松本清張
2017年01月23日
夢雲便りNo.15:セイチョウしてます!
昨日は『高校殺人事件 』(光文社文庫) を読みました。
「BOOK」データベースより内容を紹介しますと
武蔵野台地の一画で、多摩川を見下ろす城跡に私たちの高校はある。高校三年生の私の仲間で詩人ポーの心酔者で、クラスメイトや先生から愛されていた通称「ノッポ」が学校裏の沼で絞殺死体となって見つかった。彼の死をきっかけに学校の周りで不思議な出来事が続発する。はたして事件の真相とは―。
『金田一少年の事件簿』みたいな、この青春してます!小説を書いたのは、あのままタラコ唇で有名な・・・あ、失礼!たくさんの社会派作品を書いていた松本清張さんです。意外! またSF的な作品も一作あるというので、Amazonで頼んでしまいました。
時代は古いのですが(1959~1960に書かれた)それを感じさせないのが、さすがです。物語の展開としては、同級生たちとの推理が行き詰まった時に、主人公のいとこ(もちろん女の子)がやってきて、外部の冷静な目線で少しずつ真相に迫っていくという・・・このいかにも!な雰囲気もワクワクして楽しいです😃💕
物語に享光院(きょうこういん)というお寺が出てきて、ここの住職の名前が倉田春恵(くらた・しゅんけい)というのですが、気が緩む(?)と「はるえ」と読んでしまい、金八先生で校長先生だった赤木春恵さんが浮かんでアレ?となってしまいました💦
さて、この春恵さんですが、南方戦線の「従軍僧」だった過去がありました。「従軍慰安婦」という言葉はもう巷にあふれていて、銅像まで作りまくる団体もいるくらいですが、「従軍僧」という言葉は初耳でした。
世界大百科事典 第2版の解説によりますと【軍旅に従う僧侶,すなわち陣僧のこと。戦陣に僧侶をともなうことは古くからあったが,とくに南北朝内乱期からこの傾向が著しくなった。後醍醐天皇につねに近侍した東寺長者の文観(もんかん),しばしば足利尊氏の軍旅に従った醍醐寺座主の賢俊はその典型である。彼らは当時一流の密教僧で,天皇や将軍に近侍して軍旅のまにまに逆徒退治,天下静謐(せいひつ)など護摩祈禱を修した。この意味では現世利益を祈念する祈禱僧である。そして他方,九州に西走する尊氏のもとに,賢俊が光厳上皇の院宣をもたらして尊氏の挙兵に大義名分を与えたように,彼らは貴族出身という俗縁を生かして,軍旅にありながら戦略,政略をたてる政僧でもあった。】とありました。そんなに歴史があったのか・・・!
また他にブログを読んでいますと
日蓮宗の折五条(おりごじょう)という簡易袈裟はなぜ使用されるようになったか?という質問がでました。 戦争に従軍した僧侶(従軍僧 じゅうぐんそう)が法服の上から大きな袈裟をかけていると動きにくいから小さく折りたたんだ名残、なのですが(略)
とありまして、う~ん、まだまだ知らないことがたくさんだわと思いました。アメリカでは「従軍牧師」を派遣しているようです。詳しくはWikipediaなどを読んでみて下さいませ。
今日はまた寒い1日になりそうですね。どうぞあたたかくしてお過ごし下さいませ。
「BOOK」データベースより内容を紹介しますと
武蔵野台地の一画で、多摩川を見下ろす城跡に私たちの高校はある。高校三年生の私の仲間で詩人ポーの心酔者で、クラスメイトや先生から愛されていた通称「ノッポ」が学校裏の沼で絞殺死体となって見つかった。彼の死をきっかけに学校の周りで不思議な出来事が続発する。はたして事件の真相とは―。
『金田一少年の事件簿』みたいな、この青春してます!小説を書いたのは、あのままタラコ唇で有名な・・・あ、失礼!たくさんの社会派作品を書いていた松本清張さんです。意外! またSF的な作品も一作あるというので、Amazonで頼んでしまいました。
