沖縄

2018年10月12日

稲熟雲便りNo.16:大弦小弦

朝日新聞なら「天声人語」読売新聞なら「編集手帳」・・・新聞一面コラムのタイトルはいろいろあると思いますが、沖縄タイムスは「大弦小弦」。意味より何よりまず読めなかった(;´∀`)



「大絃急なれば小絃絶ゆ (たいげんきゅうなればしょうげんたゆ)」


中国の故事成語だそう。国を治めるには寛容の心が大切で、政治があまり厳しすぎると、民を疲れさせ、国を滅ぼすことになるたとえ。琴などの太い弦を強く張りすぎると、細い弦は切れてしまうことから。「大絃」琴などの太い弦。「小絃」細い弦。「急」弦を強く張ること。




先月の沖縄はアムロちゃん引退ですごかったですが、その前振り(?)みたいな生物心理学の岡ノ谷一夫さんの書いた「『つながり』の進化生物学」の特設サイトが面白かったです。


https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180916-00315563-okinawat-ent



同じ沖縄の新聞・琉球新報のコラムは「金口木舌」。辞書により「きんこうもくぜつ」「きんこうぼくぜつ」の二通りあるようですが、琉球新報は「きんこうもくぜつ」と読んでいるそうです。


古代中国では、法令を発したり教えを示す時に木鐸(舌=振り子=を木で作った金属製の鈴)を鳴らし、注意を喚起しながら触れ歩いていました。そこから転じて、木鐸は「言論で社会を導く人、教育者」との意味を持つようになります。その木鐸は別名「金口木舌」ともいったそうです。今日の記事はこちらです。

https://ryukyushimpo.jp/column/entry-817364.html




rohengram799 at 15:27コメント(4) 

2018年09月21日

菊咲雲便りNo.12:月🌃と星🌉

スーパーにお月見だんご🎑が売られていました。十五夜(今年は24日の月曜日)、お天気はどうでしょうね? 新聞に九州で十五夜に綱引きをするところがあると書いてあって、気になり調べてみたら、古いですが各地の行事についての記事がありました!


https://wol.nikkeibp.co.jp/article/trend/20130917/161881/?ST=mobile_f




月といえばセットのようについてくる(?)星、夜空の星が降るようで怖くなってしまったことがあります。30年以上前の夏、沖縄に行くフェリーから見上げた夜空でした。ウチの田舎でも結構綺麗に見えたのですが、数が全然違いました🌟



沖縄のおみやげの一つに「星の砂」がありますが、竹富島にこんな民話があるそうです。



それは、まだ八重山の島々ができてまもない頃、天の星の女神さまが「星の子」を身ごもりました。
星の子を産むにあたり、どこか清らかな場所がないかと天の神様に相談したところ、「あの島の沖のサンゴと白砂の美しいところがよかろう」とちょうど現在の竹富島の沖のとても美しい場所を教えてくれました。

星の女神はさっそくその海で星の赤ん坊を産みました。ところが、それを知った海の神は「ワシにことわりもなく、こんな所に子どもをたくさん産み落としたのは誰だ!せっかくのワシのお気に入りの海が台無しではないか」と怒り出してしまいました。
怒った海の神は、海蛇を呼び「よいか、ここに産み落とされているものを全部飲み込んでしまえ!一つも残すな」と命じたのです。海蛇は海の神の命令通りに星の子ども達をすべて飲み込んでしまいました。

後には白い星の子どもの小さな骨だけが砂に混じって残されることに・・・それを知った天の神様は、その骨を拾って香炉に入れ、お正月の朝にお香を焚いて星の子ども達の魂を天に送るように、と人間たちに言いつけました。子ども達の魂は星となり、天の星の女神さまの星の周りで光り輝くようになったと言い伝えられているそうです。



「星の砂」にまつわるこんな話があるとは・・・海神さま、心が狭い~!



rohengram799 at 15:18コメント(4) 

2018年06月11日

芸香雲便りNo.11:細い糸

『細い糸 』 トーマ・ヒロコ

糸が切れないように
乱暴な風が吹きそうになったら
手で風をさえぎる
さえぎるのが遅くて
風が糸を切ったなら
そっと糸を結ぶだけ
結び目が目立たなくなるまで
じっと見守るだけ



