教科書
2023年02月08日
萌揺雲便りNo.6:違いのわかる少年たち
読書メーターで西加奈子さんの小説を読んだ学生さんが、西加奈子さんを知ったのが教科書で読んだ『シンシュン』だった…と書いて「えっ、今って西加奈子さんも教科書に?!」となりました。ウチの子どもたちの時に村上春樹とか載っていてビックリしたけれど〜あと数年したら異世界転生物とか載っていたりして(• ▽ •;)
西加奈子さんの『シンシュン』ですが、朗読動画があったのでそれで読みました。なんとなく重松清さんが書きそう、と思ってしまった。
似ているところがあればあるほど仲良くなれるし、まわりからも御神酒徳利的に扱われる(例えが古いな)。だからきっと同じことを思ったはず!が違った時に、なんとなく戸惑って正直な感想を言えなくなってしまった……これって男子中学生ふたりだからいいんだと思う。女子ふたりだったら、お互いに好きなものとか感想が違っても「え〜!」とか言っても、お互い好き勝手に話して、また自分たちの興味ある共通の話題でキャーキャー盛り上がりそうな気がするし。
ピュアな中学生ふたり。眩しいなぁ……たくさんいろんな話をして楽しい中学校生活を過ごして欲しいなぁ、と遠い過去を懐かしみながら思ったのでした。
【シンシュン】
https://youtu.be/JpEjh6VkLU8
なんとなくpixivで連載中?のコチラの高校デビュー漫画を思い出したので、追記🥸 続きが気になる!
【ハローニューマイライフ】
https://www.pixiv.net/user/68583491/series/116812
西加奈子さんの『シンシュン』ですが、朗読動画があったのでそれで読みました。なんとなく重松清さんが書きそう、と思ってしまった。
似ているところがあればあるほど仲良くなれるし、まわりからも御神酒徳利的に扱われる(例えが古いな)。だからきっと同じことを思ったはず!が違った時に、なんとなく戸惑って正直な感想を言えなくなってしまった……これって男子中学生ふたりだからいいんだと思う。女子ふたりだったら、お互いに好きなものとか感想が違っても「え〜!」とか言っても、お互い好き勝手に話して、また自分たちの興味ある共通の話題でキャーキャー盛り上がりそうな気がするし。
ピュアな中学生ふたり。眩しいなぁ……たくさんいろんな話をして楽しい中学校生活を過ごして欲しいなぁ、と遠い過去を懐かしみながら思ったのでした。
【シンシュン】
https://youtu.be/JpEjh6VkLU8
なんとなくpixivで連載中?のコチラの高校デビュー漫画を思い出したので、追記🥸 続きが気になる!
【ハローニューマイライフ】
https://www.pixiv.net/user/68583491/series/116812
rohengram799 at 19:30|Permalink│Comments(10)
2021年05月14日
梅月雲便りNo.7:あいまい
今年は梅雨入りが早そうですね。季節が前倒しになっています。陰暦ではようやく4月になったというのに (;´д`)
子どもが高校時代に使っていた教科書(第一学習社 高等学校 現代文)に長谷川櫂さんの『季語について』という評論が載っているのですが
雨がちに端午ちかづく父子(おやこ)かな
石田波郷のこの句は陰陽どちらの端午だろうか。
とあって、5月になるといつも思い出します。「五月晴れ」はもともと梅雨の晴れ間のことだったそうですが、今は太陽暦5月頃の快晴れをいう言葉になっているし、私の好きな季語のひとつ「五月闇」も本来は田植えの時期、梅雨の長雨の時期の「五月……そう考えると、三十一文字の短歌はとても自由でわかりやすいなぁ、と思いますね(;´∀`) でもいろんなものを削ぎ落として季語が際立つ俳句もやはり捨てがたい……! 日本語のなんと罪深いこと! (笑)
言葉は本来あいまいなものである。
そのあいまいな言葉の意味を明確に定めてゆくのは文脈と状況。言葉が組み込まれる文脈と、言葉が置かれる状況、すなわち「場」だ。
俳句は十七字しかなくて、しかも、その中に切れを含む。文脈を拒絶することによって成立した詩型であるから、俳句の意味をはっきりさせるのは状況=「場」だけである。だから、例えば改暦によって「場」が移ろってしまえば、皐月も端午もみ夏も、俳句の言葉は、たちまち意味が揺らぎ、あいまいになってしまう。(P318〜319)
新しい季語も出てくるでしょうし、意味がわからない〜!という古い季語もあるし……「天皇誕生日」なんて時代で変わりますもんね。私の気持ちの中ではいつまでも「天皇誕生日は4月29日」のままなんですけど。
この教科書にはおなじみ?の『こころ』『舞姫』『山月記』の他に村上春樹の『七番目の男』が載っていたりして、時代を感じるのだけれど(平成18年だった)、今の教科書はまたもっと違うんでしょうねぇ。英語の教科書もそうなのかな? 中学生の頃、人物の名前はナオミとかアンディとかジョンとかだったけど、もっとハイカラな名前なのかしら?