時代は古いのですが(1959~1960に書かれた)それを感じさせないのが、さすがです。物語の展開としては、同級生たちとの推理が行き詰まった時に、主人公のいとこ(もちろん女の子)がやってきて、外部の冷静な目線で少しずつ真相に迫っていくという・・・このいかにも!な雰囲気もワクワクして楽しいです😃💕
物語に享光院(きょうこういん)というお寺が出てきて、ここの住職の名前が倉田春恵(くらた・しゅんけい)というのですが、気が緩む(?)と「はるえ」と読んでしまい、金八先生で校長先生だった赤木春恵さんが浮かんでアレ?となってしまいました💦
さて、この春恵さんですが、南方戦線の「従軍僧」だった過去がありました。「従軍慰安婦」という言葉はもう巷にあふれていて、銅像まで作りまくる団体もいるくらいですが、「従軍僧」という言葉は初耳でした。
世界大百科事典 第2版の解説によりますと【軍旅に従う僧侶,すなわち陣僧のこと。戦陣に僧侶をともなうことは古くからあったが,とくに南北朝内乱期からこの傾向が著しくなった。後醍醐天皇につねに近侍した東寺長者の文観(もんかん),しばしば足利尊氏の軍旅に従った醍醐寺座主の賢俊はその典型である。彼らは当時一流の密教僧で,天皇や将軍に近侍して軍旅のまにまに逆徒退治,天下静謐(せいひつ)など護摩祈禱を修した。この意味では現世利益を祈念する祈禱僧である。そして他方,九州に西走する尊氏のもとに,賢俊が光厳上皇の院宣をもたらして尊氏の挙兵に大義名分を与えたように,彼らは貴族出身という俗縁を生かして,軍旅にありながら戦略,政略をたてる政僧でもあった。】とありました。そんなに歴史があったのか・・・!
また他にブログを読んでいますと
日蓮宗の折五条(おりごじょう)という簡易袈裟はなぜ使用されるようになったか?という質問がでました。 戦争に従軍した僧侶(従軍僧 じゅうぐんそう)が法服の上から大きな袈裟をかけていると動きにくいから小さく折りたたんだ名残、なのですが(略)
とありまして、う~ん、まだまだ知らないことがたくさんだわと思いました。アメリカでは「従軍牧師」を派遣しているようです。詳しくはWikipediaなどを読んでみて下さいませ。
今日はまた寒い1日になりそうですね。どうぞあたたかくしてお過ごし下さいませ。
2016年08月16日
乗雲便りNo.16:女子大生…( 〃▽〃)
山口恵以子さんの『月下上海』を読み終わりました! この作品で松本清張賞を受賞した山田さん、「水で割った酒は飲まぬよう父の遺言で言われてる」ので賞金は全て酒代(^◇^)と言っていたそうですね。
昭和17年10月、八島財閥令嬢にして当代の人気画家・八島多江子は、戦時統制化の日本を離れ、上海にやってきました。そこで、招聘元である中日文化協会に潜入し岸と名乗っていた憲兵大尉・槙庸平から、民族資本家・夏方震に接近し、重慶に逃れた蒋介石政権と通じている証拠を探すように強要されます。「協力を断れば、8年前の事件の真相をマスコミに公表する」と……。8年前、多江子が夫・瑠偉とその愛人によって殺されかける有名な事件が起きました。愛人は取り調べ中に自殺し、瑠偉は証拠不十分で釈放されたものの、親元の伯爵家から除籍され、満州へ……。そして奇跡的に一命を取り留め留めた多江子は、スキャンダルを武器に人気画家へのし上がったのですが、その真相は、愛人と外地へ駆け落ちしようとした夫を許せなかった彼女が、他殺に見せかけて自殺を図ったのです……。
情熱的で頭もよくて美しくて、たくましい……! 登場する男性陣もいろんなタイプがいて(笑)まだテレビにメロドラマ枠があったら絶対見たかったと思う展開でしたわ。ラストも余韻があったし、彼女の装いもまたステキだったので映像で見たい!歴史に詳しければ、上海の街並みとかリアルにうかんできて、もっと深く当時のことを考えて物語に幅を持たせて深い読み方も出来たのだろうと思います。上海事変とかナニ?って検索しましたよ……第一次、第二次があったなんて習った記憶もない(-_-;)
