知命

2018年09月28日

菊咲雲便りNo.17:ほぐす

樹木希林さんの訃報をワイドショーが取り上げた時に、必ずといっていいほどあの「ゼクシィ」のコマーシャルが流れていましたよね。以前、茨木のり子さんの『知命』という詩を紹介しましたが、「ほどく」と「ほぐす」の微妙な違いが人間関係と夫婦関係なのかしら、なんて思ってしまいました。最初、タイトルを見た時に「心身をほぐしてリラックス!」な詩かと思ったら違ったので、あら・・・となりました(。・ω・。)





『ほぐす』   吉野弘


小包みの紐の結び目をほぐしながら
思ってみる
- 結ぶときより、ほぐすとき
すこしの辛抱が要るようだと

人と人との愛欲の
日々に連らねる熱い結び目も
冷(さ)めてからあと、ほぐさねばならないとき
多くのつらい時を費すように

紐であれ、愛欲であれ、結ぶときは
「結ぶ」とも気付かぬのではないか
ほぐすときになって、はじめて
結んだことに気付くのではないか

だから、別れる二人は、それぞれに
記憶の中の、入りくんだ縺(もつ)れに手を当て
結び目のどれもが思いのほか固いのを
涙もなしに、なつかしむのではないか

互いのきづなを
あとで断つことになろうなどとは
万に一つも考えていなかった日の幸福の結び目
- その確かな証拠を見つけでもしたように

小包みの紐の結び目って
どうしてこうも固いんだろう、などと
呟きながらほぐした日もあったのを
寒々と、思い出したりして


    

rohengram799 at 10:23コメント(0) 

2014年04月27日

おぼろ雲便りNo.16:五十恵

『オセロ●○』は見つかったのですが、イマイチ気分がのらなかったので『神様の御用人』(浅葉なつ)というライトなお話を読んでいます。神様たちの御用を聞いて回る人間が“御用人”。ある日突然、狐神からその役目を命じられたフリーターの良彦。他界した祖父が前任者だったということも初耳!狐神はモフモフでツンデレ(笑) 『口は災いの元なんていうけれど、誰かの言葉に力をもらうこともあるでしょう?』というおばちゃんの言葉にフムフムしたりして…。あと神様の数え方とかはじめて知りました…お神札やお守りも「ひとつ」「一個」などではなく「体」という助数詞を用い数えるんですね。


http://ak8mans.com/kamisamanokazoekata.html



さてさて……昨日はワタクシの50歳の誕生日でありました。記事にする前にお祝いのコメントを下さった皆さま、ありがとうございました(^.^)(-.-)(__)


第500号:知命という記事を書いた時には【五十にして天命を知る】という言葉など全く頭にありませんでした。加納典明は知っていても、天命を知らないおやぢ( ̄ヘ ̄)【五十にして四十九年の非を知る】という心境にも達していないような……まだまだ未熟者でありますので、皆さまにビシビシ鍛えていただかなくては……と思っております。


タイトルですが『五十女』でイソメと読むのかと思っていたら、そのまんま「ごじゅうおんな」らしく……イソメ(魚のエサ)なら(見た目は…ですが)いつまでも食いつかれるイケイケおやぢ乙女を目指してる感じがしてよかったのに……残念( ´△`) めげすに調べたら『五十恵』(イソエ)という文字がありました! 「五十の恵(めぐみ)」なんか化粧品にあったような気がしますが、置いといて……五十にはたくさんの意味もあるので、良い1年になりますようにと期待を込めて選んでみました(・∀・)ノ


ちなみに「五十殿」は「おむか」と読むそうです。この名字に恵さんが嫁ぐと……読み方によっては「おむかえさん」になる…ちょっとフクザツかも(~_~;)←こんなアホなことを考えてばかりの相変わらずなワタクシですが、これからもどうぞよろしくお願い致します<(_ _*)>






rohengram799 at 22:12コメント(12) 

2011年05月28日

第500号:知命

皆さま、ありがとうございます。めでたく500号でございます。ひつじ雲便りを含めると1000近くになります。なんてヒマ人(笑)


本日は久々にテーマ投稿です。茨木のり子さんの『知命』という詩を最近知りました。雑誌でみたので全文かどうかわからないのですが(((^_^;)



他のひとがやってきて/この小包の紐 どうしたら/ほどけるかしらと言う


他のひとがやってきては/こんがらかった糸の束/なんとかしてよ と言う


鋏で切れいと進言するが 肯(がえん)じない/仕方なく手伝う もそもそと


生きてるよしみに/こういうのが生きてるってことの/おおよそか それにしてもあんまりな


まきこまれ ふりまわされ くたびれはてて


ある日 卒然と悟らされる/もしかしたら たぶんそう/沢山のやさしい手が添えられたのだ


一人で処理してきたと思っている/わたくしの幾つかの結節点にも


今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで



毎日の暮らしの中でわずらわしいこともたくさんありますが、誰かを支えまた支えられているのだと考える時間をちょっともって「さぁ、またやるかぁ~!!」と気合いを入れ直すために読み返したい詩のひとつかな…と思います。


今、たくさんの雑誌が言葉や詩の特集をしています。万葉の言葉が今も息づいているってスゴいな~と思います。防人さんなんか、自分の歌がこんなに長い時間生き続けるなんて全く考えていなかったでしょうね(゜□゜)




rohengram799 at 09:46コメント(22) 
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