手のひら

2016年03月12日

春雲便りNo.12:伏し目の節目

新聞の時事川柳にこんな作品がありました。


『支援側は5年で節目つけたがり』(横浜・平松典子さん)


私が働いている職場でも震災翌年は第719号:花はどこへいったの?に書いたような、大げさ過ぎることをしていましたが、次の年にはそれもなくなり、今は全く……です。



鎌倉市内の神道、仏教、キリスト教で組織する「鎌倉宗教者会議」は昨日雪の下カトリック教会で「東日本大震災 追悼・復興祈願祭」を開催したそうです。三宗教合同で被災者に思いをよせ、祈りを捧げる……2011年4月11日鶴岡八幡宮で開催されて以来、毎年1回、神社、寺院、教会の持ち回りで開催されているそうです。


作家の藍川京先生のブログ記事をお読み下さい。
http://blog.aikawa-kyo.com/archives/51622877.html


また祈願祭の詳細は鎌倉宗教者会議のホームページで確認することが出来ます。




『手のひらの宇宙を開く赤ん坊』(豊里友行)


赤ちゃんは手を開いた時に持って生まれたしあわせを手放してしまうので、それをまた見つけるために生きるのだという話を聞いたことがあります。でも赤ちゃんはしあわせをまわりにふりまいたのではないかと思います。こんなにステキなものもあるんだよ、忘れていたかもしれないけれど、思い出してね、気がついてね……みたいな。



手のひらからこぼれおちてしまうこともあるかもしれないけれど、受け止めてくれる人がいるかもしれない。土に根づいたら花を咲かせたりするかもしれない……同日同紙に掲載された川柳と俳句にいろんなことを考える土曜の昼下がりであります。



皆さま、どうぞおだやかな1日をお過ごし下さいませ。





rohengram799 at 12:16コメント(6) 
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