空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:歌会始

今年は全体的に暖冬なのかな〜って思いますが、夜はやはり冷えるので、夜中の2時くらいまでは「寒いなぁ」でなかなか眠れず…うつらうつら状態です。でもその後、早く目覚めてしまうのが加齢というものでしょうか(´-ω-`)

おはようと目覚めし君と初笑ひ 朴文英
(*第11回 恋の俳句大賞より)

ふっ、こんな朝はもうやって来ませんわ!……というか、あっただろうか?



今日は歌会始でしたね。秋篠宮さまが昭和天皇との思い出を歌に詠まれたのが印象深いです。来年のお題は「実」だとのこと。いろんな世界が広がるお題だなと思いました。




さてさて……新聞で久しぶりに八木重吉さんの詩を読みました。タイトルは「豚」🐷 可愛い!


この 豚だって
かわいいよ
こんな 春だもの
いいけしきをすって
むちゅうで あるいてきたんだもの



豚つながりで、この前郵便局に行った時に窓口にシクラメンで鉢植えがあって、そう言えばイタリア語だったかな、シクラメンって「豚の饅頭」っていうんだっけ!と思い出しました。


紀伊国屋書店にて待つシクラメン


高澤晶子さんの俳句に、高校時代、文通していた女の子(神奈川在住)と待ち合わせを紀伊国屋書店でしたのを思い出しました。目印がシクラメンだった、ということはなかったけれど。


シクラメンって今の時期によく見かけるので、冬の花のイメージがありますが、春の花なんですね。だからシクラメンの俳句は春を詠んだものになる。私は待ち合わせしたのがお正月だったので、どうしても冬のイメージのままですが(^o^;)


受験生の皆さんにも、早く「春」が来ますように。



http://kigosai.main.jp/?page_id=29459




【追記】
新聞で歌会始の記事を読みました。
「災ひ」の言葉を使われた皇后陛下の御歌に正直、(´・ェ・`)な気持ち。言いたいことはわかります。でもなぜその言葉を選んだのか? お題が「望」なのに。私にはこの言葉(文字)のインパクトが強すぎて、下の句の「希望」が対の言葉としてただ存在しているようで残念に感じました。
彬子さまの「言の葉のたゆたふ湖の水際から漕ぎ出さむと望月の舟」が美しく一番好きですわ。信子さまの富士山! ありがとうございます🗻な気持ち(笑)

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200116-00000548-san-soci

平和最後の歌会始のお題は「光」でした。


山腹の洞穴(どうけつ)深く父宮が指したる先に光苔見つ


秋篠宮さまが詠まれたのは、家族旅行で足を運んだ長野県の石尊山(せきそんさん)で(千葉にも同じ名前の山があるみたいですね)陛下が教えてくれたヒカリゴケを見た時の驚き。石尊山を登った方のブログで写真が多いものがコチラでした。時代は違いますが、このような風景をご覧になったのでしょうか?

http://hirasan.canada2194.com/sekisonsan.html



この「父宮」は現在の上皇さまなのに、何故か昭和天皇のお姿が浮かんでしまうワタクシ。 上皇さまはハゼとか魚類研究のイメージが強いからでしょうか、あくまでも私の個人的なイメージですけど。どうしても植物関係は昭和天皇に結びついてしまいます。そして、サファリルックの三兄妹がドラクエみたいに洞窟探検している姿を想像してしまう……不敬だ!と言われてしまうかな(-ω- ?)



秋篠宮ご夫妻は沖縄ご訪問、三笠宮家の瑶子さまはミャンマーをご訪問。私はこのニュースを見聞きして、また漫画版の『ビルマの竪琴』を読んでしまいました。(ちゃんと小説を読む日は来るのでしょうか?)


瑶子さまがヤンゴン市内の日本人墓地にある先の大戦後に建立された「ビルマ平和記念碑」に拝礼されましたね。

瑶子さまは、7年前に亡くなられた父親の三笠宮寛仁さまと共に拝礼するという気持ちを示すため、寛仁さまの帽子と羽飾りを身につけられ、慰霊碑に花輪を手向け深々と拝礼されました。ミャンマーではおよそ14万人の日本人が戦没していますが、天皇や皇族がミャンマーで戦没者の慰霊碑に拝礼するのは初めてです。(ネットニュースより)


この時の服装についていろいろ言われているようですが、父親と共に…というお気持ちは理解するべきではないかと。



服装と言えば【イラスト・ファッションアパレル用語辞典】なるものを見つけて、あまりにもいろんな言葉があってビックリしました。ビミョーな違いがわからないものもあって、自分のセンスのなさにため息ですわ(。-∀-)

https://www.modalina.jp/modapedia/




追記:ちばてつや先生のブログから…父上さまっ!(o゚Д゚ノ)ノ

https://ameblo.jp/chibatetsu/entry-12555773399.html

最近のマイブームは過去の歌会始のお題を検索すること。昭和53年歌会始お題は「母」でした。

https://www.kunaicho.go.jp/culture/utakai/utakai-s53.html



山口県の内藤靜江さんの

額づけるかたちに父の足洗ふ母のそびらのいたく小さし


「母のそびら」とはなんぞや?と思ったら「背 (そ) 平 (ひら) 」で背中(せなか)のことでした。亭主関白な父親だったのか、病気かケガで自分では足を清潔に保つことが難しかったのか。「額づけるかたち」に奉仕を感じるか、慈愛を感じるか。「いたく小さ」い背中に献身を見るか、悲哀を見るか。どんな気持ちで両親の姿を見ていたのでしょう。



「そびら」を検索していたら、指に刺さるような小さい木片?トゲ?みたいなものを 「そびら」とか「そばり」「そべら」という地域があると知りました。私は初耳でしたが、なんでこんな方言(ですよね?)がうまれたのか、由来が知りたい〜!




