満州

2016年08月06日

乗雲便りNo.6:暑さゆえ……

久しぶりに『歴史街道』を買いました。8月号の硫黄島特集では、島民の会の方のお話もあり「客をもてなすときは、サワラを漬けにして洋辛子を添えて握る島寿司がふるまわれた。これは、漬けのサワラが鼈甲の輝きに似ていることから鼈甲寿司とも呼ばれる。今でも小笠原ではよく食べられている」……ああ、前に『江戸前の旬』(漫画)で帰島がかなわない住民ご夫婦にこのお寿司を出していたなぁ、と思い出しました。

《鼈甲寿司》
http://www.oshima-navi.com/gourmet/bekko01.html

http://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/ioutou_history/




前田地子(まえだ・くにこ)さんの句集『跫音』(あしおと)についての記事を読みました。1940年満州新京生まれ、1946年に引揚げて来られた満州引揚者。父上は戦犯者として中国に抑留、その抑留中の父上に会うためにご家族とともに中国の撫順収容所へ……戦後10年経ってやっと父上に面会することができたそうです。


「北果の捕虜収容所ダリア咲く」

「刑に服す父よ新月歪みたる」



紹介されていた句の中でとにかく怖い、と思ったのが次の作品です。


「わが雛を盗(と)る わが雛を盗(と)る纏足女(てんそくじょ)つどひ来て」


これは、敗戦後の旧満州で前田さんが実際に体験したことなのだそうです。お雛様は女の子なら誰でも欲しくなるもの、それが物資の乏しい時期ならなおさらの贅沢品で……日本人のものだというのもあったでしょうし。我先に、という感じで迫ってくる足の小さな女たち……今は纏足の人はよほど高齢でなければいないと思いますが、その光景を想像するとなんとも言い様のない恐怖心がこみあげてきます。 




暑いと集中力も低下する人が多くなるのでしょうか、運転席ドアが思いっきりオープン!になっている車を駐車場巡回中(時々ですがやる仕事のひとつ)に見つけて……(゜д゜)一瞬固まってしまいました! 犬がワンワン吠えているとか、ライトがついたままとかはありましたが、これは初めて……すぐにスタッフに連絡してあとをお願いしました。ドライバーの不注意だったようで事件性はないとの報告を受けましたが、いやぁ、本当にビックリしましたわ……自分もボーッとして水を出しっぱなしとかカギを閉め忘れたとかしないように、気をつけたいと思います~皆さまもどうぞお気をつけ下さいませ!!






rohengram799 at 10:16|PermalinkComments(16)

2013年10月24日

しらす雲便りNo.44:1999YEN秋―PASMO

PASMOの残高が1999円になったのを見て、2000年になった時の騒ぎを思い出しました。私の小学生時代は「富士山大噴火」に「ノストラダムスの大予言」と「俺たちに明日はない(T-T)」な話が蔓延していて、ワタクシはそんなお子さまね!という顔をしながらも内心はどうしようΣ(T▽T;)な女の子でありました。


今、角田光代さんの『ツリーハウス』を読んでいます。戦前戦中戦後と満州で過ごし、帰国してから新宿で中華料理店を開いた夫婦。お互い男女の愛情があって結ばれたのかわからないまま子どもが産まれ、孫ができ…三世代の物語で、現在と過去が交差するのでちょっとわかりにくいところもあるかも…。昭和の出来事・事件なんかが出てきて、パンダがはじめて来た時のことや中国残留孤児の肉親探しのことなどを思い出しました。


肉親が見つかった人とそうでない人の中国に帰る時の表情が全く違ったこととか(おみやげに電化製品とかありましたよね)日本で生活するようになったけれど、なかなか馴染めなかったりとか……すっかり記憶から抜けていました。50年近く生きているのだから、たくさんの出来事があって全部覚えているなんて無理な話ですが、中国の大気汚染が大きく取り上げられている時にも、全く他の中国関連の事を思い出さなかったとは……ここ最近の国内での事件や事故があまりにも悲惨だからでしょうか……でもこれってちょっとコワイ気がする(-_-;)


本の中でお祖父さんが亡くなった後にお祖母ちゃんが中国旅行に出掛けるのですが(もちろん同行者あり)昔お世話になったお店と人を探すんですね。でも記憶もあやふやで街並みも変わっている。たどり着けないけれど、当時の面影を残すお店に入り、そこにいる人に感謝やお詫びの言葉を一気に喋るお祖母ちゃんに胸がいっぱいになってしまいました。お世話になった家族はもう亡くなっているかもしれない、今目の前にいる人たちは無関係だとわかっている、それでもずっと言えずにいた気持ちを伝えたい、吐き出したい……!子どもや孫には自分たちの人生を語ることはなかったので、それだけ抱え込んできたものの重さがあったのだと思いました。


言葉も通じないのだから自己満足かもしれませんが、戦争を体験した人たちはこんな気持ちではないのかと…生きるために逃げて逃げて……のほほんと生活している自分にはこういう生き方をした人たちを責めることなんか出来ないし、まだまだ知らないこてばかり……と、おそらく角田さんが伝えたいこととは違うことを考えてしまいました。


「あんた、自分がやった馬鹿はね、ぜんぶ自分に跳ね返ってくるんだよ。」とか「ここじゃない、どこか遠くにいけば、すごいことが待っているように思うんだろ。でもね、どこにいったって、すごいことなんて待ってないんだ。」というお祖母ちゃんの言葉、半分わかっているけどやっぱりここではないどこかにいきたい……(゜-゜)


朝刊に若山牧水の『けふもまたこころの鐘をうち鳴らしつつあくがれて行く』の歌についてのコラムがありました。「あくがれ」の語源は「在所」を「離る」、つまり「魂が今在るところを何かに誘われ離れ去って行く」という意味。そこから「思いこがれる」という今日の意味が生れたそうです。


たそがれて、あくがれて……「2013年秋―オスカー」でありました。ちなみにタイトルは私の好きな本、久世光彦さんの『一九三四年冬―乱歩』からいただきましたf(^_^;)





rohengram799 at 21:21|PermalinkComments(6)
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