「歳時記」について書かれたこちらをブログも興味深いものでした。
https://blog.goo.ne.jp/kanekuti3515/e/913a25da43a4e2e1b38da27d938383c2
子どもが高校時代に使っていた教科書(第一学習社 高等学校 現代文)に長谷川櫂さんの『季語について』という評論が載っているのですが
雨がちに端午ちかづく父子(おやこ)かな
石田波郷のこの句は陰陽どちらの端午だろうか。
とあって、5月になるといつも思い出します。「五月晴れ」はもともと梅雨の晴れ間のことだったそうですが、今は太陽暦5月頃の快晴れをいう言葉になっているし、私の好きな季語のひとつ「五月闇」も本来は田植えの時期、梅雨の長雨の時期の「五月……そう考えると、三十一文字の短歌はとても自由でわかりやすいなぁ、と思いますね(;´∀`) でもいろんなものを削ぎ落として季語が際立つ俳句もやはり捨てがたい……! 日本語のなんと罪深いこと! (笑)
言葉は本来あいまいなものである。
そのあいまいな言葉の意味を明確に定めてゆくのは文脈と状況。言葉が組み込まれる文脈と、言葉が置かれる状況、すなわち「場」だ。
俳句は十七字しかなくて、しかも、その中に切れを含む。文脈を拒絶することによって成立した詩型であるから、俳句の意味をはっきりさせるのは状況=「場」だけである。だから、例えば改暦によって「場」が移ろってしまえば、皐月も端午もみ夏も、俳句の言葉は、たちまち意味が揺らぎ、あいまいになってしまう。(P318〜319)
新しい季語も出てくるでしょうし、意味がわからない〜!という古い季語もあるし……「天皇誕生日」なんて時代で変わりますもんね。私の気持ちの中ではいつまでも「天皇誕生日は4月29日」のままなんですけど。
この教科書にはおなじみ?の『こころ』『舞姫』『山月記』の他に村上春樹の『七番目の男』が載っていたりして、時代を感じるのだけれど(平成18年だった)、今の教科書はまたもっと違うんでしょうねぇ。英語の教科書もそうなのかな? 中学生の頃、人物の名前はナオミとかアンディとかジョンとかだったけど、もっとハイカラな名前なのかしら?
