空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:禅語

昨日はダンナさんが録画していた『銀魂』を見ました。ダンナさんは気に入ったらしく今公開中の『銀魂2』を観に行こう!と言っていましたが!私はあんまり・・・漫画やアニメのエリー(エリザベス)はあんなにラブリーなのに実写やグッズになるとスゴい不細工、不格好になるのがイヤ~! あと衣装のコスプレ感が・・・(・c_・`) あ、今日、ジャンプ買わなくちゃ!


http://www.shonenjump.com/j/rensai/gintama.html




さてさて、タイトルの「玉箒」ですが、は箒(ほうき)の美称、酒の異称であると同時に「次々に敵娼(あいかた)を変えて遊ぶ」という遊里の隠語でもあったとか。それを知った上でこの漢字を見ると、オホホとなるおやぢです(*ノωノ)



こんな煩悩まみれなおやぢの気持ちを正しい道へ戻してくれるかもしれない、お寺にある掲示板の禅語(でないのもあるけど)、これのコンクールみたいなのがありました。只今、募集中です!


【輝け! お寺の掲示板大賞 2018】

http://www.bdk.or.jp/kagayake2018/

『逢花打花逢月打月(はなにあえばはなをたし、つきにあえばつきをたす)』という禅語を知りました。


漢字だけみると、いく先々の花を引きちぎり、月に向かって罵詈雑言、吠えまくるイメージだったのですが(゜゜;) この意味は「咲いている花を美しいと思い、月を見上げて月の灯りを思う」で、出会ったことをそのまま受取る。あれがどうだとか、これがどうだとかではなく、そこにある世界を感じることだそうです。


「打つ」はバシバシ叩くの「うつ」ではなく「たす」「左右の手を打つようにぴったりと合わさる」という意味。一期一会に通じるものがあるかも。人に限らず、その時その時の出逢いを大切に、心を寄せる・・・邪心だらけの私には難しい!



もうひとつ『担板漢(たんぱんかん)』という言葉が気になってしまいました。担板とは大きい板、漢とは男性。物事の側面しか見れていない状態。詳しい説明は下記をお読み下さいませ。大きい板を担ぐ男、オ◯コカードのコマーシャルの長瀬智也クンが浮かんだのは私だけでしょうか?


http://www.zen-essay.com/entry/tanbankan


昨日、コンビニで週刊誌を立ち読みしていたら『喫茶喫飯』という言葉があって、なんだろ~食欲の秋にちなんだ言葉なのかしら?でもご飯に喫ってナニ? たくさん食べて秋の食べ物を満喫してね!という意味かと思ってさっきまで忘れていたワタクシ(◎-◎;)『逢茶喫茶 逢飯喫飯(ほうさきっさ ほうはんきっぱん)』なんですね。「お茶が出たらお茶を飲み、ご飯が出たらご飯を食べる」お茶じゃなくてコーヒーの方がよかったとか、ラーメン食べたいなどと思わず、贅沢を言わず、自分に与えられたものをありがたくちょうだいして、食べ物との縁に従い、目の前の事に素直に集中するという意味らしいです。上の空で食べるのではなくて、調理してくれた人や作物を育ててくれた人への感謝を「いただく」……私は仕事の休憩中は本を読みながら、ついでにご飯を食べる、みたいな状況なので「ながら」はよくないよなぁ、とちょっと反省中。人との出逢いも食べ物との出逢いも「一期一会」ですね。


タイトルの『喫茶去(きっさこ)』も「お茶を飲んだら、さっさと帰れや( ̄ヘ ̄)」という意味だと思っていたのですが、「去」は助字で別に意味はないそうで……「お茶を召しあがれ」という意味の言葉なんだそうです。うわぁ、恥ずかしい~誰にも言わないでよかった(^。^;)



今日は本屋に行ったのですが(もう来年の手帳コーナーが出来ていた!)中古本も新刊も自分の好みに合うものがなかなかなくて……もうないから帰るか、と諦めていた時にばぁ~ん!!と目に飛び込んできたのが『江戸猫ばなし』光文社文庫の全編新作書き下ろしのアンソロジー。どんな猫が登場するのか、何をやらかすのか…楽しみです(^◇^)



話は変わりますが、スーパーのレジに研修中のおねーさんがいて、名札と一緒にマタニティーマークをぶら下げていました。電車内でバッグに着けている人は見たことがありますが、仕事中の人は……多分はじめて! 夕方だったこともあり、ダンナは「妊娠初期の妊婦が立ち仕事して大丈夫か?」と言っていました……レジって案外足元が冷えるんですよね。お大事にしていただきたいです。


皆さまも体調をくずされませんように、お気をつけ下さいませ。

今日は雪にならず雨でした。良かった~!!しかし、寒さもインフルエンザもこれからが本番!気をつけないといけないですね。


さてタイトルの『雨奇晴好』(うきせいこう)「奇」という文字が「ん?」な印象ですが、普通とは違ってすぐれているという意味だそうです。奇人もある意味、すぐれていますもんね(((^_^;)


「曇りで雨か晴天でも雨天でもすばらしい景色のこと。自然の眺めが晴天には美しく、一方、雨が降ったら降ったですばらしい。」……毎日の生活も気持ちが晴れ晴れとしたことばかりではなく、ジメジメどんよりの梅雨真っ只中にいるような時期もありますよね。それでも見方を変えればよいこともある、そんな禅語らしいです。


釣糸をたらして釣れなくてイライラしていた時間も過ぎ、まぁいいか~とのんびりしていたらウキに変化があり…大物GETだせ!!(^-^)vで勝手に「ウキ成功」の物語を作りたくなってしまう私、禅の世界からは大きく遠ざかっているような…(-_-;)第一、釣果にウキとか関係ないし…疑似餌じゃないし…!!


新聞に母上の急死に対して「悲しみを忘却するのではなく、前向きに再生したい」生きる気力をあたえてくれる本を探しています…という記事がありました。回答者は談志師匠のお弟子さんの談四楼さんでした。「手始めに、母上の思い出を誰かに聞いてもらうのはいかがでしょう。ウソはいけませんが、誇張や省略はありです。お間抜けエピソードなどがあると更に結構。」だそうでf(^_^;


「私がいなくなったら、ダンナや子どもたちは私をどんな人間だったと語るのかしらん?」と考えてアタマを抱えてしまいましたわ~きっと「いつもケータイをいじっていた」とか「台所でお菓子を食べていた」とか「テレテレ歩いていた」とかなんだろうなぁ…「家庭的」とか絶対に出てこないと断言できる!!


最近は「今自分が倒れてしまったらどうしよう」「後始末をどうしよう」と“終活準備中”みたいになっていますが、慌てないためには大事ですよね…特にヒミツ(と言えば聞こえはいいですが、隠し事)の多い私は入念にやらないと( ̄▽ ̄;)


「笑って送る」という主義の落語家が書いた本が何らかのヒントになれば幸いです。……と書いておられました。笑える思い出をたくさん遺していけるようにガンバろ~っと!!で「晴好雨奇」にもどる!!←いろんな意味で何かが違う('~`;)


↑このページのトップヘ