漫画では森川久美さんのの『蘇州夜曲』や『南京路(ナンキンロード)に花吹雪』『Shang-hai 1945』なんかを読みましたが、当時は今よりもっとものしらずだったので、ただ雰囲気で読み流していた感じ……。また読んでみたいけれど、今は古本屋にでもいかないと見つからない作品だろうなぁ。
さてさて、今日は《女子大生の日》だそうですね。1913年のこの日、東北帝国大学(現在の東北大学)が女子受験生3人の合格を発表し、日本初の女子大生が誕生しました。そのうちの一人は日本最初の女性理学博士となった黒田チカさんだったそうです。
黒田さんは明治17(1884)年、佐賀県生まれ。進歩的な父のもとに育ち、佐賀師範学校女子部卒業後の1年間の義務奉職の後、当時の女子にとっての最高学府であった東京の女子高等師範学校理科に入学。理科の実験は学校でなければできないと考えたのが理由だそう。卒業の頃には化学に興味を持つようになり、更なる進学を希望しましたが、そのころ帝国大学は女子に門戸を閉ざしていました。
しかし大正2(1913)年に、東北帝国大学が初めて女子の受け入れを決めます。すでに女高師の研究科を修了して助教授になっていたのですが、母校の教官の推薦を受け、東北帝国大学理科大学化学科を受験。黒田さんはこのとき29歳! 世間も新聞も大騒ぎをし、文部省は女子を入学させることに対して不快感を示す書状を東北帝大に送付したそうです……学問への意欲を奪い取るような、こんな時代もあったのですね。
私が小学生の頃は、四年制大学に進学するおねーさんなんて、町内にひとりいるかいないかで「本当に頭のいい人!」という認識でした。それがいつの間にかチャラチャラした派手な遊び好きなおねーちゃんたちになってしまって……(´;ω;`) 女子大生ブーム、あれは何がキッカケだったんでしょうか? そして今でもこのブームの余熱はあるんでしょうか?
女子大生になることもなく、すっかりおばちゃんになったワタクシ、山口恵以子さんのようにコツコツと毎日文章を書いて作家になる日を夢見ていたら、何かが違ったかも……なんて白昼夢をみています。暑さのせいね( ̄0 ̄;)
昭和17年10月、八島財閥令嬢にして当代の人気画家・八島多江子は、戦時統制化の日本を離れ、上海にやってきました。そこで、招聘元である中日文化協会に潜入し岸と名乗っていた憲兵大尉・槙庸平から、民族資本家・夏方震に接近し、重慶に逃れた蒋介石政権と通じている証拠を探すように強要されます。「協力を断れば、8年前の事件の真相をマスコミに公表する」と……。8年前、多江子が夫・瑠偉とその愛人によって殺されかける有名な事件が起きました。愛人は取り調べ中に自殺し、瑠偉は証拠不十分で釈放されたものの、親元の伯爵家から除籍され、満州へ……。そして奇跡的に一命を取り留め留めた多江子は、スキャンダルを武器に人気画家へのし上がったのですが、その真相は、愛人と外地へ駆け落ちしようとした夫を許せなかった彼女が、他殺に見せかけて自殺を図ったのです……。
情熱的で頭もよくて美しくて、たくましい……! 登場する男性陣もいろんなタイプがいて(笑)まだテレビにメロドラマ枠があったら絶対見たかったと思う展開でしたわ。ラストも余韻があったし、彼女の装いもまたステキだったので映像で見たい!歴史に詳しければ、上海の街並みとかリアルにうかんできて、もっと深く当時のことを考えて物語に幅を持たせて深い読み方も出来たのだろうと思います。上海事変とかナニ?って検索しましたよ……第一次、第二次があったなんて習った記憶もない(-_-;)
漫画では森川久美さんのの『蘇州夜曲』や『南京路(ナンキンロード)に花吹雪』『Shang-hai 1945』なんかを読みましたが、当時は今よりもっとものしらずだったので、ただ雰囲気で読み流していた感じ……。また読んでみたいけれど、今は古本屋にでもいかないと見つからない作品だろうなぁ。