「歳時記」について書かれたこちらをブログも興味深いものでした。
https://blog.goo.ne.jp/kanekuti3515/e/913a25da43a4e2e1b38da27d938383c2
rohengram799 at 16:00|Permalink│Comments(6)
2020年04月21日
鎮月雲便りNo.21:花ふぶき
昨日は冷たい雨でしたね。今も曇り空ですが。市内ではまたプラス2の感染者が。近くのショッピングモールの遊具やガチャガチャなどは使用禁止になっています。距離を保ちましょう、と言いながら手を繋いだり腕を組んで歩いているカップルの多いこと! 歩いている人が少ないから目立つのかな? スーパーではまだうろちょろする子どもが多いです。
この前、夕方6時前に買い物に行きましたが、昼間よりは少なかったかな? ただ空っぽの棚がより目立ったような……品出しが間に合っていないのか、納品の遅延なのかはわかりませんが。
*****
「花ふぶき」 阪本越郎
さくらの花の散る下に、
小さな屋根の駅がある。
白い花びらは散りかかり、
停車場の中は、
花びらでいっぱい。
花びらは、男の子の帽子にも、
せおった荷物の上にも来てとまる。
この村のさくらの花びらをつけたまま、
遠くの町へ行く子もあるんだな。
待合室のベンチの上にも、
白い花びらは散りかかり、
旅人は、花びらの上にこしかけて、
春の山脈をながめている。
こちらの詩は昭和35年検定/昭和36年度から使用、国語の教科書に載っていたようですが(今もかな?)私が小学生の頃には読んだ記憶がないです。時代を感じる風景ではありますが、ここに描かれた気持ちは時代に関係なく変わらないものだと思います。新しい場所に旅立つ季節。絵で見たいですね。
****
こちらは美しい忍野八海の風景です。富士五湖周辺のイベントも6月くらいまでのものまで中止になってしまいました。残念ですが、今は仕方ない。富士山にパワーをもらって下さいませ🗻
【忍野八海】
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12590858210.html
この前、夕方6時前に買い物に行きましたが、昼間よりは少なかったかな? ただ空っぽの棚がより目立ったような……品出しが間に合っていないのか、納品の遅延なのかはわかりませんが。
*****
「花ふぶき」 阪本越郎
さくらの花の散る下に、
小さな屋根の駅がある。
白い花びらは散りかかり、
停車場の中は、
花びらでいっぱい。
花びらは、男の子の帽子にも、
せおった荷物の上にも来てとまる。
この村のさくらの花びらをつけたまま、
遠くの町へ行く子もあるんだな。
待合室のベンチの上にも、
白い花びらは散りかかり、
旅人は、花びらの上にこしかけて、
春の山脈をながめている。
こちらの詩は昭和35年検定/昭和36年度から使用、国語の教科書に載っていたようですが(今もかな?)私が小学生の頃には読んだ記憶がないです。時代を感じる風景ではありますが、ここに描かれた気持ちは時代に関係なく変わらないものだと思います。新しい場所に旅立つ季節。絵で見たいですね。
****
こちらは美しい忍野八海の風景です。富士五湖周辺のイベントも6月くらいまでのものまで中止になってしまいました。残念ですが、今は仕方ない。富士山にパワーをもらって下さいませ🗻
【忍野八海】
https://ameblo.jp/mizunotunagari3776/entry-12590858210.html
rohengram799 at 09:30|Permalink│Comments(6)
2019年10月06日
紅樹雲便りNo.5:こころ(の一部)
昨日は暑かった………もう10月なのに。皆さま、体調はいかがですか?
さてさて……子どもが高校時代に使っていた教科書に載っている、夏目漱石の『こころ』を読んでいました。全文は多分読んでいないんじゃないかなぁ。あちこちであらすじとか感想が書いてあるので、まるまる1冊読んだ気になっているかもしれないけど(^o^;)
読書メーターの感想に
小学校から数年おきに読み直していますが…
というのがあって、スゲー Σ(*゚Д゚*) と思いました。
私の小学生時代など、国語の教科書は読みますが、あとはほとんどが漫画。本屋さんが近いこともあり、ほぼ毎日買いに行ってましたわ。 読んだ本といえば兄が買っていた「詩とメルヘン」(雑誌)か詩集(アンソロジー的な)か格言・名言集(1つの言葉が短いから読みやすい)くらいなので、小学生(高学年だとしても)で「こころ」とは……!
それに私は本を読み返す、というのがほとんどなくて(漫画や同人誌とかは別)「こんな言葉があったよね」と思った時に確認のためにそこを探すくらいで……薄い詩集とかは読み返すけれど、小説はないです。1冊を何回も大切に読む人に憧れがあります。
私が『こころ』で好きなのはココです。
「精神的に向上心のない者は、ばかだ。」
私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見つめていました。
「ばかだ。」とやがてKが答えました。「僕はばかだ。」
けぇ〜! と叫びたくなるような、そんな場面です。
関係ないですが、物語を書くときに会話文ので後に「。」をつけるかどうか、悩んでおりました。出版社では「つけない」と聞いていましたが、学校では「。」をつけることを推奨しているとか。以前は気にならなかったのに、最近はミョーに気になる私です(^o^;)
https://kodomobook.com/genkou01
さてさて……子どもが高校時代に使っていた教科書に載っている、夏目漱石の『こころ』を読んでいました。全文は多分読んでいないんじゃないかなぁ。あちこちであらすじとか感想が書いてあるので、まるまる1冊読んだ気になっているかもしれないけど(^o^;)
読書メーターの感想に
小学校から数年おきに読み直していますが…
というのがあって、スゲー Σ(*゚Д゚*) と思いました。
私の小学生時代など、国語の教科書は読みますが、あとはほとんどが漫画。本屋さんが近いこともあり、ほぼ毎日買いに行ってましたわ。 読んだ本といえば兄が買っていた「詩とメルヘン」(雑誌)か詩集(アンソロジー的な)か格言・名言集(1つの言葉が短いから読みやすい)くらいなので、小学生(高学年だとしても)で「こころ」とは……!
