池田澄子

2016年12月27日

走雲便りNo.20:嘆く元気

先月から給与明細が圧着ハガキで届くようになり、今月はもう1枚、源泉徴収票も印字されてきたのですが・・・生年月日の日が違う・・・去年はまだ外注していなかったので本社からだったのですが間違いはなし。う~ん、と思い朝イチで本社に電話しました。


間違いがあったのは私だけではなく、みんな誕生日がゾロ目になっていたらしい・・・私は4月4日生まれになっていたけど、7月7日や10月10日の人もいたんでしょう。本当にゾロ目生まれならいいけどねぇ・・・外注先には訂正して明日には投函するようにしたと一回はいましたが、年賀状とかで郵便物が大量になるこの時期に・・・迷子郵便にならないか心配ですわ。Web明細も選べたけど、みんなだいぶ大人なので、ほとんどの人がハガキのはず。なんだかなぁ・・・( ̄~ ̄;)




「朝晩の寒さを嘆く元気かな」(池田澄子)


池田さんの俳句はいつもウンウンとなるものが大いにけれど、これもそう! 心身ともに辛い時にはこんな言葉さえつぶやくのが億劫だし、思考が定まりません。「寒いね~」と言えるのを元気の印にして、年末もうひと頑張りしてみようかと思います。


外はスゴい風です。雨も降ってきました。皆さまも外出時にはお気をつけ下さい!



rohengram799 at 10:43コメント(10)トラックバック(0) 

2016年08月14日

乗雲便りNo.14:寒蝉

『桑の実を前歯でちょっと噛み故郷』(池田澄子)



実際、故郷に帰り桑の実を食べたのか、違う場所で口に運び故郷を思い出したのか、どちらにしても浮かぶのは懐かしい故郷………私も桑の実を小学校に行く途中に食べたりしていました(笑) “おかいこさん”農家も今はほとんど残っていないのではないかと思います。桑畑も少なくなっているだろうなぁ。皆さまが故郷を思い出す“ひとかじり”“ひとくち”はなんでしょう?



11日に甲府で、コオロギの初鳴が観測(平年より3日早い)され、12日には新潟や名古屋でツクツクボウシの初鳴が観測されたそうです。こういうのを観測している人たちがいるのがスゴいな、と思いつつ……立秋を過ぎたのを虫たちの方がよくわかっているのですね(^o^;)


スーパーのチラシにあった七十二候(*)には『寒蝉鳴(ひぐらしなく)』の文字が。寒い蝉? 蝉が寒い? ヒグラシは「蜩」ではないの?………?(・_・;?

(*)http://www.i-nekko.jp/meguritokoyomi/shichijyuunikou/



「寒蝉」は“かんぜみ”と読み、秋の末に鳴く蝉。ツクツクボウシまたはヒグラシの古称か。かんせん。 七十二候が中国から日本に伝来した当時のものは「寒蝉鳴」とあり、普通はこれで「かんせんなく」と読むそう。「時期は“立秋の末候”となっていますので「蜩鳴く」時期とはズレているような……。中国では鳴いているのかしらん? 寒蝉は秋の訪れを告げる蝉なのづ「秋つげぜみ」とも読まれることがあるらしい。ヒグラシよりもツクツクボウシが鳴く時期にあうのでは?ということで、“ツクツクボウシまたはヒグラシの古称か”となっているようです。しかし、ヒグラシは哀愁があり、夏をしみじみと惜しむ感じがありますが、ツクツクボウシは西川のりおさんのイメージが強いので「もう夏が終わり~? ざけんなよ、まだ遊ぶんだよ!」みたいな、なんとも言えない気分になってしまう世代です( ̄~ ̄;)


http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlko/200708200.htm



高知にお住まいのKIRARI様のブログに『よさこい』の記事がありました。祭りだ、祭りだ~!を楽しんで下さい(≧∇≦)


http://kirari-yume2.jugem.jp/?eid=658

http://kirari-yume2.jugem.jp/?eid=659






rohengram799 at 11:21コメント(8)トラックバック(0) 

2016年08月10日

乗雲便りNo.10:乱婆怒~ランバダにあらず(ー_ー;)

『今年また生きて残暑を嘆き合う』(池田澄子)


今年の夏はとにかくアツい~心身ともに消耗しますね。ワタクシ、今日でめでたく生誕19,100日を迎えたのですが(乗雲便りNo.1:限界WORKERS (-""-;)後半をお読み下さい)20日に19,200、30日に19,300とカレンダーに書き込んだ数字を見てダンナが「おかーさん、これおかしいよ。20日は19,110日でしょ?」と………( -_・)?……あっ( ̄□ ̄;)!!……10日を100日と考えていたとは……夏の暑さのせいよね、そうよね、そうに違いない!と思いたいおバカさんなワタクシでした。しかし、考えてみると「四万六千日」(ほおずき市)ってスゴい年月ですよね。どうしてもおまいりしたい!という気持ち、自分の年齢を日単位にしてよくわかりました。(第180号:四万六千日の想いは重い)