さてさて、今日は《女子大生の日》だそうですね。1913年のこの日、東北帝国大学(現在の東北大学)が女子受験生3人の合格を発表し、日本初の女子大生が誕生しました。そのうちの一人は日本最初の女性理学博士となった黒田チカさんだったそうです。
黒田さんは明治17(1884)年、佐賀県生まれ。進歩的な父のもとに育ち、佐賀師範学校女子部卒業後の1年間の義務奉職の後、当時の女子にとっての最高学府であった東京の女子高等師範学校理科に入学。理科の実験は学校でなければできないと考えたのが理由だそう。卒業の頃には化学に興味を持つようになり、更なる進学を希望しましたが、そのころ帝国大学は女子に門戸を閉ざしていました。
しかし大正2(1913)年に、東北帝国大学が初めて女子の受け入れを決めます。すでに女高師の研究科を修了して助教授になっていたのですが、母校の教官の推薦を受け、東北帝国大学理科大学化学科を受験。黒田さんはこのとき29歳! 世間も新聞も大騒ぎをし、文部省は女子を入学させることに対して不快感を示す書状を東北帝大に送付したそうです……学問への意欲を奪い取るような、こんな時代もあったのですね。
私が小学生の頃は、四年制大学に進学するおねーさんなんて、町内にひとりいるかいないかで「本当に頭のいい人!」という認識でした。それがいつの間にかチャラチャラした派手な遊び好きなおねーちゃんたちになってしまって……(´;ω;`) 女子大生ブーム、あれは何がキッカケだったんでしょうか? そして今でもこのブームの余熱はあるんでしょうか?
女子大生になることもなく、すっかりおばちゃんになったワタクシ、山口恵以子さんのようにコツコツと毎日文章を書いて作家になる日を夢見ていたら、何かが違ったかも……なんて白昼夢をみています。暑さのせいね( ̄0 ̄;)
2014年11月07日
琥珀雲便りNo.7:お寝(よ)って候 o(__*)Zzz
今日は『立冬』暦の上ではもう♪冬がはじまるよ ~ですね。お歳暮商戦やらクリスマスやら……めったに出掛けないと、人混みに酔ってしまいそう(´Д`)
初めての松本清張作品『花実のない森』。時代がちょうど自分が生まれた頃くらいなので、貨幣価値や個人情報をベラベラしゃべりすぎ!みたいなのはありますが、読みやすくイッキにラストまで読んでしまいました(´∇`) その前の川上弘美さんの『風花』がスゴいイライラする主人公だったので(ダンナが浮気しているのに、怒るわけでも悲しむわけでもなく、自分も若い男と手つなぎデートしたり、女友だちと旅行したり…デモデモダッテちゃんで、33歳なのに空気が読めないというか、ニブイというか……まぁ破れ鍋に綴じ蓋なふたりだな、という印象のラストでした)清張作品としては佳作かもしれませんが、次は長編にいっちゃいますかぁ(^o^)vな気分になりました!←実際は違う作家さんの本を買ってきた( ̄▽ ̄;)
この本の中に「旦那さまはいまお寝(よ)っていらっしゃいますから」という一文があり……ナニ、このお寝るって……寝るのは夜だから?シャレから出来た言葉なのか?……ということで検索開始!( ̄- ̄)ゞ
「およる」の漢字には「御夜/御寝」がありました。寝ることをいう尊敬語なんだそうです。御就寝が御執心に変換されて、酔っぱらいの旦那さまが日ごろから目をつけていた若いお手伝いさんの寝込みを襲うという妄想炸裂するおやぢな自分がちょっとカナシイ(ーー;)
「およんなる」とか「寝る」の尊敬語なので、年長者や雇い主にしか使わない言葉だと思っていましたが、なんと子守唄の中にこの言葉がありました。
♪あらあらおねむね おころりよ
およってしずかに ねんねんよ
自分のところにやってきてくれた、大事な大事な赤ちゃんを愛しく尊く思う気持ちがたくさんつまった歌のタイトルはズバリ『こもりうた』です。5番目の歌詞になります。私は歌ったことはもちろん、聞いたこともありませんが、記憶にある方もいらっしゃるでしょうか?