山梨の紅葉の記事を見つけました。恵林寺、信玄さんのお祭りでだいたい春にしか行ったことがない〜秋もこんなに綺麗だったのか!

http://karukantimes.com/archives/51719897.html

土曜日には東京でも雪が降るとか? 天気予報でその話を聞いただけで寒いです⛄


詩というには長くないか?という大岡信さんの『雪童子』の一部をご紹介します。こういうことをやってみたい!



………

そんな冬のある一日、私はそこに面白いものを見てしまつた。
 机からふと眼をあげ、空地との境の簡単な柵の向うの、白銀世界を見やつた時、私は思はず凝視の姿勢になつた。
 いつ現れたのか、一人の子供が、雪原の真中に立つてゐたのだ。厚手のジャンパー様の上着、足にはかなり深い長靴、頭にはふさふさと耳たぶまで覆つて垂れてゐる毛糸編みの帽子。
 男の子か、女の子か、区別がつかないが、行動から見れば男の子だつたのだらう。五、六歳と見えるその子は、じつと雪を見つめて、立つてゐたが、やをら両手を前に揃へて突き出した。あつといふ間もなく、プールのへりに立つた姿勢で、一気に見えないへりを蹴り、ザブーン、飛び込みをやつてのけたのである。
 私は思はず声をあげて笑つてしまつた。ガラス窓の内側だから、その子にはもちろん聞こえない。気もつかない。
 だあれも見てゐない静寂な植木林の空地で、その子は何度も飛び込みをくり返し、やがてそれだけでは足りず、雪原の上に寝そべつて、はじめはゆつくり、やがて熱中して、空地の一方のはじから他方のはじまで、二、三十メートルの間をごろごろ、行つたり来たり、じつに無我の境地で、余念なく転がりはじめたのである。
 ガラス窓の内側から眺め続けながら、その子が今どんなに純粋な快感にひたつてごろごろ転がつてゐるか、私はうづくやうな思ひで感じてゐた。
 のぞき見してゐるのは妙に後ろめたいことだつたが、それがほんとに後ろめたく感じられるほどに、その子は無心に、無言の快感の叫びをあげてゐた。それから、フツと立ちあがつた。まつたく何一つ起こらなかつたやうに、全身で変貌し、次の瞬間、すたすたと歩いて、畑地の先の道路の方へ消えてしまつた。まるで、幻。
……



子どもの切り替えが見事すぎる!(爆) 全文はこちらのブログ記事をお読み下さいませ。

【雪童子】
http://privacy2011.blog.fc2.com/blog-entry-69.html





歌会始のお題に「雪」はあったのかな?と調べてみたら昭和24年歌会始に「朝雪(あしたのゆき)」がありました。

御製(天皇陛下のお歌)

庭のおもにつもるゆきみてさむからむ人をいとどもおもふけさかな





昨日、今日と地震がありました。12月というか寒い時期に地震が多いような気がします。皆さま、どうぞお気をつけ下さい。

「老いてなほ小さき立志梅白し」   


深見けん二さんの句集『日月』から。朝日に向かって自分にとっての特別な日に誓いを立てているようなこの句が好きです~清々しいというか、頑張ろうという気持ちになれる。


水仙が咲き始めたとか花粉情報などがニュースで流れたり、日没時間が遅くなるのを感じると、だんだん春に向かっていくなぁ、と。大晦日までは冬まっしぐら!な気分ですが、年が明けてセンター試験が過ぎて節分、バレンタインなど浮かれた話題が多くなると、一足お先に「春🌸 」なアタマになってしまいます。



今年の歌会始のお題は「光」でしたね。一般からの作品(詠進歌というらしい)で選ばれた山梨県・82歳の石原義澄さん(石原良純と同じ読み方なのかしら)の歌は農業に携わる人の歌で、勝沼のぶどう畑を思い出しました。

「剪定の済みし葡萄の棚ごとに樹液光りて春めぐり来ぬ」


召人控の栗木京子さんの歌もよかった。

「言葉には羽あり羽の根元には光のありと思もひつつ語る」



選者のひとりの永田和宏さんの歌に詠まれた「ひと」はやはり亡くなった奥さまの河野裕子さんなんでしょうねぇ………2010年にご夫婦で選者でした。その時に河野さんが詠まれた歌。


「白梅に光さし添ひすぎゆきし歳月の中にも咲ける白梅」


こちらが今年の永田さんの歌。

「白梅にさし添ふ光を詠みし人われのひと世を領してぞひとは」



ずっと奥さまは永田さんの心を占領しているのでしょう。それが悲しみであったとしても、なんといとおしいものなのか。相聞歌といってよいのではないでしょうか。


体調が一向に回復に向かわない状況(むしろ悪化していたのでは)で、選者となった裕子さんには辞退すべきだったのでは、の意見もあったようですが、歌の世界に詳しくない私などはこういう機会がなければ知らないままの方々がたくさんいらっしゃるし、いろんな粉とを考える機会にもなったので有り難く思っています。


皇族の皆さまのお歌は正直、う~ん、わからない😖のもありましたけど、日本語の美しさやそれを表す手段としてこの技法がずっと残ることを願っています。

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