備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています(⁠๑⁠˙⁠❥⁠˙⁠๑⁠)

【空のお城通信〜オスカー戯言日記〜】(2010.3.17〜2021.10.31 )からタイトルを変更。(2021.11.7〜)

李白

竜潜雲便りNo.15:聖遊郭

「洒落本」について検索していたら『聖遊郭(ひじりのゆうかく)』というのが気になりました。聖って徳の高いお坊さんを表す言葉だと思っているので、それと遊郭( ・◇・)?


宝暦七年に書かれたもので、遊女屋を経営しているのが盛唐の詩人・李白。幇間には白楽天。孔子は大道太夫(たゆう)、老子は大空太夫、釈迦は仮世太夫を相方に遊び、やがて孔子と老子は床入りをします。が、釈迦だけは仮世太夫とともに廓(くるわ)を抜け出し彼岸への道行・・・洒落ているといえば洒落ている? しかし、こういう聖人のパロディ的なものは昔からあったんだなぁと。おふざけの中にいろんな説法が盛り込まれているのかもしれないけれど、オモロー(笑)を作り出す人、待ち望む人っていつの時代もいるのね(^o^;)



しかし、やはり抵抗があるのも事実。笑える範囲って人により違いますし、今も宗教関連で争う人たちは絶えない。

https://plaza.rakuten.co.jp/aisya96/diary/201306150000/?scid=wi_blg_amp_diary_next




暮雲便りNo.3:暮雲春樹(ぼうんしゅんじゅ)

4月最初の日曜日、私の田舎では今日がひな祭り~私のお雛様たちはどこにいるのかしら……ずっとどこかにしまわれているのだと思いますが……申し訳ない(/。\)



今月の記事は「暮雲便り」ですが、その説明を少し……。


暮雲(ぼうん)……ちょっと発音しにくく、マヌケな感じがしなくもないですが(;゜0゜)「暮雲春樹」という四字熟語を知ったので、使いたくなってしまいましたの……! 意味は「遠くに離れている友を思う情のこと」です。「暮雲」は夕暮れの雲。「春樹」は芽吹いた春の樹木。「春樹暮雲(しゅんじゅぼうん)」とも言うそうです。

 

出典は『春日李白を憶う』という杜甫の詩から……検索すると漢詩・書き下し文・現代語訳などの他、ふたりの交友関係やこの詩が作られた時の状況など詳しく出てきました。ここでは現代語訳を……。


李白よ、あなたの詩は天下無双だ。
世間に流されず、あくまでわが道を行く。他の誰にも真似はできない。
その詩の新鮮で活き活きしているのはユ信のようだし、才能のあふれることは鮑照にも並ぶほどだ。
ここ渭水の北ではもう春めいて、木々が茂ってきている。
あなたは江東で日暮れの雲の下にいるのか。
またいつか酒樽を前に細やかに文学論に興じたいものだ。



距離を隔てていても、相手を想う気持ち……ワタクシも小さいケータイの画面からではありますが、皆さまに出逢えたことに感謝し、毎日の暮らしの中で皆さまからいただいた言葉やブログ記事などを思い出して、ホッコリしたり前向きになったり考えたり……表面上は能面仮面かもしれませんが、喜怒哀楽フル活用しております。もし時々悪寒を感じていたらワタクシの念かも……スミマセン!(;´д`)


直接会ってしまったらおそろしく取り返しのつかないことになると思うので(皆さまの心身を疲弊させるヘンタイ魔力を持つおやぢ、それがワタクシ……多分)ずっとこのまま電脳世界でお付き合い下さると嬉しいです(^。^;)



しかし、李白と杜甫、素晴らしい詩人や優れた文化・芸術の宝庫で、古の人々のあこがれでお手本だった大国だった今は……(´;ω;`)


♪あんなに素晴らしい愛が 何故に今はとどかないの あなたのあの胸に……

天地真理ちゃんの『想い出のセレナーデ』のサビが浮かんできてしまいました……!



月がかわっても年度がかわっても、こんなワタクシですが、またどうぞよろしくお願い申し上げます。桜サクサク、しあわせザクザクな毎日になりますように(*´∀`)♪




あかね雲便りNo.8:蘖(ひこばえ)

『蘖や涙に古き涙はなし』(中村草田男)


蘖(ひこばえ)とは、樹木の切り株や根元から生えてくる若芽のことで、太い幹に対して、孫(ひこ)に見立てて「ひこばえ(孫生え)」というそうです。


ワタクシ、いつもの思い込みで「ひこばえ」は「やまびこ」の仲間だと思っていました…多分『遥かなる山の呼び声』というタイトルの影響だと思われます…調べて良かった(((^_^;)


草田男は“蘖のように涙は次々と新しくあふれるものだ”と詠んだのでしょうか。そしてこの涙は辛く悲しくせつない涙のように感じます。春先から夏に見られますが、季語としては春になるそうで…花吹雪の中の別れの情景と大好きな李白の『黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之(ゆ)くを送る』が浮かんできます。皆さまも中学の教科書に載っていませんでしたか?


五層の高楼・黄鶴楼。昔酒場の壁に仙人が描いた黄色い鶴が歌に合わせて踊り出すということで評判になり店が繁盛したという。そして再び仙人が現れ壁の鶴の背に乗って去って行ったと云う伝説があるそうですよ。


故人西辞黄鶴楼
煙花三月下揚州
孤帆遠影碧空尽
唯見長江天際流


故人 西のかた黄鶴楼を辞し 
煙花三月 揚州に下る
孤帆の遠影 碧空に尽き 
唯(ただ)見る 長江の天際(てんさい)に流るるを


我が友、孟浩然は黄鶴楼に別れを告げ、これを西にして春霞に花が咲き乱れる春三月に揚州へと下ってゆく。 ポツンとひとつ遠くに浮かんだ帆影はしだいに碧空へ吸い込まれるように消え失せ、あとはただ長江がはるかな空の果てまでも流れていくばかりである。


悲しいとか寂しいとか直接言葉にしない分、大切な友人と別れた後の李白の気持ちが伝わってきて、いつ読んでも胸キュン!!お鼻がツーン!!であります。


そうだ!肝心なことを書いていませんでした。私が「蘖とは何ぞや?」と思ったのは新聞に載っていた川柳からです。


『老木が教える人の咲かせ方』(流山市 大竹芒洋)


この句は秀逸に選ばれていました。選者の瀬々倉卓治さんの寸評です。


「倒れた樹は、ひとの姿になっている。起きあがる樹は蒼天をさしている。枯れた樹は土の中で蘖を抱いている。老木の枝に梅がいち輪。私に、いつも不滅を暗示する。齢(とし)をとると樹の言葉がわかる。」


>枯れた樹は土の中で蘖を抱いている。


この言葉に導かれ、また新しい知識の若芽を出すことができそうです。今日も荒れた天気になりそうですが、気持ちはいつも五月晴れ、天晴れでまいりましょう\(^o^)/


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