空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:河野裕子

「老いてなほ小さき立志梅白し」   


深見けん二さんの句集『日月』から。朝日に向かって自分にとっての特別な日に誓いを立てているようなこの句が好きです~清々しいというか、頑張ろうという気持ちになれる。


水仙が咲き始めたとか花粉情報などがニュースで流れたり、日没時間が遅くなるのを感じると、だんだん春に向かっていくなぁ、と。大晦日までは冬まっしぐら!な気分ですが、年が明けてセンター試験が過ぎて節分、バレンタインなど浮かれた話題が多くなると、一足お先に「春🌸 」なアタマになってしまいます。



今年の歌会始のお題は「光」でしたね。一般からの作品(詠進歌というらしい)で選ばれた山梨県・82歳の石原義澄さん(石原良純と同じ読み方なのかしら)の歌は農業に携わる人の歌で、勝沼のぶどう畑を思い出しました。

「剪定の済みし葡萄の棚ごとに樹液光りて春めぐり来ぬ」


召人控の栗木京子さんの歌もよかった。

「言葉には羽あり羽の根元には光のありと思もひつつ語る」



選者のひとりの永田和宏さんの歌に詠まれた「ひと」はやはり亡くなった奥さまの河野裕子さんなんでしょうねぇ………2010年にご夫婦で選者でした。その時に河野さんが詠まれた歌。


「白梅に光さし添ひすぎゆきし歳月の中にも咲ける白梅」


こちらが今年の永田さんの歌。

「白梅にさし添ふ光を詠みし人われのひと世を領してぞひとは」



ずっと奥さまは永田さんの心を占領しているのでしょう。それが悲しみであったとしても、なんといとおしいものなのか。相聞歌といってよいのではないでしょうか。


体調が一向に回復に向かわない状況(むしろ悪化していたのでは)で、選者となった裕子さんには辞退すべきだったのでは、の意見もあったようですが、歌の世界に詳しくない私などはこういう機会がなければ知らないままの方々がたくさんいらっしゃるし、いろんな粉とを考える機会にもなったので有り難く思っています。


皇族の皆さまのお歌は正直、う~ん、わからない😖のもありましたけど、日本語の美しさやそれを表す手段としてこの技法がずっと残ることを願っています。

昨日も暑い1日でしたが、日射しはやはり夏とは違うし、空も高くて、やはり秋なんだなぁと思いました。


今日は「体育の日」。運動神経ZERO~!な私には「だから?」なんですが、河野裕子さんの短歌を読んで、鉄アレイってこんな漢字があったのか!とΣ(・ω・ノ)ノ


【鉄亜鈴いくつもころがる子の部屋をつまづき歩く辞書取りに来て】(『体力』より)




鉄だけでなく木もありました。鉄も琴もあるって鉄琴、木琴だけじゃないのね(笑)

【木亜鈴】

http://www.yamagata-museum.jp/guide/kids/treasure/education/


コチラには【球竿(たまざお)】もありました。今はあまり見ないけど(私が見ていないだけ?) 形状はバトン(トワリング)みたい。

http://www.tamagawa.ac.jp/museum/archive/1991/020.html



そして宇宙にもあった、アレイ!

【亜鈴星雲】

https://blogs.yahoo.co.jp/toshiyaarai/21562616.html?__ysp=5pyo5Lqc6Yi0



こんなにも気配はそばにあるものを一度くらゐ返事をしてみろよ おい (永田和宏)


キッチンの椅子に腰かけている姿が見える。庭の金魚草の花が揺れれば、そこにたたずんでいるような気がする。それなのにいくら呼びかけても返事をしない。一人残された私が気がかりで見守っているくせに。歌集『午後の庭』から。



読売新聞朝刊(2018.3.5)「四季」より。長谷川櫂さんの言葉もひとつの作品のよう。最後の「おい」が切なく悲しく響いて、奥さまの河野裕子さんが微苦笑しているような気がする・・・先に逝ってしまった人も残された人もお互いを思いながら、また巡り会える時を待っているのでしょうか。



https://www.kadokawa.co.jp/product/301607000288/


今夜は満月、皆既月食も見られそうですね。


この前読んだ『0.5ミリ』の同時収録作品が『クジラの葬式』というタイトルで、こちらも他人との関わり、看取りについて考えさせられる作品でした。最後はこんな文章です。



