」…… 冬のこの季語は大好きです♪(´ε`*)


http://kangempai.jp/writing/2019/11chisaka.html




最近、山梨の韮崎にある平和観音のことを知りました。 学校でも聞いた記憶が全くなかった。富士山を見つめる観音さま、なんかイイ(*´ω`*)


【韮崎 平和観音】

http://harinezumiganemurutoki.com/travel/%e9%9f%ae%e5%b4%8e%e3%81%ae%e5%b9%b3%e5%92%8c%e8%a6%b3%e9%9f%b3/

霜見雲便りNo.9:山眠る

立冬も過ぎました。公園の木々も黄葉・紅葉、足元には落ち葉がカサカサ、お肌はカサカサ、ノドはイガイガの季節になりました。



タイトルにした「山眠る」は冬の季語です。セクシーな壇蜜さまのブログに

・・・木の上の雪が「ドササササーー!!」と落ちる音はあんなに賑やかで大きいのに…。あれは眠った山の「寝言」かもしれません。たまに人間でもいますよね。寝言がハッキリシッカリしずぎている人。
…あれ、私かな。・・・


とあって、こういう発想って楽しい~!と思いました。考えたことがなかったので。



季語を調べるには歳時記が便利ですが、今はスマホですぐ検索出来ますよね。この前、広辞苑の話をチラリと書きましたが、国語辞典とか私はどこにやってしまったかしら?と、吉川英治さんの『辞典のすすめ』を読んで思いました。青空文庫で読めますが、とても短いので転載しますね。



 とかく、現代人はまだ、辞書辞典などを、ほんとに、自分の頭脳にしきっていない。そのくせ、現今ほど、辞典の良書が、ぼくらの書架に、その選択の自由を豊かにされている時代もないのだが、なお遅れているのは、よくその辞典を使い生かす、こちらの頭の方にあるとおもう。
 ひとつの理由は、その習慣づけが足りないのである。すぐ辞典を引く、またすぐ、辞書に問うてみるという日常の習性が日本人にはいたってすくない。ばかなはなしである。自分の書架に、ちゃんと、いつでも何でも訊いてくれといわんばかりに輝かがやいている良師良友の辞典を措き忘れて、わからぬ事を、わからぬままに、よそへ向って、うろうろしている愚を、よく自分に見出すことがありはしないか。いやひとごとではない。私たちのような書斎人といわれる者すら、ままそんな非文化的な徒労をやって、あとから辞典に見いだして、ひと知れずよく苦笑する。自嘲をおぼえる。
 一冊の良い辞典を備えれば、数十冊のいや数百冊の雑書も不要になるかとさえ思われる。それほど辞典のエキスは濃密なのだ。私などは独学をやってきたので、ひと頃の青年期には、良い辞書も少なかったし、また容易に買えなかった。そこでたまたま、古本の辞典でも手に入れると、辞典の初めの、ア行やイ行から、辞典を読んでしまったりしたものだった。――今は良い辞典がありすぎるのか。学生諸子のそれの引用度を見ていると、いかにも、せっかくな恩恵を充分に生かしていない。もったいない。惜しまれる。辞典は自己の脳細胞そのものの一部であることを、うっかりしている。この大切な鍵を持ち忘れていたんでは、自分の天分の扉ドアを開くこともむりである。
(昭和三十五年)




ブログを書きはじめた頃は、国語辞典やら漢和辞典など手元においていたのに、今はどこにあるのかわからない~! 辞典・事典・辞書などのビミョーな違いについてはコチラをどうぞ。こういう時はやっぱりネットって便利と思います(笑)



http://www.ohtabooks.com/qjkettle/news/2015/02/16101614.html





辞典→自転→空回りと連想が広がり、まだまだ四畳半フォークの匂いがかすかにあった長渕剛さんの『順子』や『巡恋歌』が浮かんできましたわ。順子を真子に置き換えて歌ったこともありましたっけ。(そういえば、眞子さまの正式婚約発表はいつになるんでしょう?) 石野真子ちゃんとの結婚も志保美悦子さんとの再婚もビックリだったなぁ( ´~`)




昨日、新語・流行語大賞の候補の言葉が発表されましたが、そんな言葉聞いたことがない、というのもあり「ちーがーうーだーろー(`Δ´)」な気分になりました(笑)

凍雲便りNo.8:小説よ、永遠に

『ひとかどの女の如し山眠る』(守屋明俊)



前の記事に「山眠る」という冬の季語のをチラリと書きましたが、この句の「ひとかどの女」……極妻をイメージしてしまったのは私だけでしょうか?(^^;) こうドッシリした大物感があります。



「一廉の人物(ひとかどのじんぶつ)」(他よりもひときわ優れている人物)って漢字だとこうなんだ~と意外! 「一角」とも書くそうです。



「一廉」の意味には、
1、一つの事柄。一つの分野。
2、ひときわ優れていること。いっかど。
3、人や物が名前に恥じない能力や内容をもつこと。一人前。
「廉」には
1、値が安いこと。
2、心が清らかで欲が少ないこと。
3、かど。すみ。
とかなりバラバラですが( ̄▽ ̄;)……ですが「破廉恥」(はれんち)ってありますよね。「ハレンチ」とカタカナで見ることが多いですが、「廉恥(れんち)」が破れる……「廉恥」は心が清らかで、恥を知る心が強いこと…の意味だそうで、納得! 

「廉恥心」に「羞恥心」……どちらもなくさずに、毎日を過ごしていきたいものですわ。




さてさて……今はダ・ヴインチ編集部編『本をめぐる物語』シリーズ第3弾「小説よ、永遠に」を読んでいます。書き手の立場からも読み手の立場からも「小説」に対するアツい想いが深く静かに流れていて、読んでいてその世界に浸ってしまう……でもこのタイトルからしてこのシリーズは完結なのかもしれない……ちょっと残念( ´△`) 執筆陣は神永学,加藤千恵,島本理生,椰月美智子,海猫沢めろん,佐藤友哉,千早茜,藤谷治(敬称略)。



梅猫沢めろんさんの『ワールズエンド×ブックエンド』は人工知能に小説を書かせる物語なんですが、最後の方にこんな一文があります。


《あたしたちが思っているよりも、この世界には本を読まない人間のほうが多いんだ。作家たちが命をかけようと、AIたちがどんな力で物語を書こうとも、読まれない本がある。》



そうなんだよね……すべての作家さんの本を読みたい!と思ってもそれは出来なくて、発行部数が多い本だけが面白い本、よい本とは限らなくて……自分にとっては一番大切な物語でも他の人にはナニソレ?だったり……でも私は本を読むことをやめないよ!なんて、最近は目がショボショボしてなかなか読み終わらないくせに拳を握りしめたりして(^。^;)



第67回読売文学賞で小説賞を受けた古川日出男さんのコメントが新聞に載っていました。


「言葉でものを作るのは、死んだ人もかつては生きていたと、筆先に受けて伝えていくことだと痛感した。その思いでこれからも頑張っていく」



読み手である私たちはよき受け取り手になり、またそれを言葉にして伝えていかなくては……とまたまた拳を強く握ったワタクシなのでした。



また荒れた週末になりそうです。どうぞ皆さま、お気をつけて!




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