それに私は本を読み返す、というのがほとんどなくて(漫画や同人誌とかは別)「こんな言葉があったよね」と思った時に確認のためにそこを探すくらいで……薄い詩集とかは読み返すけれど、小説はないです。1冊を何回も大切に読む人に憧れがあります。
私が『こころ』で好きなのはココです。
「精神的に向上心のない者は、ばかだ。」
私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見つめていました。
「ばかだ。」とやがてKが答えました。「僕はばかだ。」
けぇ〜! と叫びたくなるような、そんな場面です。
関係ないですが、物語を書くときに会話文ので後に「。」をつけるかどうか、悩んでおりました。出版社では「つけない」と聞いていましたが、学校では「。」をつけることを推奨しているとか。以前は気にならなかったのに、最近はミョーに気になる私です(^o^;)
https://kodomobook.com/genkou01
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2019年05月21日
景明雲便りNo.16:ちがう人間ですよ
子どもが高校で使っていた国語の教科書にあった、長谷川龍生という人の詩。タイトルだけだと相手を拒絶しているように感じますが、これほど他者をわかっているものもないような気がしました。政治的なものでなくても、普通の会話の中でも、身内でも、誰かとかかわる中で意識しておきたいことだと思いました。
ちがう人間ですよ
ぼくがあなたと
親しく話をしているとき
ぼく自身は あなた自身と
まったく ちがう人間ですよと
始めから終りまで
主張しているのです
あなたがぼくを理解したとき
あなたがぼくを確認し
あなたと ぼくが相互に
大きく重なりながら離れようとしているのです
言語というものは
まったく ちがう人間ですよと
始めから終りまで
主張しあっているのです
同じ言語を話しても
ちがう人間だということを
忘れたばっかりに恐怖がおこるのです
ぼくは 隣人とは
決して 目的はちがうのです
同じ居住地に籍を置いていても
人間がちがうのですよと
言語は主張しているのです
どうして 共同墓地の平和を求めるのですか
言語は おうむがえしの思想ではなく
言語の背後にあるちがいを認めることです
ぼくはあなたと
ときどき話をしていますが
べつな 人間で在ることを主張しているのです
それが判れば
殺意は おこらないのです
詩集「直感の抱擁」から。このタイトルも素敵だ(笑)
天気は荒れ模様です。どうぞお気をつけ下さい。
ちがう人間ですよ
ぼくがあなたと
親しく話をしているとき
ぼく自身は あなた自身と
まったく ちがう人間ですよと
始めから終りまで
主張しているのです
あなたがぼくを理解したとき
あなたがぼくを確認し
あなたと ぼくが相互に
大きく重なりながら離れようとしているのです
言語というものは
まったく ちがう人間ですよと
始めから終りまで
主張しあっているのです
同じ言語を話しても
ちがう人間だということを
忘れたばっかりに恐怖がおこるのです
ぼくは 隣人とは
決して 目的はちがうのです
同じ居住地に籍を置いていても
人間がちがうのですよと
言語は主張しているのです
どうして 共同墓地の平和を求めるのですか
言語は おうむがえしの思想ではなく
言語の背後にあるちがいを認めることです
ぼくはあなたと
ときどき話をしていますが
べつな 人間で在ることを主張しているのです
それが判れば
殺意は おこらないのです
詩集「直感の抱擁」から。このタイトルも素敵だ(笑)
天気は荒れ模様です。どうぞお気をつけ下さい。
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