さてさて……最近では、ひとりっ子や子どもが少ない家庭も多くなって「お盆玉」やら「孫の日」やら「ジュニアアNISA(ニーサ):未成年者少額投資非課税制度」など、祖父母のお金を使わせよう!的なものが目立ちますね。親の場合ももちろんあるでしょうが、ランドセルにあてる金額も高くなっているのだとか。、特に職人が手作りする「工房系」のランドセルが大人気で、購入希望者が殺到し、ウェブサイトのサーバーが落ちてしまうなどのトラブルまであったと聞いては、なんでそこまで……と思ってしまいます( ̄~ ̄;)


昔はランドセルは赤と黒しか選択肢がなかったけれど、今はカラーバリエーションが豊富すぎて(笑)ブランド物も多いし。素材や背負い心地も重視すると「やっぱり職人の手作業のランドセルよね!」となり『ラン活』という言葉まで出てきているらしい……最初「ランニング活動」かと思いましたよ。ランニング仲間との交流を深めて、また仲間を増やす「みんなで広げよう、ともだちの輪」(古いっ!)みたいなものかと考えていました。


桜雲便りNo.8:ランドセル地蔵では、戦時中のランドセルの話など書きましたが、贅沢すぎますね。6年間ランドセルを背負う子どもって今は少ない気がしますが、どうなんでしょ?



突然「乱婆怒」という漢字が舞い降りてきました……読み方はランバード、ミズノとはもちろん無関係! カワイイ孫のために職人ランドセルを手に入れようとして叶わず、怒りまくり暴れるおばあさんのことです………もし私に孫が出来たらこうなってしまうのかしら!? 当分予定はないですけど( ̄▽ ̄;)






rohengram799 at 16:04コメント(12) 

2014年03月04日

東雲便りNo.3:ほおづえをつくおやぢ

『頬杖の 風邪かしら 淋しいだけかしら』(池田澄子)


今日は晴れましたが、寒い1日でしたね。帰宅中ですが、雨が降ってきました……けっこう大粒なんですが(´Д`) 電車は遅れたし、のどがイガイガして頭痛もするしで、なんだかイヤな予感でいっぱい(~_~;)


『ほおづえをつく女』は伊勢正三さんの名曲でありますが「ほおづえ」と「ため息」がセットになるような気分の時間が増えました。季節のせいか、年齢のせいか、日々の暮らしでたまった「けがれ」や「ゆがみのようなもの」が、ほにゃら~んと身体と心にまとわりついているような……大好きなブログ書きにもイマイチ気合いが入りませんρ(・・、)


またしばらくは不定期更新になりそうです。皆さまは、よく寝てよく食べて!お身体に気をつけて下さいまし。





rohengram799 at 22:12コメント(4)トラックバック(0) 

2013年06月24日

うろこ雲便りNo.14:壊れかけの…理解力

昨日はスーパームーンを眺めて帰宅するはずだったのに、仕事を終えて外に出たら雨……傘が必要なほどではなかったけれど、ちょっと残念でした。


今朝の新聞は東京都議選の結果が一面でしたが、石破タンの笑顔の写真がキモい…嬉しいのはわかるけど、昨日の三保の松原と富士山の写真との落差がありすぎる!!そして「沖縄慰霊の日」の扱いが小さい気がしました。


沖縄慰霊の日は「沖縄忌」として俳句の季語にもなっていますね。少し前に池田澄子さんの句を紹介しましたが、何年か前のインタビュー記事で「渡邊白泉という人の戦争の句が好き」というのを読みました。白泉は、終戦の日、横須賀海兵団にいたそうです。


『玉音を理解せし者前に出よ』


池田さんは小学生ぐらいの時に疎開先(新潟の村上市)で玉音放送を聞きました。「すっごい暑い日で普通に遊んで、お昼だから帰ってきたのよ。ごちゃごちゃ人がいて、なんだろうなあと思ったのね。天皇陛下が何かお話があるらしい。そのうち何か声が聞こえてきたんだけど、全然なんだかよくわからない。そうしたらおかしいのはね、大人たちも田舎だから空襲も別になかったし、あんまりぴんとわかってないんですよ。休戦になるって言ったのよ。ああそうか、休戦かって思ってね、じゃあまたいつ始まるのかなってその時思ったらあれ、終わったままだなって思ったんだけどね。」「テレビでその玉音をよくやるでしょ、敗戦記念日に。去年その放送があった時に、聞こえるのよ、ちゃんと。だからきっと、雑音をとったんでしょ。そうすると、俳句の方が歴史をちゃんと伝えると思った。」


沖縄忌とは直接関係ないのですが、この話を思い出しました。ドラマなんかでは陛下の言葉が難しくて、意味がよくわからないみたいな感じだけれど、実際にはそんなに明瞭に音声が聞こえていたわけではなく、雑音もかなりあったと思うのが時代的にも普通ですよね。そんな当たり前のこともすっかり抜け落ちていた私ってなんてバカなんだろう!って思いました。いくら時代考証をしていても、やはりドラマはツクリモノですね。そして、白泉の句に戸惑いや憤りみたいなものを感じました。その時代を生きた人たちがその時その時につくった句の重みというか真実味というか……。歌もそうですが、時代を反映しますよね。


ラジオということで、今日は徳永英明さんの『壊れかけのRadio』を懐かしく口ずさんでおりました。


♪華やいだ祭りの後 静まる街を背に
星を眺めていた けがれもないままに
遠ざかる 故郷の空 帰れない 人波に
本当の幸せ 教えてよ
壊れかけの Radio





rohengram799 at 23:35コメント(7) 
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