戦後

2019年02月11日

令月雲便りNo.16:愛・氣・道

『ここから先はどうするの』………♪あなたならどうする~あなたなら~ といしだあゆみさんの歌声が聞こえてくるようなアンソロジーを読みました。 サブタイトルが「禁断のエロス」表紙もエロトピア的だったけど、官能小説アンソロジーって感じではなかったですね~フランス書院文庫的な物を期待した人はガッカリしたかもしれない。この表紙を持ってレジに並べる勇者は頑張って下さい! 私? 『イデアの影』と一緒に買いましたよ(笑)

https://bookmeter.com/books/13361351



さてさて、私はコンビニで売っているいかにも……な雑誌も好き(о´∀`о) この前も『昭和の不思議101』を買ってしまいました。この雑誌はセブンイレブン限定発売らしい。どうりでファミマにはないワケだ。


昭和の不思議101 2018~2019年 冬の男祭り号 (ミリオンムック) >> https://i.bookmeter.com/books/13401353


読書メーターの感想にも書いたけど、この中にあった『政界ジープ』というカストリ雑誌、初めて知りました。他にもナンダコリャな雑誌が……マニアにはたまらないんでしょうか? こういうのを見ると、やっぱり人間の基本的なところって昔から変わっていないんじゃないかと思いますね。

【戦後の雑誌 】

https://blogs.yahoo.co.jp/kairasu4/56379013.html



そして『少年マンガ誌の表紙が特攻隊のイラストだった時代』という見開きの記事。「昭和30~40年代の少年達は位まではあり得ない少年マンガ雑誌の戦記ものに熱中したのだ」………今はアイドルグラビアやキャラの表紙がいっぱいのマガジンやサンデーの表紙がなぁ……。


記事の最後の文章がとても心に残りました。


『昭和38年は太平洋戦争が終結してたった18年しかたっていなかったのだ。戦争の匂いはまだまだ少年漫画誌の誌面にもくすぶっていたのである。/当時小学生だった私たちは、こんな戦記物に夢中になったものだが、では好戦的になったかというとそんなことはなく、リアルな戦争を誌面から知って、戦争の悲劇を知ったのである。』(本橋修宏)




今、結構いろんなスポーツの専門誌が出ていますが、この前『秘伝』を立ち読みしたかったのになくて、かわりに合気道の専門誌を見つけたので読んできました。私の中では合気道って「婦女子の護身術」のイメージだったので、老若男女、外国にもいろんな団体があってビックリしました。あと、みんなこだわって「氣」の字を使っているのかと思っていましたが(「気」よりパワーがあると聞いたことがあったので)そうでもなかった(^o^;) 開祖を描いた漫画もあるので、ちょっと読んでみたくなりましたわ。

http://www.spng.jp/smp/book/b427996.html


今は柔道や剣道以外に合気道を授業で取り入れている学校もあるようで、へんなダンスをやらされるよりいいかも、と思ってしまった!

http://www.aikikai.or.jp/aikido/index.html



あと気になる専門誌は「月刊住職」。新聞広告でたまに見かけると、近くの書店にないかと探してしまいます!

http://www.kohzansha.com/jimon.html





rohengram799 at 06:48コメント(0) 

2016年12月07日

走雲便りNo.6:蜘蛛と蝶と菊

新聞コラムに「真珠湾はどこにあるか」の問いに「三重県です」と答えた学生の話がありました。笑い話にはならない、何度見聞きしても肌がザワッとするような話です。





先日、田中慎弥 さんの「夜蜘蛛」という短編を読みました。読者から受け取った、長い手紙が内容の大部分で構成されています。手紙を書いた男性の父親は日中戦争で右足に銃弾を受け、不名誉な形で戦線を離脱しています。複雑な思いを抱え、生きてきた父親と自分はきちんと向き合ってきたのか・・・正直ここまでだと、どの親子関係でもありうることだと思うのです。親に対して「自分のことをわかってない」と思ってきたように、親のこれまで生きてきた過程について、真剣にあれこれきくことなど、よほどのことがない限りはないのでは? 

