竹の子族

2016年05月09日

香雲便りNo.10:竹ゾウ

新聞で久しぶりに「タケノコ生活」という文字を見ました。今は「自転車操業」とか言ってもなんのこと?(・_・;?という若者が多いのかしら?


生活のために、手持ちの家財道具や衣料品などをその都度売って生活費をまかなうような暮らしかたを指す表現が「タケノコ生活」。「タケノコ剥ぎ」と同様、筍の皮が1枚1枚剥げるさまにたとえた表現。でも今だと「1ヶ月1万円生活」みたいに給料日までタケノコしか食べないみたいに思われていそう……。あとはたけのこの里goodsに囲まれた暮らしとか。


まだタケノコみたいに剥ぐものがあるだけマシだった、という話を聞くとまたなんとも言えない気持ちになります。



「竹落葉」という季語がありました。竹は若竹の伸びるころ、新しい葉を出し、黄ばんだ古い葉を落とします。これが「竹落葉」で、掃いても掃いてもきりがないほど降ってくる! 落葉というと冬の季語ですが、竹落葉は夏なんですね。


『竹落葉猫の素足のうつくしく』(関戸美智子)


なんとなくこの猫のイメージは黒猫なんですが、皆さまの中ではどんな猫でしょうか?



さてさて、猫って古い時代の絵画にもよく登場しますが、伊藤若沖の作品に『象と鯨図屏風』というのがあって、なんかスゴいわぁ……ゾウさんはもう江戸や明治の頃にいたのかしらん('_'?)

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168651


『長崎文化百選』からの引用によると「(象が)はっきり初渡来として歓迎されたのは、亨保十三年(1728年)将軍吉宗の時代に長崎に渡来したときである(松浦直治)という。 六月七日にオランダ船で長崎に着いた象は、雄と雌の二頭。雌の一頭は病気で死んだが。残った七歳の雄は将軍吉宗に献上のため翌十四年三月十六日長崎を出発。十四人の飼育係に交代で見守られながら、江戸まで三百里(約1200km)をノッシノッシと行進する。南蛮渡来のこの珍獣を一目見ようと、沿道は大変な騒ぎ。ずっと後世のパンダブームのような大フィーバーである。なにしろ巨体だから、橋も補強しなければならない。大井川はイカダを組んで渡す、といったありさま。そのころはもう江戸では象の写生図が早打ち飛脚で到着して一枚絵に刷られ、象の記事の載ったかわら版は、いくら刷っても売り切れ『馴象編』『象志』など象百科のような出版物は十数種に上ったという。 五月二十五日に江戸に着いた象は、浜御殿の象舎に入った。翌々日江戸城へ引き入れられ、吉宗は諸大名とともに象を見物した」そうな~!! しかしこの象は、やがて栄養失調でやせ細り死んでしまったそうです……幕府のお偉いさん方が思う以上にたくさん食べたんでしょうね( ̄▽ ̄;)



若沖は『鸚鵡図』も描いていますが、この白いオウムを見るといつも『暴れん坊将軍』の「地獄を見たかオウムちゃん」(暴れん坊将軍Ⅲ)というあまりにもNiceなタイトルを思い出します(≧∇≦)

http://yunemoko.blog.fc2.com/blog-entry-199.html



竹林をゾウさんが歩くのはムリがあるでしょうが、たくさん積もった竹落葉のお布団は長旅をしたゾウさんにやさしいかしら? 「妄想竹」がスクスク育ち、今日はゾウの背中にかぐや姫が乗った夢を見るかもしれません(´∇`)






rohengram799 at 16:53コメント(8) 

2014年05月24日

浮き雲便りNo.16:竹の子族

今日は暑かったですね! 日の盛りに買い物に行かねばならず、グッタリしてしまいました・・・(;´Д`)


本を読む気にならないので、漢和辞典をパラパラしていたら【簇】という文字がありました。[音]ソウ(漢)ゾク(慣)[訓]むらがる…意味は
群がり集まる……竹カンムリに族……ええ、私のアタマはもう『竹の子族』でいっぱいですわ(^◇^)


YouTubeにもたくさん画像があるみたいですが、彼らが着ていたステージ衣装は「ハーレムスーツ」と呼ばれているそうで(アラビアンナイトみたいな服)1978年にオープンした『ブティック竹の子』の洋服が多かったので、あの踊りまくる若者達の集団は「竹の子族」と呼ばれるようになったそうです。もし店名が『どんぐり』とか『まつぼっくり』とかだったらまた全然印象が違ったのかも!


