左手に告げるなかれ

2015年10月15日

暁雲便りNo.8:右手と左手

昨晩『聖灰の暗号』を読み終わりました。聖杯ではなく聖灰……火あぶりになるとわかっていても持ち続けた信仰心、後世に遺し伝えなくてはという強い想い、私欲丸だしの醜いエセ宗教家、聖書に書かれた内容の解釈など……史実ではなく物語なのだとわかっていても、世界のどこかでこれに近い出来事があったのではないか、などといろいろ考えさせられました。



今日はどうしようかな~と悩んだ末(大げさな)久しぶりに江戸川乱歩賞受賞作品にするか!で渡辺 容子さんの『左手に告げるなかれ』(第42回・1996年受賞)を読んでいます。たしかドラマにもなったよな~と思って確認したら天海祐希主演でした。


スーパーの保安士(万引きGメンですかね)・八木薔子(しょうこ)は、3年前に別れた愛人・木島の妻・裕美子が刺殺された事件で嫌疑がかかり、無実をあかすために真相を調べ始める……のですが、木島が伊武雅刀……ユリちゃん(天海)も合わないけれど、彼もイメージにあわないなぁ……と思いました。ユリちゃんって不倫とか想像しにくい女優さんだと思う……江角マキコの方がなんとなくしっくりくるかな~と。まぁ個人的な感想です。


タイトルは聖書のマタイ伝の言葉で《施しをするときは、右手のしていることを、左手に知られないようにしなさい》からのようです。おお、ここでも聖書が!と帚木さんの本との繋がりを感じたりして。木島の奥さんがボランティアに熱心な人だったのですが、それを「アタクシ、こんなに社会貢献してますのよ、スゴいでしょ、えらいでしょ!」で、この聖書の言葉の意味など理解できないタイプだったようで……。



高田敏子さんの『浅草観音』という詩の一部を新聞コラムで見つけて、全文を知りたくて検索してみました。私も浅草に出掛けて、右手と左手をあわせたくなりました。



《浅草観音》(高田敏子)


神さまや 仏さまが
ほんとうにいらっしゃるかどうかー
でも あの合掌したときの安らぎは
どこからくるのでしょう
右の手の悲しみを
左の手がささえ
左の手の決意を
右の手がうけとめる
その上を流れる静かな時間
こうした姿勢を教えて下さったのは
どなたでしょう
ふりむくと青い目の外人さんも
手を合わせて・・・・・
小さな小さな観音さまと
なにをお話したことやら




*前の記事にコメントをありがとうございました。お返事書かせていただきました。





rohengram799 at 19:48コメント(14) 
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