しかし、男性の父親は息子の何気ない一言をずっと胸に抱えて、昭和と共に自らの人生に終止符を打ったのです。 自分と父親の関係についてあらためて考え、それを誰かに聞いてもらいたい・・・そして自分の人生にも幕引について考え・・・というような話です。




高齢の父親を引き取ってからのことや、家族(妻と娘)との関係、姉との関係など、同じような立場の人は多いのではないかと思います。また昭和天皇が倒れられてから平成にかわっていく、あの時期の記述などは当時に引き戻されたようでした。





・・・誰でも覚えていることと思いますがその日から翌年早々に崩御となるまでの3か月半ほどの間というものは、いま思い起こせばなんとも表現しようのない、不思議な期間でございました。陛下の脈拍や呼吸の数が日々細かく伝えられる。テレビからは華美な番組が減ってゆく。(略)



 そんなことはないとわかっているのに、昭和は永遠に続き、親も永遠に死なない・・・平成になり両親は鬼籍に入ってしまったのに、今でもそんなことを考えたりします。 田舎に帰れば、両親がいつものようにいつもの場所で自分を笑顔で迎えてくれるのではないかと。


今上天皇の退位について有識者会議が開かれていますが、平成もいつかは終わるのでしょう。それはどんな幕切れになるのかわかりませんが、次のことを考えると正直不安ですわ。




戦中・戦後を生きた父親と息子の物語としては「八月の青い蝶」とあわせて読んで読んでもらいたいと思いました。本の厚さと内容と受ける印象、衝撃は関係ないなと、あらためて思っています。

 



青空が見えてきました。皆さま、おだやかなよい1日をお過ごし下さいませ。


 

rohengram799 at 12:04コメント(10) 

2016年04月26日

暮雲便りNo.28:妻よ

『無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ』(橋本夢道)



うわぁ、ダンナさん、思いきったことを言っちゃって大丈夫か(◎-◎;)とこちらがドギマギしてしまう句でありますが、これは現代だから思うことで……作者がこの句を読んだ時はまだ戦後の混乱した時代だったようです。


夢道をよく知る志摩芳次郎によれば、この句について「戦後のあの国民が飢餓線上を彷徨させられたころの作品は、無礼なの妻ではなくて、世の中である」とし、この句は「『無礼なる妻よ毎日馬鹿げたものを食わしむ』と飄々とうたってのけたところに、かれの俳諧の精神、俳人の本領が現れている」と指摘しているそうです。 この句には、日本への失望や怒り、不安などの他に、妻への感謝が込められていたのでしょう。物不足なのに工夫してダンナ様のために少しでも美味しいものをと頑張って作っていたのではないでしょうか。


別の人の無季句で『妻よ南瓜はこの世に必要なのか』(きたむらけんじ)というのがありますが、こちらは単純にカボチャが苦手なんでしょうね、現代の方ですし( ̄▽ ̄;) それともハロウィンの時にカボチャコスプレにうんざりだったとか?



橋本夢道は四国・徳島に明治36(1903)年生まれ。大正7(1918)年に上京し、江東区深川で肥料問屋などに働きます。その後、銀座に甘いものの店「月ヶ瀬」を出店して成功を収めます。その時の宣伝用の俳句が『蜜豆をギリシャの神は知らざりき』というもの(´∇`)


夢道は「番頭の結婚相手を店が決める」という古いしきたりを破り、自由恋愛結婚!!をしたために、深川の肥料問屋をクビになりました。「月島小町」といわれた静子が畳に両手をついて「一生面倒を見ていただけませんか」と交際を迫った……らしい(^^;) その時には『せつなくて畳におちる女のなみだを叱るまい』と詠んだとか……モテる男はツラい!?


愛妻家だったらしく、こんな文言が書かれた色紙もあるようです。


『妻よおまえはなぜこんなに可愛いんだろうね』


孫ではなく妻ですよ、妻!! なんかこちらの方が恥ずかしくて赤面してしまいますわ(///∇///)



私の場合は、きっと『妻よおまえはなぜこんなに重いんだろうね(´;ω;`)』でしょう……しかしですね、今日は特別、だってワタクシの誕生日なのですから、なんらかのおみやげ(笑)があるはず……今までの経験からして「ケーキを買ってきてくれるに違いない((o(^∇^)o))」と思っているのですが、さぁ、結果はいかに!?






rohengram799 at 10:26コメント(16) 
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