http://www.fukuchan.ac/music/jojoh/komoriuta.html
前の記事のコメントで「ひっぱりだこ」という駅弁の話をいただいたので、タコ関係の駅弁を知りたくなり調べてみました。「駅弁図鑑」で検索するとまたいろんなお弁当が見られると思います。空腹時は閲覧注意ですな(o^ O^)シ彡☆
http://ekibento.jp/ki-nishiakashi2.htm
駅弁を楽しむ冬の旅を夢見て今日1日頑張りたいと思いますp(^^)q
初めての松本清張作品『花実のない森』。時代がちょうど自分が生まれた頃くらいなので、貨幣価値や個人情報をベラベラしゃべりすぎ!みたいなのはありますが、読みやすくイッキにラストまで読んでしまいました(´∇`) その前の川上弘美さんの『風花』がスゴいイライラする主人公だったので(ダンナが浮気しているのに、怒るわけでも悲しむわけでもなく、自分も若い男と手つなぎデートしたり、女友だちと旅行したり…デモデモダッテちゃんで、33歳なのに空気が読めないというか、ニブイというか……まぁ破れ鍋に綴じ蓋なふたりだな、という印象のラストでした)清張作品としては佳作かもしれませんが、次は長編にいっちゃいますかぁ(^o^)vな気分になりました!←実際は違う作家さんの本を買ってきた( ̄▽ ̄;)
この本の中に「旦那さまはいまお寝(よ)っていらっしゃいますから」という一文があり……ナニ、このお寝るって……寝るのは夜だから?シャレから出来た言葉なのか?……ということで検索開始!( ̄- ̄)ゞ
「およる」の漢字には「御夜/御寝」がありました。寝ることをいう尊敬語なんだそうです。御就寝が御執心に変換されて、酔っぱらいの旦那さまが日ごろから目をつけていた若いお手伝いさんの寝込みを襲うという妄想炸裂するおやぢな自分がちょっとカナシイ(ーー;)
「およんなる」とか「寝る」の尊敬語なので、年長者や雇い主にしか使わない言葉だと思っていましたが、なんと子守唄の中にこの言葉がありました。
♪あらあらおねむね おころりよ
およってしずかに ねんねんよ
自分のところにやってきてくれた、大事な大事な赤ちゃんを愛しく尊く思う気持ちがたくさんつまった歌のタイトルはズバリ『こもりうた』です。5番目の歌詞になります。私は歌ったことはもちろん、聞いたこともありませんが、記憶にある方もいらっしゃるでしょうか?
http://www.fukuchan.ac/music/jojoh/komoriuta.html
前の記事のコメントで「ひっぱりだこ」という駅弁の話をいただいたので、タコ関係の駅弁を知りたくなり調べてみました。「駅弁図鑑」で検索するとまたいろんなお弁当が見られると思います。空腹時は閲覧注意ですな(o^ O^)シ彡☆
http://ekibento.jp/ki-nishiakashi2.htm
駅弁を楽しむ冬の旅を夢見て今日1日頑張りたいと思いますp(^^)q