前の記事からのつながりで・・・「じっと見守るだけ」これが一番難しいことなのかも。昔読んだ格言集にあったトルストイ(だったと思う)の「待ってみることだよ 努力して待ってみることだよ」を思い出しました。



rohengram799 at 08:46コメント(2) 

芸香雲便りNo.10:OKINAWA

読売新聞の「四季」、いろんな俳句や短歌が長谷川櫂さんの言葉とともに紹介されています。今月は「沖縄慰霊の日」があることを意識してなのか、先週は桃原邑子(ももはらゆうこ)さんの歌集『沖縄』からの短歌が載っていました。



生きのびることは絶対に悪なりきその悪をひきずり歩むいつまで


戦争に巻き込まれ、生きのびたことを喜ぶのではなく「悪」と感じてしまうとは、なんと苦しいことなのか・・・と思った翌日の一首もまた衝撃でした。



本土よりの修学旅行の少年が平和の礎(いしじ)仰ぎ「ああ僕も戦死したい」



まだ「僕」と言っているのなら、あどけない少年なんでしょうか、毎日が彼にとっては「戦争」なんでしょうか、誰かに命を絶ち切ってもらいたいと思う出来事が続いているのか・・・この平和ボケが!と一喝するのは簡単だけれど、それだけではいけないような、何もならないのでは・・・と思ってしまう私はダメ人間なのか。


以下、長谷川さんの言葉です。


あの夏、住民たちが追い詰められた沖縄南端の摩文仁。平和の礎には二十四万人の名前が刻まれている。不謹慎な少年を咎めることもないかもしれない。海のそよ風のように微笑んでいればいい。これも平和の光景。




【沖縄慰霊の日関連記事】

http://www.okinawatimes.co.jp/subcategory/%E6%85%B0%E9%9C%8A%E3%81%AE%E6%97%A5

【平和の礎】

http://www.okinawastory.jp/spot/1361



rohengram799 at 08:26コメント(4) 

2018年05月02日

若夏雲便りNo.3:若夏

今月の「若夏雲便り」の「若夏(わかなつ)」、この言葉は俳句の季語にもなっています。もちろん、若夏雲なんていう気象用語はありません(;^∀^)


http://www.longtail.co.jp/~fmmitaka/cgi-bin/g_disp.cgi?ids=20080708&tit=%8E%E1%89%C4&tit2=%8BG%8C%EA%82%AA%8E%E1%89%C4%82%CC


https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/ryukyu-rin/entry-12157578565.html%3Fusqp%3Dmq331AQGCAEYASgB



この夏の高校野球大会は第100回!おなじみのテレ朝日番組の高校野球応援ソングが嵐が歌う「夏疾風(はやて)」に決まった、という話を読んだ時に、コレもいいかな~と思ったのですが。夏疾風は夏らしくまぶしく吹き抜ける力強い風を意味します。「春疾風」しか知らなかったので、はじめて聞いた時には「ほー!」と思いました。





毎日暑いけれど、まだ晩春(のはず)。こんな句がありました。能村さんは千葉・市川市にお住まいの俳人です。


『春の暮老人と逢ふそれが父』(能村研三)


父の老いた姿に衝撃を受けた息子の気持ち、と考えるのが妥当でしょうが、私はパステルカラーのイラストが浮かんできました。春の黄昏は秋の黄昏と空気感が違って、霞んだ雰囲気、妖しさがあるような。「それが父」という事実だけでなく、何十年後の自分の姿を見たかもしれないし・・・。


「春の暮」には春の夕方という意味がメインだと思いますが、春という季節の終わりの意味も。次の句は人生の春、若かりし日々をあらわしている?と考えるとまたなんともいえない気持ちになります(笑)


『先人は必死に春を惜しみけり』(相生垣瓜人)



・相生垣 瓜人(あいおいがき かじん、1898年(明治31年)8月14日- 1985年(昭和60年) 2月7日)は俳人。


rohengram799 at 09:00コメント(2) 
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