それぞれチーム名があったみたいで、金八先生の松浦くんの沖田浩之クンは《乱奈阿珠(ランナーズ)》にいたそうです。このムダに漢字を使うところはキラキラネームをつける親と同じカホリがしますなぁ……雑誌にも『ランナーズ』ってありますが、こちらは本当にマラソン雑誌です!!


『一日一善 (いちにちいちぜん)』はヒョウ柄の衣装を特許にしていたチーム)で『不恋達 (フレンズ)』はラメサテンの衣装を特許にしていたチームだそうです。他に「恵女羅流怒(エメラルド)」「
緒巣架留(オスカル)」「可愛娘不理子(かわいこぶりっこ)」「怒羅絵門(ドラえもん)」「犯婦禁 (パンプキン)」とか……( ̄▽ ̄;)


口に族の漢字もあり【嗾ける】読み方はけしかける。調べたら《「けしけし」と声をかけるの意》
……悪事をそそのかす時に「ケシケシ」とか爆笑(≧∇≦) 久留米には通称けしけし山があるとか…またオモローに出逢えそうです((o(^∇^)o))


その一方で覚醒剤使用を認めた彼は「芥子芥子」な毎日を「消し消し」したいだろうなぁ…なんて思いました。私は『終章 (エピローグ)』が好きなんですが、作詞・作曲:CHAGEでちょっと泣けました(ノ_・,)



♪ありきたりの別れは したくなかったの
 涙で幕をおろすような
紅い口紅で鏡に書くけど
文字にならない エピローグ……






rohengram799 at 23:47コメント(12) 

2010年10月30日

第317号:こんなに話が長くなるとは~(-_-;)

スーパーではクリスマスケーキに年賀状印刷、おせちの予約が…そしてケンタッキーもパーティーバーレルの予約開始で、季節先取りすぎでは…と思うのですが( ̄▽ ̄;)


ところで昨日は毎月の記念日で『クレープの日』でした。『肉(29)の日』はもういいや~な気分だったので(((^^;)違う食べ物にしました。


クレープといえば、原宿の竹下通り。今もたくさんお店があるんでしょうか? 私たちが田舎から足をグ~ン!!と頑張ってのばした頃には『竹の子族』も下火になっていましたが、アレはナンだったのか('_'?)


そうです、クレープですが、クリスマスから40日後の2月2日は「Chandeleur(シャンドゥルール)」といって、この日には「クレープを食べて祝いましょう」という習慣がフランスにあると聞きました。“Chandeleur(シャンドゥルール)”は“ろうそく”という意味らしいです。


覚えていたら皆さん、クレープ食べましょうね♪


と、ここまでカチカチしたあとで更なる情報入手…っておおげさですが(笑)


フランスでは『マルディ・グラ(Mardi-Gras)=謝肉祭の最終日』にもクレープを食べる習慣があるそうです。Chandeleurも色々な説があることがわかりました。


☆古代ローマ人の、生命を授ける神様のお祝い。


☆ケルト民族の長い冬が終わり、春が訪れによる繁殖と生命の授かりを祝う水のお清めの儀式。


☆生まれて40日目のイエスをつれた聖母マリアがエルサレムの神殿への出向いた日。イエスは「この世のたった一つの光」だと予言された。


これらがまぜこぜになり、5世紀くらいにカトリックの行事となったらしいですが、時期的に節分な雰囲気が…(~_~)


クレープを食べるのも、クレープが丸い黄金色で、それが太陽を思わせるから…らしいので、寒い冬が終わって春が来るよ~嬉しいね(*^^*)な行事なんですね、きっと♪





rohengram799 at 08:10コメント(7) 
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