村田喜代子

2016年04月14日

暮雲便りNo.13:ひと足遅れの春

おはようございます\(・o・)/


2016年本屋大賞が決まりましたね。宮下奈都さんの『羊と鋼の森』。テレビでの取り上げ方が書店の売り上げとか映像化の話とか、お金がらみの言葉が多くて……内容についてはコメントしないのか?と思ってしまいました。 2位『君の膵臓をたべたい』(住野よる)はどんな話なのかしら……ホラーなのかしら……気にはなるけれど、なんだか手に取る気にはなれません(;^_^A


桜も葉桜になりつつありますが、散り落ちた桜の花びらを「花屑(はなくず)」というらしいです。辞書にも載っているみたいですが、ひらがなで目に入った時の印象が「はなく“そ”」になってしまうのは私だけでしょうか……ρ(・・、) そして花見の人や桜の花をめでる人を「花人(はなびと)」「桜人(さくらびと)」というのをきいて「桜人って“おうと”とか読ませて名付ける親とかいるのかなぁ」と考えた後すぐに「花見で酔っぱらった人が…みたいでよくないよねぇ」となってしまう自分がイヤですわ( ̄~ ̄;)


キラキラネームがまだ増えているみたいですが、村田喜代子さんの『光線』という短編集の最後に「楽園」という作品があって、そこに出てくる男子大学生の名前が「星人(せいと)」。この作品中では例えば「山田花子が…」みたいにフルネームで書かれているんですね。彼もフルネームで「橋本星人が…」となるんですが、どうしても「ハシモト・セイジン」って宇宙からやって来た謎の人物みたいに読んでしまうんです……シリアス系なのに、この名前(漢字)がタコstyleの火星人(古い!)が浮かんできて困りました。



職場トラブルで凹んでいた時期もありましたが、私の天敵!とも言える担当者が(お互い様かも)別の人にかわることが決まったようで、ちょっと浮かれた気分になっています♪(#^ー°)v 春だ、春だ、私の心にも桜咲く日がやってきたようで嬉しいです! 新しい担当者が異性(人)ではあっても、話が通じない異星人でないように祈って下さい(≧∇≦)



rohengram799 at 06:14|PermalinkComments(6)

2016年02月24日

凍雲便りNo.11:神等去出

『神等去出(からさで)の荷物受けるに認印』(たなか迪子)


たなかさんは、1945年2月生れ、千葉県船橋市在住。この“からさで”ってナニ(´・ω・`)?と思い、検索したら“karasade”というパワーストーンを扱うお店が出てきて「えっ、そんなスピリチュアルgoodsをウキウキで受け取る気持ちを句にしたの? イヤイヤ、店名が季語とかないし、認印も季語であるはずがないだろ(ー_ー;)」………ものぐさして漢字変換し「神等去出」を再検索!


神奈月は神在月…出雲においては、神迎祭のあとに神在祭(かみありさい)があります。神々が出雲にやってきて7日。その目的は会議とも法事とも伝えられているそう。行事を終えた神々は出雲大社を離れます。神等去出祭はその神々を見送るお祭りなんだそう。さらにその7日後、第二神等去出祭により出雲を旅立つらしい……。全国に神々をお見送りする神等去出祭(からさでさい)、知らなかった! 季節は初冬になるそうです。




今、村田喜代子さんの『ゆうじょこう』を読んでいます。硫黄島から熊本の遊郭に幼くして売られてきたイチという少女が主人公です。遊女という題材を選んだのは「熊本には二本木遊郭という廓があり、なかでも東雲楼は全国でも五本の指に入るといわれていました。いまはすっかり様変わりしているのですが、最近まで東雲楼の建物が一部、残っていたのです。それがいよいよ取り壊されるというので見に行ったのがきっかけ」だそうです。


遊郭のそばには手紙を代筆する代書屋が必ずある(客への恋文などの代筆を頼んだりしたから)というのは知っていましたが、大きな遊郭街には、明治になると「女紅場(じょこうば)」という遊女のための学校ができたというのをこの本で知りました。そこでは、作文や習字だけでなく、料理や裁縫、活け花など女性として嗜むべきことも教えていたそう。


二本木遊郭の女紅場の開設は新聞記事にもなって、生徒が三百人以上いたそうです。これはそれだけ身を売る、売られてきた女性がいたということですよね。女紅場でイチは元士族のお師匠さん・赤江鐵子に言葉や文字を教わります。自分の名前に始まり、太陽や月、山、海、風など世界を知るべき言葉を少しずつ学んでいきます。自分の気持ちを書いて読み返すことにより、考えがまとまりまた新しいなにかに出会っていく……そんな子どもから少女へ大人へと変化していく様子も感じられます。


この作品は、明治33年に実際に東雲楼で起きたストライキ事件をもとにしているのですが(50人もの女性が参加、さまざまな妨害にも抵抗し続け、結局楼主側も妥協せざるをえませんでした。のちに各地で盛んになった廃娼運動をもたらすことにもなりました)遊女たちの辛い境遇よりも、島育ちのアッケラカンとしたイチの言動や思考、そして方言で書かれた日記のような作文に思わず笑ってしまうのです。悲惨な出来事も描かれている作品なのに、イチの魅力にグイグイ引っ張られていきます。


ある日、宣教師だと思われる人物…イチに言わせると「男は蚕のように真っ白い皮膚をして、髪は縮れた赤毛だった。体はというと手長蜘蛛みたいに長いのである」…が神様の有り難い歌を仲間に教えていたところに出くわし、一緒に歌おうと誘われます。が、イチは自作の亀の歌をうたうのです!


「カ、メ、でねぇ。カ、ミ、サ、マったい」と言われても「うっが(うちの)島じゃ、亀どんも、神サンじゃっど」と言い張るイチ……このガンコである意味素直なところがとても可愛く感じるのは、私がおやぢだからなのかしら……遊女としてのテクニック指導描写も何ヵ所かあるんですが、不思議といやらしいとか赤面するとかでなく、稼ぐための技術を取得する努力をしているのだ、それがあるからこその花魁なのだととても納得しました。



人それぞれに神様、またはそれに等しいナニかが存在していると思うのですが「自分の神様が一番!みんなひれ伏せ!」みたいなのはあってはならないと思います。



本日もまとまりのないまま……サラバじゃ(* ^ー゜)ノ





rohengram799 at 09:53|PermalinkComments(8)
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