田中慎弥

2016年12月07日

走雲便りNo.6:蜘蛛と蝶と菊

新聞コラムに「真珠湾はどこにあるか」の問いに「三重県です」と答えた学生の話がありました。笑い話にはならない、何度見聞きしても肌がザワッとするような話です。


先日、田中慎弥 さんの「夜蜘蛛」という短編を読みました。読者から受け取った、長い手紙が内容の大部分で構成されています。手紙を書いた男性の父親は日中戦争で右足に銃弾を受け、不名誉な形で戦線を離脱しています。複雑な思いを抱え、生きてきた父親と自分はきちんと向き合ってきたのか・・・正直ここまでだと、どの親子関係でもありうることだと思うのです。親に対して「自分のことをわかってない」と思ってきたように、親のこれまで生きてきた過程について、真剣にあれこれきくことなど、よほどのことがない限りはないのでは? 

しかし、男性の父親は息子の何気ない一言をずっと胸に抱えて、昭和と共に自らの人生に終止符を打ったのです。自分と父親の関係についてあらためて考え、それを誰かに聞いてもらいたい・・・そして自分の人生にも幕引について考え・・・というような話です。


高齢の父親を引き取ってからのことや、家族(妻と娘)との関係、姉との関係など、同じような立場の人は多いのではないかと思います。また昭和天皇が倒れられてから平成にかわっていく、あの時期の記述などは当時に引き戻されたようでした。


・・・誰でも覚えていることと思いますがその日から翌年早々に崩御となるまでの3か月半ほどの間というものは、いま思い起こせばなんとも表現しようのない、不思議な期間でございました。陛下の脈拍や呼吸の数が日々細かく伝えられる。テレビからは華美な番組が減ってゆく。(略)そんなことはないとわかっているのに、昭和は永遠に続き、親も永遠に死なない・・・平成になり両親は鬼籍に入ってしまったのに、今でもそんなことを考えたりします。 田舎に帰れば、両親がいつものようにいつもの場所で自分を笑顔で迎えてくれるのではないかと。


今上天皇の退位について有識者会議が開かれていますが、平成もいつかは終わるのでしょう。それはどんな幕切れになるのかわかりませんが、次のことを考えると正直不安ですわ。

戦中・戦後を生きた父親と息子の物語としては「八月の青い蝶」とあわせて読んで読んでもらいたいと思いました。本の厚さと内容と受ける印象、衝撃は関係ないなと、あらためて思っています。


青空が見えてきました。皆さま、おだやかなよい1日をお過ごし下さいませ。

rohengram799 at 12:04コメント(10) 
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