私の知らない時空を生き、時代を駆け抜けてきた人。
あなたという生きる歴史の、最後の事件になりたい。
静かにその火が消えるのを、そっと寄り添い、
その灯火の最期の目撃者になりたい。
あなたは息を引き取って、結局全て持って行ってしまうなら、
最後に吐いた息だけは、どうか私に引き取らせて下さい。



駅に『R25』という無料雑誌が置いてあって、巻末にエッセイが載っていて、誰の時かは忘れてしまいましたが、「お前は今何してるの?」と聞かれて「息してる」と言った友だちの話がありました。笑い話になりそうですが「息してる」ってスゴいことなんじゃ…みたいな事が書かれていた気がします。


「息を引き取りました」って何回も当たり前のようにドラマや小説、現実の中で見聞きしてきましたが、婉曲表現としてしかとらえていなかったことに気づいて衝撃をうけたものです。


「息」について思い出すものはたくさんあります。河野裕子さんの『手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が』高村光太郎『レモン哀歌』の一節「それからひと時 昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして あなたの機関はそれなり止まつた」そして何年か前の大晦日に記事にした斎藤ひとりさんのこの詩。



『生きとおし』


人は生きとおしなんだよ。魂は死なないんだ。
死ぬ時に、スーッって息を吸って、その息をずっともってて次に生まれる時に、おぎゃーって言って、最初に吐いて、命をつなげて生きていくんだって。
大切に、大切に、つないできてくれた命に、今世、出逢えてしあわせです。
あなたに出逢えてしあわせです。



両親がいなくなり実家にも帰り難くなり(これは私の気持ちの問題なんですが)自分の家族のこととかを考えながらヒンヤリした空気の中、とぼとぼ帰る日が続いてなんだかふしゅ~んと凹みがち(´;ω;`)……寝付きは相変わらずよいのですが、夢ばっかりみて熟睡感がなく、泣きたくなるワタクシなのです←全くカワイクないですが。智恵子の死から11年後に光太郎が書いたこの詩のようにおだやかに語りかけることができたらなぁ、と思いつつ、また、ため息をついてしまうワタクシなのでした。




『案内』


三畳あれば寝られますね。
これが小屋。
これが井戸。
山の水は山の空気のように美味。
あの畑が三畝(うね)、
今はキャベツの全盛です。
ここの疎林(そりん)がヤツカの並木で、
小屋のまわりは栗と松。
坂を登るとここが見晴らし、
展望二十里南にひらけて
左が北上山系、
右が奥羽国境山脈、
まん中の平野を北上川が縦に流れて、
あの霞んでいる突き当りの辺が
金華山(きんかざん)沖ということでせう。
智恵さん気に入りましたか、好きですか。
後ろの山つづきが毒が森。
そこにはカモシカも来るし熊も出ます。
智恵さん こういうところ好きでせう。



*ヤツカはハンノキのことらしいです。ケルト神話に、ハンノキ(種は不明)はよく登場し、4月の守護樹、勇気・慈愛・寛容を表すそうです。またハンノキは「妖精の国へ続く道を守る木」ともされているとか……アイルランドに行ってみたいですわ。




連休明けの仕事はなんだかな~(-.-)であります。


昨夜からの雪、店舗正面は日陰なので「カッチカチやで!!」状態になっておりました…なぜ雪かきをしないかったのかしら?道具はあるのに。


他店の『ちょっといい話』みたいなのには必ず「休みなのに雪かきを」とか「早く出勤して雪かきを」とかあるのに、ここにはそういうエピソードはないよね…と思っていたら、夕方から約1名がスコップを手にしていました……「ボクにはわからないよ、カヲルくん」(ToT)


さて…「白いへび」の話を読み終わりました。そこそこ長いものつながりではありませんが『臍の緒は妙薬』なる薄い本を買ってしまいました(((^^;)作者は河野多惠子さんです…ええ、白状しましょう…実は歌人の河野裕子さんが小説も書いていたのかと勘違いして買ったのでした('~`;) でも“ラスト一行に旋律する”のコピーはドキドキ感があり、楽しみであります!!


臍の緒を調べたら『命綱や外部からの動力などの供給ケーブル類を「へその緒(アンビリカルケーブル)」と呼称する事がある』というではありませんか!!


「アンビリカルケーブル切断!!」とマヤちゃんが叫んでいるのはコレね!!と妙に嬉しくなった私です←わからない方はエヴァのパチを打つべし( ̄▽ ̄;)


そんなわけで次回 (タイトル)予告」は……「最後の使者」です←大ウソ!!



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